第2話『"尖塔ショートカット"って本当に出来るの?』
この世界に転生してからしばらく歩き回って分かったのは、俺は敵キャラだから基本的に同じような敵キャラは襲ってこないということ。ゲームだとプレイヤーが攻撃範囲に入ったらすぐに襲い掛かって来たけど、敵が同士討ちとかは基本無かったしね。だからスイスイと探索できる。
とりあえず武器は最初の宝箱から入手したショートソードからもっと攻撃力の高い「傭兵の片手剣」を手に入れてそれを装備している。刀身が分厚くてシンプルで実戦的な感じのちょっと重いがその分よく斬れるやつだ。鎧も最初に着ていたボロボロの皮鎧から硬質の皮鎧に着替えた。プレイヤー用のだから見た目も格好良くなった。
探索しているとたまにオオカミだのオオコウモリだの獣系の敵は襲ってくるのがいるけど、基本的に弱い奴らばっかりだから戦いのいい練習になった。あと、基本的な動きはプレイヤーと同じ動き方が出来る。前世では運動神経にはあんまり自信なかったけど、この身体はゲームの動きをイメージしたらそういう風に動いてくれる。凄いな亡者の戦士、ザコとか言ってごめん。基本性能はプレイヤーと同じだったんだな。
しかし、この身体で一番困るのは水面とか反射するものがあった時自分の顔が映るとゾンビみたいな顔なのでいちいち「ビクッ」ってなって心臓に悪い事だ。亡者の戦士なので寿命が縮まるかは知らないけど。
ということで、顔を隠すもので手に入りそうなもの――思い当たるのは拾える装備の「鉄仮面付鎧」という面当て付き兜の付いた鎧だ。序盤で手に入れることが出来る最上級の鎧だから是非とも欲しいんだけど……
通常のプレイではもう少し先にある地下牢で番人を倒して鍵を奪い、そこに捕まってるNPCを助けたら更に強敵と戦うイベントをいくつかクリアしてやっと鉄仮面付鎧がある「尖塔の聖堂」に行くための渡り廊下の扉の鍵がもらえる……という前半の難関だけど実はそれらのイベントをすっ飛ばして直接渡り廊下のど真ん中に飛び移れる裏技「尖塔ショトカ(ショートカット)」があるんだなこれが。
俺の観ていた攻略動画では正規ルートとメーカーが想定していなかった挙動を使った裏技と呼ばれるものの両方を紹介しているという有難いものだったので今となっては動画主には本当に感謝しかない。
俺は動画で紹介されていた、ぱっと見通れなさそうな建物の壁と崖の隙間を通り抜けたり、ちょっとした乗れる岩を足掛かりに崖の下に飛び降りたり(中略)しながら、とりあえず扉を開けずに渡り廊下に飛び移れるポイントまで来てみた。
(なにこれ、渡り廊下って崖を挟んで建ってる建物を繋いでるんだけど……)
「この崖高くね?」
思わずツッコんでしまった。崖下は日が当たらずに暗くてよく見えないので深さも良く分からないけど、イコール落ちたらヤバいんだろうね……。しかもゲームでは分からなかったけど結構風も強い。リアルな恐怖感で足が竦む。
攻略動画では、この崖の上から渡り廊下の屋根の端ギリギリを少し歩くと少しだけ崩れた所がある。普通にここから下の渡り廊下に飛び降りようとしても床まで崩れているので下に真っ逆さまだ。そうではなくて、崩れてる所の一番手前から戻るように落ちると……何故か立てる場所がある……ってか本当に立てた!?
そして、ゆっくり壁伝いに進むと……
「うお!?」
急に壁をすり抜けてしまい転倒した。起き上がって見渡すとそこは渡り廊下の中だった。
「すげぇ、本当にゲームの通りに出来た……マジでゲームの世界なのかここ?」
今更何を言ってるんだとおもうけど、本当に地形バグまで再現されてるのは凄いよな……
さて、早速尖塔の聖堂に向かった。中には守護騎士と言われる身長が2メートル以上あって重甲冑を着て大楯と大きな戦棍で武装した強敵が待ち構えているんだが、亡者の戦士である俺はやっぱり敵とみなされないので全く無反応だった。とりあえず取れるアイテムは貰っていこう。探索中に拾った「旅人の鞄」があればゲームみたいに色んなものをコンパクトに持ち運べるしな。
「聖女の守り刀」これは聖属性の短剣だ。亡者の俺が持っても聖なる力とかで「ぎゃあああ熱いいい!」とはならないので貰っとこう。聖属性の武器は持ってないし。
「聖女のローブ」まあ女性用か、まあとりあえず貰っとこう。
「身代わりのアミュレット」ゲームでは死んだときにペナルティ無しでその場で生き返れるやつだ。これは持ってた方がいいよな。
そうやって探索しながらどんどん塔内壁に付いている螺旋階段を昇って行く。真ん中は吹き抜けなので上から見下ろすとなかなか壮観だ……怖いけど。
「あ、あったあれだ……」
螺旋階段の中腹より少し上くらいに中央の吹き抜けにせり出したベランダ? みたいなのがあってそこに置かれている宝箱の中身が「鉄仮面付鎧」だ。通常のプレイをしていればこのベランダの入り口の柵の鍵を手にれるイベントがあるんだけど、すっ飛ばしてきてるからそんなものは持って無い。じゃあどうするのかって……
「ここのちょっと上の螺旋階段のこのヒビの辺りから落ちればいいんだよな」
落ちるって言ってもそのままじゃ手すりが邪魔で飛び降りられないから、螺旋階段の高低差を利用してダッシュしながら……ジャンプ!
