第3話『"灰被り"(サンドリヨン)って老女かと思ってた……』
「うぉりゃああああ!」
燃えながら四つん這いにうずくまる守護騎士の背中に思いっきり俺の持つ傭兵の片手剣を突き立てた。その衝撃で守護騎士はべしゃっとつぶれる様にうつぶせに倒れた。
「熱ぅっ!」
まだ炎が燃えていた守護騎士の鎧は熱かったので慌てて離れた。慌てて離れたので剣が刺さったままだった。抜こうと近づいた時、守護騎士が突然起き上がりながら大きな戦棍を大振りした。
「がぁっ!?」
俺は完全に無防備な状態の胴体に大振りした戦棍をまともに喰らった。それなりに重い鉄仮面付鎧を着ているはずなのに吹っ飛ばされるくらいの威力だった。大きな戦棍の一撃と吹っ飛ばされて激突した壁の衝撃で前後から押しつぶされるような激しい痛みが俺を襲う。
「かはっ……はっ……」
まだだ、こんな所で死ぬのは嫌だ……絶対に生き残ってやる! 俺は痛みを誤魔化すように「ああああーっ!」と気を吐いた。守護騎士は燃えながら俺に向かってズンズンと歩いてくる。燃えてるってことはダメージが蓄積されてるよな……だったら!
守護騎士が大きな戦棍を大きく振り下ろしたのをよく見て最小限の動きで躱す。そして背後に回り込み背中に刺さった剣を思いっきり押し込んだ。すると守護騎士はビクンと痙攣して糸が切れた人形のように崩れ落ちて光の粒子となって消えて行った。
「はは……勝った……やった……」
やったけど、やばい。痛くてあまり動けない。多分この鎧の前に着てた硬質の皮鎧だったら死んでたと思う。なんとか生きてたけど、こんな身体でここからどうやって出ようか……
そんなことを考えながら辺りを見回していると、守護騎士の消滅した辺りに淡い光を放つ物が落ちていることに気付いた。
「あいつ、何かアイテムを落としたのか?」
身体の痛みを我慢しながらアイテムを取りにいく。拾い上げるとそれは欠けてひびの入ったビー玉くらいの大きさの水晶玉で「灰被りの涙」というキャンプである禊の泉へ帰還できる消耗品アイテムだった。
「これは……はは……これで助かる……」
今の俺には何よりもうれしいアイテムだった。俺は早速「灰被りの涙」を使う。身体が浮遊感に包まれてエレベーターで降りるような落下する感覚が起こりめまいがした。やがて浮遊感がおさまって落ち着いてきたので辺りを見渡すと、そこは見知った最初の禊の泉にある小屋の前だった。
「やった、帰ってこられた……」
そう思うと一気に気が抜けて俺は眠るように倒れた。
――どれくらい眠ったのだろうか。なんだかとても暖かく心地よいものに包まれているようで気分がいい。誰かが俺の手に手で触れているような感覚がある。意識が戻ってきたのでそっと目を開けてみる。俺は地面に仰向けに横たわっていて、俺の横に座って手に手を重ねている人がいた。灰で汚れてボロボロのローブを着た人、ゲームではプレイヤーを回復するだけの喋らないNPC「灰被り」だ。
「えっと、俺を……回復してくれたの?」
俺が話しかけると驚いたようにそそくさと小屋の中に入っていってしまった……。その時に俺には見えた、フードの隙間から灰被りの顔が。それは俺と同年代くらいの女の子だった。ゲームでは見える事が無かったし、攻略の人とか考察の人とかも大体「おばあちゃん」とか言ってたからてっきりそうだと思ってたけど、まさか女の子だったとは……。
あ、そうだ。灰被りの事で後回しになったけど、ガタガタだった俺の身体は痛みもすっかり消えて疲れも無い。多分灰被りが回復してくれたからだ。俺ってザコ敵キャラなのにわざわざ回復してくれたんだ……あ、この鎧着てるから冒険者と間違われたのか?
「なんにせよ助けて貰ったんだしお礼ぐらいしないとダメだよな……」
お礼と言っても何があるだろうか。同年代の女の子か……花?
