表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Take On Me   作者: マン太


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/42

17.護身術

「もう一度」


 野太く冷静な声が頭上に響く。


 くっそ。


 俺は流れる汗を拭いながら、言われるようにもう一度、立ち上がって構えた。

 場所はマンションのトレーニングルーム。(たける)にお願いした護身術を、岳の部下、(ふじ)に教えて貰っているのだ。

 二メートルはある巨漢。

 その動きを止めるため、教えられた通りに技をかけようとするのだが、その前に直ぐに弾き飛ばされ、ろくに触れることも許されない。


「狙いはいい。だが相手に悟られるな。大和(やまと)は視線ですぐ分かる」


「って、言ったってっ。藤、隙がっ」


 ないのだ。


 俺も必死だから狙う場所などモロバレなのだろう。けれど、それ以上に何処を狙っても、流れるようにかわされ、ポイと投げられる。

 実際、敵と対応したらかわされるだけでは済まされないだろう。何とか一矢報いたいのだが。


「まだやってんのか?」


 トレーニングルームのドアが開き、岳が現れた。手には冷えたペットボトルの水を二つ持っている。

 始めたのは午後八時過ぎ。時計を見ればもうすぐ十時になるところだった。


「そろそろ終いだろ? もう大和の足がフラフラだ」


 岳のからかうような声。


 しかし、その通りなのだ。


 岳は藤へそのうちの一本を手渡した。目礼してそれを受け取ると、一気に煽る。

 藤は口元を手の甲で拭ったあと。


「ですね。続きはまた次回で。それまで自主練習しておくように」


 藤は低音のよく響く声で終わりを告げた。


「って。もうちょっと──」


 ホッとはしたが、まだまだ行けそうな気がする。


「おい。初めから無理すんな。明日はきっと筋肉痛で動けないぞ。それに頬の傷にも良くない」


 岳が俺の気配を察して(いさ)める。

 確かに抜糸は済んだとは言え、テープを貼るのみとなった頬の傷に余り良くないかも知れない。

 今日はリタイヤが賢明のようだった。


「分かった…。ありがとう。藤」


「大和は筋がいい。暫くやれば直ぐに上達する」


 藤の大きな手のひらがぼすりと頭に降ってきて、そこをくしゃくしゃにした。


「うう。そう言われると嬉しくなるけど。俺的には結構遠い道のりだなぁ」


「大丈夫だ。これまで何度か人に教える機会があったから分かる。大和は直ぐ上達する。岳さんと同じだ」


 その言葉に俺は岳を振り返る。


「え? なに? 岳も藤に習ったのか?」


 岳は置いてあるベンチに腰掛け、俺達の様子を眺めていた。


「ああ。藤に習った。こいつは強いぞ? 教え方も上手いしな。みっちり仕込んでもらえ」


「みっちり…。おう。がんばるぜ」


「ま、みっちりなのは訓練中だけにしとけよ?」


「お? おう…」


 訓練以外に何があるのかと思うが、藤は急に居ずまいを正して頭を下げると。


「すみません。出過ぎました」


「気にすんな。ちょっと妬けただけだからさ。藤、帰る前にシャワー浴びてけ。どうせ着替え持ってきてんだろう?」


「いいんですか?」


「気を遣うな。今更だ。飯も用意してある。食ってけ」


 岳の言葉に、藤は一礼するとトレーニングルームを後にした。何が妬けるんだと思いながら。


「岳も藤に教わったんだな?」


「ああ。結構しごかれたぞ。ああ見えて厳しいんだ」


 藤のどっしり構えた姿は大岩のようで、一見すると茫洋とした風情だが、鋭い眼差しはその一見を覆す。動きも俊敏でついていくのがやっとだ。

 岳がペットボトルの水を差し出してきた。それを受け取り口にする。冷えた水が喉に心地いい。


「お前は、誰にでも好かれるんだな」


「へ?」


 一旦、飲むのを止めて見返せば、ベンチに座る岳がポツリと漏らした。


「誰にでも警戒心を持たせない。油断できないな…」


「んだよ…。油断って。それにさっきも妬けるって、妬く必要あんのかよ?」


 言いながら顔が熱くなる。あれ以来、事あるごとに岳を意識しまくっている。

 というか、そういう目で見ると、岳の言動や行動は、全てそこへ帰着している気がして。


「…まあ、あるな?」


 やや間があって岳が答える。その目には面白がる様な色が浮かんでいた。俺は口先を尖らせながら続ける。


「大体、気に入られるって言っても、俺は亜貴みたいに可愛い訳じゃねぇし。みんな小動物か何かと間違えてんじゃねぇのか?」


 小柄でちょこちょこしているのだから、間違われても可笑しくない。

 岳は苦笑すると。


「まあ、確かに俺にはコツメカワウソにしか見えないしな」


「まだ言うか。それ」


 いつか、真琴にその件を話したら、爆笑された。

 コツメカワウソは確かに可愛いが、可愛いだけでは現実に役にはたたない。


「な。俺が強くなったらさ。家政婦兼岳の用心棒になってやろうか?」


「用心棒…?」


「前、副島(そえじま)先生が言ってたじゃん。ボディガード。本当にそうなってやろうか?」


 それなら、亜貴の成人まで待つまでもなく、岳と共にいられるのだ。いざと言うときに役にも立てる。

 けれど、俺の言葉に岳は視線を落とし首を振ると。


「だめだ。ヤクザにはさせない。たとえ組員にならなくてもな。気持ちだけありがたく受け取っておく」


 きっぱりと言い切る。

 俺はしゅんとなったのを押し隠しながら、わざとふくれっ面を作り。


「んだよ。せっかく、守ってやるって言ってんのにさ」


 岳は真摯な眼差しをこちらに向けながら。


「この世界は必要がないなら、関わらない方がいい。それに、大和には似合わない。コツメカワウソがヤクザ者になれるわけがないだろう?」


「コツメ、コツメって。俺はれっきとした人間の男子だっての!」


「分かってる」


 笑った岳は、ただ黙って俺を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