第5話『悪食の魔獣(ガープサラマンダー)があらわれた!』
「自分は穢れているから話しかけてはいけない」
シルヴィスと名乗った灰被りはそういう感じの事を言った。穢れている……汚れているのとは違うよなあ? まあ確かに服はボロボロで髪もボサボサだったけど……いやそうじゃなくて。
ゲームでの灰被りの設定は――この世界には生まれつき聖なる癒しの力を持った女性が生まれることがある。その中でも特に優れた女性は「聖女」と呼ばれ公の場でその奇跡の力を示す。しかし聖なる力を持ちながら聖女の域に達しなかった女性は「灰被り」と呼ばれ、市中の片隅で癒しの力を民たちに与える。街が滅んだ今でもその使命と「契りの泉」は彼女たちを存在させている……だったっけ?
聖女とかのなり損ないって設定がなんとも可哀そうだよなあ。癒しの力がちゃんとあるんだからそんな邪険にしなくてもいいのに……そう思うと増々彼女のためにせめて果物を差し入れようと思った。
「果物は時間が経つと復活するんだけど、流石に近場だけだとすぐに取り尽くしてしまうなあ……仕方ない」
俺は少しずつ探索範囲を広げてみることにした。俺って基本は石橋叩きな性格で、ゲームも攻略を先に調べてからプレイしてた。このゲームについても攻略動画は見まくってたな。お陰で序盤までしか実際にはまだプレイしてないけど、今となってはもうゲームもプレイできないんだよな……まさかリアルにやることになるとは思わなかったんだが、しかもザコ敵の亡者として。
「ザコ敵の亡者って言っても、もう装備もいいの揃ったから自信もってやっていかないとな」
そうやって自分で自分を応援しないと励ましてくれる人もいないからな……がんばろ。
今更だけど確認しておくと……このゲーム「灰と暗銀の城砦」は複数のエリアに分かれてる。遺跡である城砦の周囲に探索者目当てで出来た街がある。今はそれもほとんど廃墟だけど。今いるここは街のさらに外れにある礼拝堂の跡だ。城砦の中に入る為の正門は閉じられているので街を探索して地下水路を通って行かなければならない……というのが本来の攻略ルートだ。
鉄仮面付鎧を手に入れる為に入った尖塔の聖堂は城砦の外郭部にあるからそこから侵入できそうなものだけど、前にそこに行った裏技だと城砦の中にまでは入れない、というのがやりこみガチ勢の見解らしい。なので城砦へ入るのは正規ルートになるな。
探索範囲を市街地に広げて歩き回っていると兵士詰所跡という建物の地下に牢屋があり、そこに囚われている男を見かけた。騎士っぽい銀色の鎧を着た男だ。シルヴィス以外初めての敵じゃない人間じゃないか――
だけど俺は思い出した、確かそいつは牢屋の鍵を見つけて開放することが出来るNPC「銀色の騎士ヘルメシオン」というキャラだ。こいつは灰被りになんか因縁があって殺害するイベントが発生するんだよな。まあストーリーも殆どないゲームだから考察サイトの見解だけど。
じゃあ開放しなければいい……っていうかそもそも鍵持ってないしな。俺は見つからないようにそっとその場を離れた。
「あのまま放置しとけばいいだろ、シルヴィスがもし殺されたらたまらんよな……あいつを助ける義理もメリットもないし」
俺はその騎士を見なかったことにして探索を続けた。探索中幾つか装備品をみつけたが、今持っている装備のほうが断然強いのでそのまま放置しておいた。民家の花壇に何故か果物が生えていたので頂いて行こう。
「さて、果物もゲットしたし一度帰るか……」
俺は我が家ともいえる礼拝堂跡に戻ってきたのだが……なんか様子がおかしい。普段立っている俺と同類のザコ亡者たちが居ない。
「これって……誰か来て倒されたってことか?」
急に緊張感が高まる。まさかこの城砦の探索者が現れたのか――俺も亡者だから襲い掛かって来るだろうか?
