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Take On Me   作者: マン太


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11.代償

「もうそろそろ、いいだろう? 後はどこ行くんだよ…」


 日はすっかり落ちて、街の明かりが目に眩しい。久しぶりの外出だったが、楽しむ気持ちにはなれない。

 別段、危ない目にはあっていないのだが、それでも注意は怠れない。

 俺は周囲を気にしながら亜貴(あき)の後に続く。もう約束の三時間になる。


「最後に甘いの飲みたい! あそこ、季節限定の新しいの出てんだよね」


 そう言って、嬉しそうに振り返った亜貴の示した先には、大手コーヒーチェーンの看板。亜貴の言うのはこってりホイップクリームが乗ってる例のあれだ。


 ああ、あれね。上にナッツとかココアパウダーとか振ってあるやつ。たまにすっげぇ飲みたくなるんだよなぁ。


「って、理解を示してる場合じゃねえ! もう時間だぞ」


 亜貴は数時間前、牧に連絡してから端末を見ていない。きっとそこには山の様な着信と、メッセージが送られて来ている事だろう。


「ここの飲んだら帰るって。ちょっと待ってて。勿論、大和(やまと)のも買って来るからさ。同じでいい?」


 そう。俺は着の身着のまま、財布も持っていないのだ。


「なんでもいい。早くしろよ?」


「分かってるって!」


 鼻歌交じりの亜貴を見送った。

 今頃、岳は心配して気を揉んでいることだろう。俺は店の脇に立ち、出入口に注意しつつ、そこで待っていれば。


「おい…。お前、鴎澤(おうさわ)亜貴か?」


 呼ばれて顔を上げれば、ガタイのいい、如何にも真っ当ではない感じの男が、俺を取り囲む様に四人程立っていた。

 声をかけてきたのは、中にいた三十代くらいの男。

 髪を半分くらいアッシュグレーに染めていて、鼻にも耳にもピアス。襟元を大きく寛げた黒のシャツの首筋や手首からチラチラと入墨が見えていた。

 くっきりした目鼻立ちは多分、格好いい部類なのだろうが、如何にも悪そうな目つきに歪んだ口元がそれを台無しにしていた。


 こいつら、まともじゃねぇな。


 俺は思案する。


 俺は亜貴じゃない。


 察するに、マンションから後をつけて来たのだろう。制服を着て出て来れば─ブレザーだけだが─当然亜貴だと思い込むはず。

 ただ、この場合の返答は、


「だったら?」


 これが正解だ。

 亜貴を大切に思う(たける)の気持ちを知った今、その思いを重く見るのは当然で。

 もし、俺が違うと言えば亜貴に危害が及ぶ可能性がある。

 俺は口を噤んだ。

 口を開いたアッシュグレーの男は目をすっと細め口に笑みを浮かべると。


「ちょっと話がある…」


 俺は男達に取り囲まれ、その場を離れた。


+++


「って…」


 口の中には砂利が入り込み、血の味がする。

 連れて来られたのは、ひとけのない廃ビルの地下駐車場。

 直ぐ表の通りに面しているのに、そこだけは入口に植木が茂り放置されていた。何年も人が住んでいないのだろう。

 歩いて十分とかからなかった。

 そこへ着いた途端、何も言わず唐突に腹を殴られ。

 何度も殴りつけられ、動けなくなった所を羽交い締めにされ頬を切られた。それで気が済んだのか、男達はそこをあとにして。


 久しぶりにやられたな…。


 いつ以来だろう。動けなくなる程、人に殴られたのは。亜貴の貸してくれた制服のブレザーがドロドロだ。

 亜貴が整った顔をしているのを知っていたらしい。だから傷つけてやれ、そう口にした。

 馬鹿な奴らだ。幾ら制服を着ていたとは言え、俺と亜貴を間違うなんて。


 イヤ。気づけよ。

 どう見ても俺と亜貴とじゃ雲泥の差だろうに。


 と、言う事は。

 やった奴らは亜貴を知らないと言うことだ。このままなら、当分亜貴本人に危害はおよばない。

 さて、とひと息つくと、軋む身体を起こし、壁に背を預ける。


「っ…」

 

 そこはカビと土の匂いが入り混じっていた。背にあたる壁はじっとりと湿っている。


 誰か通りかかれば助けも呼べるけど。


 薄暗いこちらに比べ、出入口の向こうには夜の街の光が溢れていた。

 けれど人の行き交う気配がない。余程の事がない限り、誰もここを覗かないだろう。


 まあ、時間が経てば回復するからいいけどな。


「ふぅ…」


 多分、骨はやられていない。もう少し呼吸が落ち着けば、立ち上がれるだろう。


「った。痛ぇな…」


 切られらた頬が、ドクリドクリと脈打つ様に痛み熱を持つ。


 俺の顔なんか傷つけたって、箔がつくだけだっての。


 手の甲で拭うとヌルリと血が手についた。うんざりする。

 マンションまで徒歩で行くしかない。この姿ではタクシーも止まらないだろう。


 亜貴はどうしてんだろ。


 ちゃんと家に帰っただろうか。

 俺がいなくなって、驚いている事だろう。

 相手が人違いをしているにしろ、うろうろしていれば、どんな危険が潜んでいるか分からない。亜貴は黙っていれば可愛いのだ。


 岳達に連絡してっといいけど。


 側についていないため、守る事が出来ない。

 しかし考えてみれば、俺は戦う事は出来ても、守る事をしたことがないと気がついた。

 相手をとことんやっつける事は出来ても、果たして守る事ができるのか。

 もし、亜貴と二人でいた所を襲われたら、守れなかったかも知れない。


 今度、岳にでも聞いてみるか。

 

