第6話『死亡フラグがやってきた!?』
「仲間があと3人いたんだが、街の地下水路でヤバい悪食の魔獣に出くわしてしまって、最初はみんなで立ち向かったんだが、一人やられてしまって……」
突然現れたこの探索者の人の話によると、ここで落ち合う約束をして残り3人バラバラに逃げたんだけど、悪食の魔獣はこの人を狙ってついにここまで追いかけてきたので隠れてやり過ごしていた、ということだった。
「ひょっとして、君があの悪食の魔獣を倒したのか?」
「え、ええ……まあ」
この人が悪食の魔獣をここまで引っ張ってきたのか……まあでもわざとじゃないから仕方ないけど、迷惑だな。ネトゲでモブ押し付けとか本当に悪質なんだなと改めて思った。そんなことを考えていると男は座り込んで頭を抱えだした。
「ああ凄いな君は、あんなのを一人で……。やはり俺たちでは場違いだったんだここは。名前を売ろうと様子見で来ただけでこんな目に……あんな強そうな騎士でさえ牢屋に捕まってたんだから、その時点でヤバいって判断するべきだったんだ……」
ん? 強そうな騎士??
「すみません、他に誰かと会ったんですか?」
「あ、ああ。街を探索している時にな、牢屋があってそこに捕まっていた騎士が居て、仲間に盗賊がいたから鍵を開けてやったんだ。そうしたら礼を言って立ち去っていったよ」
え……ちょっと待て、それって?
「えっと、その騎士って銀色の鎧を着た?」
「ああそうだ。君も会った事があるのか?」
亡者の俺だったけど全身に鳥肌が立つのを感じた。そして一目散に禊の泉に向かって走り出していた。
――泉の隣、いつもシルヴィスが居た小屋の入り口は扉が開け放たれていた……いつもは閉じられているのに。俺は恐る恐る小屋の中をのぞいた。
「シルヴィス?」
声を掛けてみたが気配はない。床には血の跡と彼女の着ていた薄汚れてくたびれたローブが落ちていた。それは脱いだようではなく、中の人間がそのまま消えたように人の形をして床に落ちていた。
「――っ!?」
そうだ、これは「灰被り殺害イベント」だ。あの「銀色の騎士ヘルメシオン」を開放すると、この「契りの泉」の灰被りが殺されてしまうんだ。だから俺はアイツを見つけた時にそのままにしておいたのに、そんな……。
「お、おい君……大丈夫か?」
さっきの探索者が俺に話しかけてきた。思わず俺は睨み返してしまった。
「な……ど、どうしたんだ、何かあったのか?」
俺は「お前が余計な事をするから彼女が」と言ってしまいそうになったが、ぐっとこらえた。この人は事情を知らずにやったに違いないから。
「ここの灰被りが殺された……」
俺は自分が知っていることを伝えた。
「灰被り……ああ、ここにいた人か? 俺や仲間に何度も回復術をかけてくれたな……え、殺されたって!?」
俺は思い出していた。灰被り殺害イベントの後、たしか彼女を復活させるルートがあった。しかしそのためには城砦の中へ入らなければならない。ゲームでいうと中盤まで進めなければいけない。
「俺は……城砦へ行くよ」
彼女を、シルヴィスを助けないと……何度も命を助けられてるからな。
「そ、そうか……すまない、俺はもうここを去るよ。俺には無理だった……」
「それがいいかもしれませんね、命は大事にしないと……じゃあここで」
多分それが普通の感覚ってやつなんだろう。でも俺はもう普通の人間じゃない、こんな見た目が亡者なやつはこの城砦の周りでしか生きて行けない。彼女、シルヴィスとの日常……この日々は、突然この世界に放り込まれた俺にとって救いだった。
あの子も、俺の素顔を見れば拒絶するかもしれない。でも俺はシルヴィスを取り戻しに行く。今までいろんな意味で助けて貰ったこれが本当のお返しだ。本当にゲーム通りに行くかはわからないけど、今の俺にはそれしか出来ないから。