『ギュォォォォ!』
なにやら獣の咆哮のようなものが聞こえた。そして大きく重いものが這いずるような音と振動が伝わってくる。俺はとりあえず伯爵の紅曲刀を抜いて姿勢を低くして物陰に隠れた。
徐々に這いずる音は大きくなってくる。
(べちゃ……べちゃ……)
「なんだよ変な音だな……」
俺はそっと物陰から顔を出した。礼拝堂跡の物陰から牛や馬よりデカそうなトカゲのように4本脚で歩くヌメヌメした怪物が現れた。小学生の頃水族館で観たオオサンショウウオに似ている気もする。
近くにはザコ亡者がいて怪物を斬りつけていた。数回斬られると怪物は身体をくねらせて太いひれの様なもののついた尻尾でザコ亡者を薙ぐ。亡者は吹っ飛ばされて壁に激突して動かなくなった。怪物はそれを口にくわえると丸のみしてしまった。
「それで亡者たちが居なかったのか。ていうか、アイツは確か――」
城砦へのルートの地下水路のボス「悪食の魔獣」だった。
「マジか!? 何でこんな所に……」
地下通路をうろついているボスキャラで、運よく出会わなかったり逃げきれれば戦わずに地下水路を抜けて城砦へ行くことが出来るし城砦へ入ってしまえば中から鍵のかかった扉を開けて地下水路を通らずに街から直接城砦に入れるようになる。
しかしこいつはかなり執念深くてしつこく追いかけてくるので倒してしまった方が後々面倒くさくないらしい……けど。なかなかHPも高く攻撃力もある。敵味方関係なく襲い掛かるくらい攻撃的な性格だからよく敢えて連れまわして他の敵を始末するのに利用されている動画は観てたけど……。
そんなことをぐるぐる考えていると、悪食の魔獣は禊の泉の方向へ歩き出した。
「ちょ……そっちはだめだろ!」
俺は足元にあった野球のボール大の石を投げつけた。石は悪食の魔獣の背中に命中し地面に落ちる。悪食の魔獣はゆっくりとこちらを向き目が合った。
『ギュォォォォ!』
生理的に嫌悪感のある何か水気を含んだような嫌な咆哮を発してから悪食の魔獣は俺に向かって来た。巨体に似合わず素早い!? 大口を広げて俺を飲み込みに来た所をなんとか横に跳んで躱す。
俺が立ち上がり構え直すと悪食の魔獣もこちらを向き直った。
(えっと、こいつの倒し方は――)
攻略動画を思い出す。悪食の魔獣の攻撃は主に突進してからの飲み込みと尻尾を振り回すやつだ。立ち回りとしては突進を躱して横合いから攻撃して離れるというヒットアンドアウェイ戦法が有効らしい。
再び悪食の魔獣が突進してきた。俺は今度は余裕をもって躱して横から一撃を加えようと近づいたが、突然悪食の魔獣は身体をくの字に曲げて尻尾を振り回してきた。
「がぁ!?」
俺はまともに尻尾の一撃を喰らって吹っ飛ばされ、後ろにあった崖にぶつかった。幸か不幸かそのおかげで転倒せずに済んだようだ。俺は痛みに耐えながら構えを取る。
「そうだった、突進してから尻尾で攻撃してくる事があるから注意だったな……」
攻撃パターンを失念していた……なんとか動けるな、この程度のダメージで済んだのは、さすが鉄仮面付鎧のお陰だ。しかし何発も喰らえないぞ……。
俺は気を取り直して魔獣の突進を待ち、横に躱して一度斬りつけて距離を取ることを徹底した。
「尻尾攻撃が来るときは突進の距離が短いな」
こういう所がゲーム的で本当に助かる……現実ならこんなバケモンに行動パターンとか無いもんな。そうやって斬りつけては離れるを繰り返していると、最初に尻尾でやられたダメージもすっかり回復している気がした。そして悪食の魔獣は与えているダメージ以上に動きが鈍くなっているように見える。
「あ、そうかコイツか――」
俺の持っているこの剣、伯爵の紅曲刀は攻撃が命中する度に微量だが敵からHPを吸い取る。さらに一定のダメージを与えると微量の持続ダメージ効果"エナジードレイン"が発動する。つまりこっちの攻撃が当たればHPが回復するし、相手には持続ダメージもオマケで与えるという敵からしたら厄介な武器だ。そりゃ最強武器の一角だもんな……。
「よっしゃ、いけそうだぞこれは……」
悪食の魔獣は再び突進の気配をみせた。次の一撃くらいで倒せるかも――動きにも慣れてきたので悪食の魔獣の突進を余裕で躱し斬りつけた。悪食の魔獣はダメージで怯むがまだ倒れない。もう一撃、そう思ったとき悪食の魔獣の大きな尻尾が俺目がけて振られた。
「しまった!?」
俺は尻尾の一撃で吹っ飛ばされ地面に倒れた。怒り狂った悪食の魔獣は倒れている俺を飲み込もうと間髪入れずに向かってきた。
(やられる――)
悪食の魔獣の大きな口がまさに俺を飲み込もうとした時『ブギュルワワワワ!!』という咆哮を上げてのたうち回り身体が光る塵となって消えていった。
「ああそっか、エナジードレインの効果だ……助かった」
悪食の魔獣は伯爵の紅曲刀の効果の持続ダメージのせいで残りわずかなHPを全部失ったようだった。悪食の魔獣が消えた後には小さな水晶玉、禊の泉への帰還アイテム「灰被りの涙」が落ちていた。ボスキャラ倒すと大体手に入るからな。
「これはヤバい時の保険になるな……」
なんとか悪食の魔獣に勝てた。しかしなんで地下水路にいるやつがこんな所に――そんなことを考えながら禊の泉に向かうと礼拝堂の前に座り込んでいる人を見かけた。
「え、なんで人が……探索者か?」
その人は俺に気付いてこっちに近づいてくる。剣を抜かずに歩いてくるので敵意は無い……のか?
「き、君もこの城砦を探索しに来たのか――ひ、一人なのか?!」
君もってことはやっぱりこの人は探索者なんだな。ここは合わせておくか。
「え、ええそうですけど……」
この人は元はちゃんとした装備を身に着けていたっぽいけどなんかボロボロになっている。ひどく疲れた顔をしているなあ……。やっぱりこの鉄仮面付の兜は正解だったな、もし素顔だったら多分敵と思われて斬りかかられるか逃げるかされてたよな。
さて、この人は敵か味方か……。