 護身術を身に付けるのは悪いことじゃない。


 それに。


 岳の身にだって同じことが起きないとは限らない。そんな時、ある程度鍛えてあれば、それを未然に防ぐ事が出来る。


 やっぱ、頼んで雇って貰おっかな?


 護身術を身につければ、鬼に金棒だ。

 そんなことを考えていた所へ、タイミングがいいのか悪いのか。


「…大和?」


 弱々しいが、聞き覚えのある声に顔を上げれば、亜貴が入口に立っていた。

 その姿を認めて一気に緊張が走る。


 さっきの奴らが戻って来ないとも限らないのに。


「亜貴。お前、なにこんな所に来てんだよ。さっさと帰れ!」


 つい声を荒げれば、負けじと亜貴も食ってかかる。


「帰れるわけないだろ! こんな状態の大和置いて…!」


 亜貴はそう言うと傍らに駆け寄って、取り出したハンカチを頬へそっと押し当ててきた。痛みに顔を顰める。


「岳には? 連絡したのか?」


「した…。カフェを動くなって。でも、大和が気になって、探しに来たんだ…。そしたら、この先の路地で柄の悪い連中とすれ違って…」


 そこまで言うと唇を噛みしめる。

 俺は亜貴の震えるニの腕に手を添えると、声音を落として諭すように。


「俺は大丈夫だ。いいからお前は、さっきのカフェに戻って岳を待て」


「出来るわけない。血も止まんないし…」


 ハンカチを押さえる亜貴の指に血が滲む。さっき当てたばかりなのに、青地のハンカチが赤黒く染まっていった。

 確かに出血は止まらないし、腹も痛む。

 けれど、大事なのは亜貴の身の安全だ。自分がこの状態では、なにかあっても亜貴を守れないだろう。


「ここにいたんじゃ、岳が見つけられないだろ? 一旦戻って岳と合流してから、牧にでも頼んで迎えに来てもらえれば──」


 言いかけた途中で、


「大和…!」


 その声に目を向ければ、亜貴の向こうに、上背のある人の姿が見えた。

 余程急いで来たのだろう。息を切らしている。


 岳──。


 俺は壁から少し体を起こすと、亜貴の向こうに見える岳に向け。


「岳! 亜貴を早く連れてけ。やっぱ狙われて──」


 岳はそれには答えず、無言で駆け寄ると強い力で抱き締めてきた。


「岳…?」


 冷えた肩が温もりに包まれる。岳の香りが、自分を包みこむように感じられた。


「無事で良かった…」 


 ぎゅっと抱きしめる腕に力がこもった。

 その様子に傍らの亜貴も驚いているよう。岳は暫くそうしていたが。


「…岳。俺は大丈夫だ」


 広い背中をポンポンと叩くと、それで岳も我に返ったらしい。直ぐに体を離すと、俺の怪我の状態を確認した。


「頬の他に怪我は? 何処を殴られた? 腕や足は動かせるか?」


 血に染まってぐしょぐしょの亜貴のハンカチを自分のそれと取り替え、手で押さえるように言われた。その際、傷口を見た岳は顔を幾分、顰めて見せる。


「殴られたのは腹ぐらいで、後はたいした事は──」


「直ぐに医者に見せる。懇意にしてる奴だから気にしなくていい。亜貴は(ふじ)と先に帰ってろ」


 そう言うと、有無を言わさず俺を腕に抱えあげた。途端に見晴らしが良くなるが。


「うわっ! 降ろせってっ」


「大人しくしてろ」


「て、言ったって。楽チンだけど、俺歩けるって。それにせっかくのスーツが血だらけなんだけど?」


 俺の頬から滲む血が、既にジャケットからシャツからべったりくっついている。しかし、岳は。


「今はまともには歩けない。それに、スーツなんて幾らでも替えがある」


 表情は硬く真剣だった。

 いつも家で見るどこか茶化した様な何時もの雰囲気はそこにない。俺はその様子に大人しく従うしかなかった。


「分かった。頼む…」


「それでいい」


 そこで漸く岳の口元に幾らかの笑みが浮かんだ。すぐ後方から藤が出てきて、亜貴の傍につく。

 車は二台あり、一方は岳自ら運転し、亜貴はもう一方、同じくついてきた牧の運転で共にマンションへと帰って行った。

 亜貴はしゅんとしていたが、去り際、こちらを気にかけるように幾度も振り返っていた。

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