「はあ……はあ……乗れた?」
なんとか手すりの上に乗ることが出来た、が……
「うお?!」
勢い余って手すりから吹き抜けの方向へ転落してしまう。「あ、死んだ」と思った瞬間大きな尻もちをついた。
「痛てぇ……あら、助かった?」
なんとか宝箱のあるベランダに落ちたようだ。
「危なかった……っ痛?!」
立ち上がろうとした時に身体に痛みが走った。結構高いところから落ちたからダメージを受けた様だ。ゲームでもそうだもんな。俺は最初の宝箱に入っていた回復薬を飲んでみる。すると痛みが消えて身体が楽になったように感じた。亡者の俺にも効くようで良かった……。
目の前に宝箱が置いてあるので開けてみると、念願の鉄仮面付鎧が入っていた。俺は今まで着ていた硬質な皮鎧を脱いで旅人の鞄に押し込み手に入れた鎧を装備した。流石に皮鎧と違って結構重いし鉄仮面で視界が狭いけどなんとか行けそうだ。
――それで、ここから帰る方法は確かいくつかある同じようなベランダに飛び降りながら降りて行けばさっきよりは高低差が無いのでダメージは受けない……だったよな。俺は尻もちを何回もつきながら抜け道のある尖塔の聖堂の最下階を目指した。
やっと最下階の床が見えて「やっほー!」とか言いながら飛び降りた時、床ではなく何か硬い物体にぶつかって転倒した。
「痛ってぇ!? 何の上に落ちたんだ……」
起き上がって振り返るとそこには守護騎士が立っていた。コイツの上に落ちちまったのか……と思うが否や守護騎士は持っている大きな戦棍を俺に向けて振り下ろしてきた。
「なんだ!?」
俺は咄嗟に飛び退いて躱した。守護騎士の大きな戦棍は空を切って大理石の床を叩き鈍い音を出した。何で? ここに来てから守護騎士は俺の事居ないみたいに何もしてこなかったのに……
守護騎士は左腕に大楯を構えながら再び大きな戦棍を振り上げて突進してきたので俺はまた慌てて飛び退く。今度はさっきより鋭く大きな戦棍を連続で振る。俺は二撃目が躱せずなんとか剣で受けるが衝撃で弾かれて態勢を崩した所に守護騎士の大楯で体当たりされた。俺はもろに喰らって後ろへ吹っ飛ばされた。
すぐ後ろが壁だったので転倒せずに済んだが身体中が痛い。でもさっき手に入れたこの鎧のお陰でまだ十分動けるくらいの痛みで済んでいると思う。
「まいったな、回復薬はさっき飲んじまった。こいつからは逃げ……られないか?!」
辺りを見回そうとした時また守護騎士が大きな戦棍を縦に振りかぶったのが横目に見えたので横に飛び退いた。最初にお見舞いされた床を叩き割りそうな大振りの一撃だ。流石にアレを喰らったらヤバそうだけど、モーションが大きいから気を付ければなんとか躱せる。
「くっそ、デカくてトロそうなのに隙が無いな……」
俺の武器は「傭兵の片手剣」だ。片手剣としては頑丈な方だと思うけどそんなにリーチがないので、このごっつい守護騎士の懐に入り込むには……攻略動画を思い出すと、大きな戦棍を大振りさせてから躱してカウンターで攻撃を当ててダメージを地道に与えていくか、素早く死角に回り込んで急所に「致命の一撃」を叩きこむんだけど……
重装備な見た目以上に隙が無いし何よりゲームと違ってリアルな恐怖が半端ない。大きな戦棍が唸って床や壁を叩く音や火花に身が竦む――何か手は?
「あ、そっかアレだ!」
俺は拾ったアイテムを頭の中でぐるぐると思い出し、初期エリアで拾った油壷を思い出して鞄に手を突っ込み、守護騎士が大きな戦棍を振り下ろしたタイミングを狙って投げつけた。
油壷は守護騎士の兜に当たって割れ、頭から油を被った。しかし、この油壷はただの油が入っている壺でそれをぶつけただけではただ油を被るだけだ。でも俺は思いついた。ゲームでは無かったけど、さっきからコイツが石の床や壁を戦棍でブッ叩いた時に火花が散ってたことを。だから俺はわざと大きな戦棍を大振りさせてみた。
俺は敢えてコイツの間合いに踏み込んですぐに後ろに飛び退いた。守護騎士は大きな戦棍を力任せに振り下ろし床を叩くと火花を散らした。その火花はさっき喰らわせた油に引火して守護騎士はを炎に包まれた。守護騎士は声は出さないがもがき苦しんで大きな戦棍をやたらめったに振り回している。
「うわ、これじゃ近づけない……そっか!」
俺は火が消えないうちに急いで螺旋階段を上り、直近のベランダに向かう。下を見ると藻掻いている守護騎士が見える。ゲームでは常套手段だった「高所から落下しながら攻撃すれば大ダメージ」の条件が揃い、俺は守護騎士目がけて飛び降りた。