「プレゼントに花って、なんか恥ずかしいっていうか格好つけすぎ?」
そんなことを考えていたが、鉄仮面付鎧を手に入れたから次はどうしようか……そうだ、守護騎士と戦ってなんとか勝ったけど、あれって殆ど運だったよな、やっぱもっと強い武器がいるよな。
「強い武器か……鍛冶屋で強化してもらう?」
いや、それには敵を倒したり探索で手に入る「魂の結晶」というお金替わりの宝石が必要だからな、素材とかも。
「今の状況で手に入る強力な武器あったっけ……」
俺は攻略動画を必死で思い出し……あった。
「いや、でも行ける……か?」
それはゲーム後半に訪れることになる「深き地下納骨堂」の中にある隠し要素、通常のプレイではなかなか見つけられない場所に隠してあるこのゲームでも使える武器トップ5に入るという「伯爵の紅曲刀」というのがある。本来ならそこまではボスが何体か居たり罠が有ったり仕掛けを動かしたり結構な道のりなんだけど……攻略動画ではなんとゲーム開始直後でも頑張れば取りに行ける近道がある……らしい。そう、「頑張れば」
「まあちょっと行ってみて無理そうなら帰ろう……」
地下納骨堂は初期地点近くの廃墟から入れる。ということはこの廃墟は教会か何かだったのか……あんまり世界観解説動画とかは観てなかったからよく知らない。
自由度の高いゲームで、開始してからすぐに入ろうと思えば入れるけどここの探索って中盤以降じゃないとキツイと思う。まあ俺は前に取ってきたこの鉄仮面付鎧があるから即死は無いと思うけど……。
攻略動画を思い出しながら俺は地下への階段を下りる。途中でゾンビやスケルトンなどのいわゆるアンデッドモンスターが待ち受けていたけど、今までと同じで俺には襲い掛かってこない。
「やっぱこういうのもチートっていうのかねえ……まあそのかわり外見は亡者だけどな」
地下納骨堂を進んでいくと鍾乳洞のような場所に出る。大きなクレバスになっていて所々につり橋がかかっている。当然ボロボロなのでめっちゃ揺れる。最初のつり橋のちょうど真ん中。ここから飛び降りると下の岩の出っ張りにギリギリ乗ることができる……らしい。俺は攻略動画の通りの場所で飛び降りた。
嫌な浮遊感があり、次の瞬間すぐに硬い足場に降りられた。本当に動画の通りだ。さて次は……
左を向いて3歩歩くと下に落ちる。次の足場に降りるとバックステップ2回してから右を向いて前転しながら飛び降りて……
「がは!? 痛ってぇ……」
俺は硬い足場に尻もちをついていた。痛い……尻が割れそうだ……そうか、落下ダメージ喰らうけど死にはしない場所だったっけ……
俺は尻をさすりながら立ち上がり辺りを見渡す。目の前に通路が伸びていて所々に明りが見えた。近づいていくと、それは上の方の岩の隙間から陽の光が差し込んでいるようだった。
「ん? これは……」
光がさしている場所には植物が生えている。
「やっぱ陽があたると生きて行けるんだな」
緑の葉っぱの隙間から鮮やかな色がのぞいている。葉をかき分けてみるとそれは果実みたいだった。
「これは確か……」
ゲーム中所々で拾えるアイテム「果実」だ。体力をわずかに回復してくれるので体力調整に使えるアイテムだけど、本当に少量しか回復しないので上級者向きアイテムと呼ばれていた。俺はさっき落下のダメージを受けていたので一つ食べてみた。大きさはビワくらいで小さめだけど甘酸っぱいいい匂いがして美味しそうだ。ゲームではそのまま食べていたのでかじってみたがちょっと皮が青臭いので剥いて食べてみる。これは美味しい……桃に近い甘さと食感とみずみずしさだった。
思わず何個か続けて頬張っていると、身体の痛みが消えていることに気付いた。
「体力回復アイテムだからかな? 美味くて体力も回復するなんて最高だな……」
沢山実がなっているのでいくつか貰っていこう。そうだ、灰被りの子にもお礼にこれをあげたらどうだろうか? 花よりも実用的だしなにより美味いからな。
体力も回復したところで通路を奥に進むことにした。確かこの奥に隠し通路があって秘密の部屋に繋がっててそこに目的のものがあるんだよな。
しかし、一つ懸念が……隠し通路の手前には強敵「歪な骨獣」という色んな魔獣の骨を接ぎ合わせたボーンゴーレム的なやつが居て、こいつは敵味方関係なく間合いに入ったら攻撃してくるから、多分俺も近づくと襲われるとおもう。そして目的の隠し通路はコイツの向こうにある。動画では倒さなくてもいいって言ってたけど、攻撃を躱して向こう側に行く必要がある。
あれこれ考えながら歩いているうちに自然の洞窟から人工的な石造りの通路に差し掛かっていた。いくつもの棺が置かれていてるので墓なんだろうな。たしかこの先に……居た、歪な骨獣だ。それは大きなオブジェのように2本脚で立っていた。大きさは3mくらいか、あれだ大きさ的には巨大ヒグマとかそんな感じなんだろう。大きな牙の生えた肉食獣のような頭蓋骨が長い首と繋がっていて、手はまるでカマキリのようなギザギザの爪の様だった。尻尾の骨も太く長い。
よし、なんとかコイツの脇を走り抜けるぞ……俺は意を決して歪な骨獣と通路の壁の間ギリギリをすり抜けるようにダッシュした。