第9話『強制イベントとか止めて欲しい』
俺は心地よい感覚に包まれていた。
(暖かい……優しい感じがする……)
曖昧な意識がはっきりしてくる。俺は気を失っていて、今は横たわっているようだった。ゆっくり目を開けてみると目の間に俺を覗き込む顔があった。ウェーブのかかった長い黒髪の女の子……シルヴィス?!
俺は慌てて起き上がった。え、まさか膝枕されてた? そこにはシルヴィスが地面に座り込んでいた。汚れた髪や肌はすっかり綺麗になっている。肌……?
「わ、わ、ちょっとシルヴィス?!」
そう、何故かシルヴィスは裸だった。――何故かじゃないや「銀色の騎士ヘルメシオン」に殺された時、服だけあの小屋に残ってたからな。一度魂だけになって、あいつが死んだから元に戻ったんだろうけど、でもちょっと目のやり場が……。
「あ、そ、そうだ! これを着てみて!」
俺は後ろを向いたまま旅人の鞄から以前尖塔の聖堂で拾った「聖女のローブ」を取り出して渡した。
「これは……だめ。これは……聖女様の……私なんかが着てはいけない……」
「あ、い、いや着て欲しいんだけど……」
「私は……灰被りだから……この聖衣を着るわけには……」
シルヴィスは頑なに着ることを拒否している……ええっと……どうすんだこれ?
「あのさ、聖女とか灰被りとかじゃなくてさ……その恰好だとまともに話も出来ないから、何でもいいから着て欲しいってことなんだけど……」
「え? あ……」
俺が言うとシルヴィスは渡した服を持って慌てて物陰に隠れた。少し待っているとシルヴィスは聖女のローブを着て姿を現した。少し古い感じはするが、灰被りの時に着ていたローブと比べて明らかに仕立てのいい白を基調として凝った金の刺繍が入った綺麗なローブだった。
俺がその姿に見惚れていると、シルヴィスは怪我をしたこの噴水跡の禊の泉の灰被りの所へ小走りで駆けていった。この城砦正面玄関の前にある噴水跡は禊の泉になっていて彼女はそこを護る灰被りだった。銀色の騎士に肩を刺されて大けがをしていたがそれ以外は無事だったようだ。
シルヴィスは噴水跡の灰被りの傷に右掌をかざした。掌から眩しい位の光を放つと傷口が塞がり出血の後も消えていた。
「おお、凄いなあ、傷をもう治したのか?」
俺が能天気にそう訊ねた時シルヴィスは驚いたように右掌を見つめていた。
「どうしたの?」
シルヴィスに問いかけると驚いたような顔でこっちをみた。
「私の……治癒の力が……強くなっている……」
そういえばこの聖女のローブは装備していると神聖系属性が強化されるんだっけか。
「た、多分その服のお陰だよ。聖なる力があるんじゃないかな?」
ゲーム的な表現をゲーム知らない人に説明するのは相変わらず難しい、納得してくれたかな……。
「あの、ありがとう……あなたが助けてくれたの……ですね?」
「あ、ああ……うん。何回も命を助けて貰ったからさ……まあ当然の事をしただけさ」
まさかこんなセリフを言う日がくるなんて思わなかった……非常にこっぱずかしいなと照れながらふと目をやると噴水跡の水面に自分の姿が映っていた。俺のその顔は亡者だった――
(あ!? そうか奴に兜を飛ばされたままで……)
「どうしたの……?」
俺は慌てて地面に落ちていた鉄仮面付兜を探して被りなおした。シルヴィスは不安そうな表情で近づいてくるが、俺は彼女の方を見られない。
「ごめん、俺は……人じゃないんだ。信じて貰えないかもしれないけど……俺は本当はこの世界の人間じゃないんだ」
「……っ?」
シルヴィスが息をの飲むのが聞こえた。俺は「この世界じゃない所から来た」ことや「気付いたら亡者の戦士に生まれ変わってた」ことなど、彼女に今までの経緯を話した。
「ごめん、騙そうとかそういうつもりは無かったんだけど、君にこの姿を見られたくなくて……化け物だと嫌われたくなかったからこの仮面が付いた鎧を探したんだ。でも気持ち悪いよね? とりあえず礼拝堂跡までは護衛するから、そしたら俺は別のところに……」
"別のところに行くよ"と言いかけた時、後ろから手を握られた。驚いて振り返るとシルヴィスが俺の手を握って首を横に激しく振っていた。
「嫌い……じゃない。気持ち悪い……なんて思わない。あなたは私の命の恩人……です。それに……」
「それに?」
何か少し言いづらそうに躊躇している。
「私は……あなたの……その素顔は……もう知っていたから」
「……へ?」
しってた……今知ってたって言った?!
