第4話『贈りものに果物ってどうなの?』
俺は歪な骨獣と対峙していた。なんとか走り抜けたいところだが……ギリギリ通路の壁際を走り抜けようと近づいた瞬間、歪な骨獣は動き出して腕についたカマキリのような爪を振り回してきた。
(動画ではたしか2回振り回しの後尻尾が襲ってくるのでそれを飛び込んで躱す――よしっ!)
なんとか攻撃を躱して背後へ抜けた。しかしヤツは思ったより素早くこっちを向いて襲い掛かってきた。俺は一目散に通路の先へと逃げる。だが歪な骨獣はジャンプして俺との間合いを一気に詰めて両爪を振り下ろしてきた。。
「やっば!」
俺はもう一度前に飛び込み前転で回避行動をとる。爪自体は何とか躱せたが衝撃波のようなものに弾き飛ばされた。
「かはぁっ!?」
背中に強い衝撃を受け、肺から空気を無理やり吐き出されたようになり息苦しさと痛みですぐに動けなかった。仰向けに倒れた俺の目に歪な骨獣の大きな爪が俺に向かって振り上げられているのが見えた。俺は必死で横に転がると今さっき俺がいた場所の地面に爪の先端が刺さった。
歪な骨獣は地面に刺さった爪を抜くのに手間取っている。俺はその隙によろよろと立ち上がり、さっき拾った体力を若干回復してくれる果実を口に押し込んだ。無理やり咀嚼してゴクリと飲み込むと少し痛みが和らいだ気がした。ほんの少しだけだけど……。
通路の先を見る。えっと、通路の突き当り一番奥の右側の棺が隠し通路になってるんだっけか?
歪な骨獣は刺さった爪を抜き再び襲い掛かってきた。俺は通路の奥までダッシュで向かう。ヤツも巨体の割に素早いのであまり引き離せない。
「見えた、あれだ!」
通路が行き止まりになり、突き当りの壁に棺が幾つか並んで置かれている。一番右端のやつ……。
しかし歪な骨獣はまたジャンプして爪を振り下ろしてきた。さっきより早く察知したので今度はうまく躱せた。よし、棺の蓋を開けて……
「げ、重っ!」
思ったより棺の蓋が重い。俺は両腕でなんとか持ち上げる。その間にも歪な骨獣がこっちへ迫ってくる……間に合うのか!? 俺は中を確かめることも出来ずなんとか身体が入るくらい蓋をずらして棺の中へ飛び込んだ。
「うわああああ!?」
中は暗くて見えないが滑り台の様になっている様で俺は坂を滑り落ちていく感覚を味わっていた。後ろの方で棺が壊れる音がした。間一髪……。
ほっとしたのもつかの間、俺は地面にぶつかって衝撃を受けた。
「痛たたた……ん? 絨毯??」
そこは今までと全く様子の違う、西洋貴族の書斎――のような部屋だった。高価そうな家具や調度品が置かれている。地下納骨堂の中とは思えない整えられた部屋だった。
「ここは……」
そうだ、攻略動画で見た部屋だ。そしてこの部屋の宝箱に置かれているのが……部屋の中央の壁際には書斎のようなスペースがあって机が置かれていた。その脇に宝箱があり中にはゲームと同じ「伯爵の紅曲刀」が入っていた。
刃渡り60センチくらいで身幅は3、4センチくらいの反りのある両刃片手剣。いわゆるサーベルというやつかな?