とりあえず俺は手に入るだけの果物を回収して地下水路に向かった。ボスである悪食の魔獣はもう倒したのでほぼ迷路探索だな。たまに大ネズミとかオオコウモリが襲い掛かって来るけど、今の俺には敵じゃなかった。
――こうして俺は無事地下水路を突破して城砦に入ることに成功した。
とりあえず俺は正門を開けておくことにする。門の脇に大きなレバーがあるのでそれを引くと「ゴゴゴゴ……」と音を立てて正門が開いた。これで行き来するのに地下水路を通らなくてもいい。
「さてと……」
城砦は全体が円形でここ正門側は城下町が扇状に広がっている。時計の文字盤で表すと城砦を中心に4時から8時くらいまでが城下町みたいな感じだ。ここから城砦の左側は建物が崩れてて通れないので反時計回りに進んでいくことになる。ここでも敵モブは俺には襲い掛かってこない。街中だけあって関係なく襲ってくる獣系モブもいないしな。
で、肝心の灰被り復活イベントはというと……城下町の中央に大きな時計塔があって、そこを登り切った先が城砦への大回廊、その先の城砦正面玄関で前半最大の山場のボス戦があるんだけど、灰被りが殺されていた場合はボス戦の前にあの銀色の騎士と戦うイベントが発生する……らしい。その動画は見てないからウィキで読んだだけだけど。
そして時計塔に入るには時計塔の鍵を2つ手に入れなきゃいけない。一つはこの鉄仮面付鎧が置いてた尖塔の聖堂の最上階でボスを倒すと手に入る。もう一つはこの城砦の地下「城砦下層部」というまあ下水みたいなところの一番奥にある。もちろんそこにはボスが居てそいつと戦わなければいけないし下層部自体が複雑なダンジョンになっているので正規ルートで行くとここでも結構時間を喰う。
だがしかし、この正規ルートを通らず鍵も無しで時計塔に入る裏技がある。時計塔前は広めの半円形のテラスになってるんだけど柵が無いから下に落ちたら死ぬ高さだ。テラスの横幅は時計塔と同じで時計塔の建物の端は柵が無く落ちたら助からないような場所だ。本来ならここにある時計塔正門の扉を2つの鍵を使って開けるんだけど……俺が動画で見た裏技はこのテラスの端から時計塔方向に向かって飛び降りる。もちろん普通にやれば落ちて死ぬ。しかし、以前尖塔の聖堂で手に入れた「身代わりのアミュレット」を装備して飛び込むと――なんと時計塔の中に入れる……らしい。
このアイテムは死んでもその場でペナルティなしで復活できるけど1回使うと壊れるというやつだ。本来は死んだその地点で復活する。ただし変な場所で死んだ場合は行動不能になる場合があるので復活地点の座標が修正されてそういう場所は回避されて行動可能な場所に復活するようになっている。大概は建物の外に復活するんだけど、ここだけはなぜか建物の中に復活してしまうことがある。攻略界隈では「時計塔ワープ」と言われてた。
気を付けなくてはいけないのが、なるべく時計塔の壁に沿って奥へ向かって落ちる事。飛び込みが甘いと建物の外、この広場に復活したり、場所が悪いと壁にめり込んで復活してまた壁に埋まって死ぬことがある……らしい。俺が持ってるアミュレットは1つだけだしぶっつけ本番か……。
アイテムが必要なだけで裏技としてはそんなに難しいものじゃないと思うけど、自分で実際にいわば飛び降り自殺することになるから覚悟が……。
俺はしばらく下をのぞいたり飛び込むフリでシミュレーションしてみたり不審者のようにウロウロしていた。まあ誰も観てる人がいないから気にする必要もないけどな。
「ああもう! どうせ死んでるんだ、やってやるよ!」
俺はシルヴィスの顔、困ったような儚げなあの表情を思い出して腹を括るとテラスの端へ向かって助走をつけて飛び込んだ。身体を気持ちの悪い浮遊感が包む。真下を見ると尖った屋根が見える。
アレに刺さるのか? 本当にこれで良かったのか? 俺やっちまったんじゃないのか?
死に直面すると時間がゆっくりと感じるってアレかこれは――そう思った瞬間、意識が無くなった。