「あなたが……瀕死で倒れていた時に……治癒をするために……兜を……」
「あ、あははは……」
そうだった、俺は瀕死で気絶してる所を助けられたりしてたわ……そりゃ怪我の状態見る為に外すわな……
「でも、よくこんな亡者を助けてくれたね?」
シルヴィスは再び首を横に振った。
「確かに驚いたけど……でも傷ついた人がいれば……助けたい。それが灰被りの……役目だから。そう、最初は……役目だからそうしたの……でも」
シルヴィスは俺の目を見て言葉を続ける。
「あなたは……いつもどこかに行って、帰る度に私に……優しく話しかけてくれたり、果物をくれたり……びっくりしたわ。灰被りに……そんなことする人は……今まで居なかったから」
「誰も、君に話しかけなかったの?」
シルヴィスは少しうなづく。
「話かけてくる人は……ごくたまに居たけれど……皆、城砦の事とか……そういう事ばかり……あなたみたいな人は……居なかった」
「俺もさ、この世界にこんな亡者になって放り出されたからさ、もうおかしくなりそうだったけど……君の様な助けてくれる人が居たから、生きて行こうって思ったんだ。あ、亡者だけどね、あははは……」
俺が笑ったのに釣られてかシルヴィスもクスクス笑っていた。
「さて、泉に帰ろうか?」
「……ええ」
俺とシルヴィスは大回廊へ戻ろうと歩きだしたが、俺は何か見えない壁のようなものに思いっきりぶつかって尻もちをついた。
「だ……大丈夫?」
シルヴィスは尻もちをついた俺を心配した様子で駆け寄ってきた。「大丈夫」といいながら立ち上がり前方に手を伸ばすと、見えない壁のようなものが張られていた。その時後ろで錠が外れる音がして城砦正面玄関の扉がゆっくり開き始めた。
「おい、ウソだろ……この先はたしかボス戦じゃないか……俺は何もしてない――」
この先、城砦の正面玄関にはボスが待ち構えている。丁度ゲームの中盤で後半に向けての最大の難関だ。ここのボス戦は初めて訪れた時には、噴水跡の禊の泉で灰被りに回復してもらったら強制イベントでボス戦に突入するんだけど……
「俺はここの泉の灰被りには回復してもらってないのに、なんで……」
もしかして……シルヴィスが俺を回復してくれた事でフラグが?! 本来のゲームならシルヴィスはここに居ないはずだけど……まさか、フラグの条件が"灰被りに"回復してもらう事? そんな馬鹿な……でも、実際ボス戦始まりそうだよな?
「どう……したら……」
シルヴィスは震えながら俺の手を握っている。この壁はボスを倒さないと消えない。やるしかない……か?
「シルヴィス、これからとても強い敵と戦いになる。念のためこれを持って隠れてて」
俺はシルヴィスに聖女の守り刀を渡す。そして俺は伯爵の紅曲刀を……って、そうだ銀色の騎士に投げ捨てられたんだ。拾わないと……。
「げ、ウソだろ……」
伯爵の紅曲刀は見えない壁の向こう側に落ちていた。俺は無駄と分かってても壁をガンガン殴った……びくともしない。
「仕方ない、これしかないか……」
俺は前に使っていた武器「傭兵の片手剣」を旅人の鞄から取り出した。
「私も……戦う……」
シルヴィスは城砦入り口へ一人で向かおうとする俺の手を握った。
「いや、君は隠れててくれ。折角生き返れたのにそんな……」
俺がそう言うとシルヴィスの俺を握る手に更に力が入った。
「私は……神聖属性の……魔法が使えるわ……あなたの手助けくらいは……できる」
まっすぐに俺の目を見つめてくる。
「そうだな……もうこうなりゃ一蓮托生か。分かったよ、でもなるべく身を隠しながら俺の援護をして欲しい。多分君を護ってる余裕は無いかもしれないから」
「……うん」
シルヴィスは力強く頷いた。そして俺たちは扉の空いた正面玄関から中に入った。大きな円柱が並んでいる広い通路、床は大理石みたいにピカピカだ。中央には赤いじゅうたんが敷かれていて奥の大きな扉へと続いている。その扉の上にはバルコニーがある。
この通路の両側の壁には窓が付いていて照明も灯っているのでかなり明るい。見渡すかぎりは誰も居ないように見える。しかし、俺は攻略動画を見て知っていた、このあとにあの奥の扉の上のバルコニーからボスが現れ……たよほら。
バルコニーの奥、左右から白銀の鎧を着た騎士と暗銀の鎧を着た騎士が出てくる。こちらから見て左が白銀で右が暗銀でそれぞれ色違いの同じ形の両手剣を持っている。
(こいつらが前半の最難関ボス"双極の騎士アルドメイヤー"という双子の騎士だ……ゲームでは2対1になるから、難易度がぐんと上がる。今は俺にもシルヴィスが居るから実質2対2なわけだけど……直接やり合うのはやっぱ2対1だよな)
「さて、腹をくくるか……」
俺は剣を構えた。