装飾が凝っていて良い物なんだろうなとは思うけど所々に血の染みっぽいのが付いてて不気味だ。
こいつはゲームでは攻撃力はそれなりに高いけどそれだけじゃ最強クラスではない。一番の特徴は、ダメージを与えた敵から少しだけHPを吸収するということ。そしてダメージが蓄積すると呪いがかかり徐々にHPを奪うというおまけつき。つまり総合ダメージが大きくて更にHPも回復するというとても便利な武器だ。
「これとこの鎧があれば初期のエリアでは死ぬことはないだろうな」
そう、俺は初期エリア周辺だけで生きていくつもりだ。手に入れておきたいものがあったからちょっと連続で無茶したけど、武器と防具さえ手に入ってしまえばあとはのんびり過ごしていきたい……だってこの世界があの超難易度のゲームと同じなら俺が生き残れるとは思えないからな。
まだ何か無いかと探してみると小さな水晶玉が書斎の机に置かれていた。これは尖塔の聖堂からの帰還で使った「灰被りの涙」だ。良かった、これで楽に帰れる。
「さて、戻るかな……」
灰被りの涙を握りしめると例の浮遊感に見舞われた……。
「ふう――」
さっきまで居た貴族風の書斎から見慣れた契りの泉の小屋の前に転移した。安心したからか、疲労感や痛みがどっと押し寄せてきてその場にへたり込んだ。
「流石にあの果物だけじゃなあ……」
歪な骨獣との戦いで負ったダメージは果実だけでは少ししか回復しない様だ。少し休んでいこうと地面に横になると、小屋の扉が開いて灰被りの子が小走りで近寄ってきた。
「あ、え?」
灰被りは俺の前に片膝をつき、寝転がっている俺に掌をかざす。そこを中心に暖かく心地よい感覚が全身を包む。痛みや疲労感が身体の外へ抜けていく感じがした。俺は上半身を起こしてとりあえずお礼を言おうとしたが、彼女は素早く立ち上がると速足で小屋に戻って扉を閉じてしまった。
ぽりぽりと頭を掻いてから立ち上がり小屋へ向かう。俺は扉の前に立ってそのまま話しかけた。
「あの、回復してくれてありがとう。この前も今回もとても助かったよ。お礼っちゃ何なんだけど果物を置いておくよ。良かったら食べて、じゃあ……」
俺は扉の前に果物の残りを置いて立ち去った。きっと俺が居たら出てこないだろうと思うからな。こういうのがスマートってやつだろう。まあ前世でも女の子とロクに話したことはないんだけど。
さて、とりあえず目標も無いので果物でも採りに行くか……プレイヤーキャラならこの初期エリアに来る前にチュートリアルがあって契りの泉で使用回数が復活する回復アイテムが貰えるんだけど、俺にはチュートリアルなんかなかったからな。例え微量でも回復アイテムは必要だ。地下納骨堂でも果物無かったら死んでたかもしれないからなあ……細かい傷なら伯爵の紅曲刀で敵を攻撃すれば回復できるけど余計なダメージ負う可能性もあるしな。
そういうことで俺は果物を求めて少しずつ探索範囲を広げてゆき、見つけるたびにあの子へお裾分けを置いて行った。持って行く度に前の果物は無かったから一応食べてくれてるんだと安心していた。
それが嬉しくて一方的に扉越しに今日あった事とか何気ない事を話しかけていた。向こうからは何も応えてはくれなかったけど、果物が無くなっているイコール「一方通行じゃない、聞こえてるんだ」と思って懲りずに続けていた。
そして、果物をあの子へ差し入れするようになって何度目かの時に扉の前でばったりと鉢合わせた。
「あ……」
「っ?!」
「あ、あの! ありがとう、ちゃんと会ってお礼を言えてなかったから……回復してくれて2回も命を助けられたから、せめてお礼にと思って果物を差し入れしてたんだ。もし迷惑だったり気持ち悪かったりしたら止めるけど……」
あの子が俺と鉢合わせたことに驚いて扉を閉めようとしたので俺は咄嗟に話しかけた。声がうわずって早口になってしまった……気持ち悪がられないか?
あの子――灰被りは首を横に振った。
「そ、そっか……嫌だった? ごめん、もうやめておく――」
灰被りはさらに強く首を横に振る。
「そんなに嫌だったのか、ごめん、気持ち悪いよね一方的に果物とか……」
「……ちがう、嫌じゃない」
小さな声で彼女はそう喋った。
「え……喋っ」
「嫌じゃないわ……でも……私なんかに……話しかけたら……いけない……」
彼女は俺の方を向いてそう言った。表情は不安げで、緊張してるのか凄く硬い。ボロボロの灰で汚れた黒いローブを着ていて頭に被ったフードの奥の顔は……長く伸びたあまり手入れされていない黒髪の色白の肌の少女だ。やはり俺と同い年くらいに見える。亡者顔の俺が言うのはなんだけど、灰やすすが付いていて正直あまり清潔感は無い。でも、身なりを整えたら多分凄く可愛いと思う。あくまで俺の感想だが。
「そ、そう……だね、馴れ馴れしいよ……な、ごめんね、こんな俺みたいなのが灰被りである君に……」
「違うの……私は灰被り……あなたの様に……泉を訪れる旅人に……癒しの力を与えるだけの存在……本当はこんな風に……人と話してはいけないの……」
「え、なんで?」
「ごめんなさい……私は穢れた者……灰被りだから……」
そう言うと彼女は扉を閉めようとしたので俺は慌てて話しかけた。
「あの! 名前……名前だけでも教えて欲しい!」
俺の言葉に反応したのか、扉は閉じる寸前で止まった。
「……シルヴィス」
掠れるような小さな声で彼女は名乗り、扉をパタンと閉じた。
「シルヴィス……シルヴィスか……そっか……」
俺は彼女の、シルヴィスの名前を知ることが出来て得も言われぬ満足感に満たされていた。