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生まれ変わったらエビフライになりたい

作者: 寝暗ナス

登場人物

依比奈えびな、隔離室で過ごす少女

衣月いつき、この施設で勤務する若いDr




 ジリリリリリ、ジリリリリリ、ウーウーウー


 建物の中を、けたたましいサイレンが鳴り響く。


 様々な薬品が反応したのか、外界と繋がる全てから黒煙が立ち上り、

オレンジの光が建物の中を煌々と照らしている。

 それらは、死神の鎌ごとく人々の魂を刈り取っており、消火活動もままならない。


 地下に建設されている隔離施設、その中に一人の少女が横たわっていた。

既にこの場所にも火の手が回っているが、その堅固な鉄の扉が少女の脱出を拒む。

隔離室の構造上、炎の侵入は防げているものの、黒煙は少しづつその室内を占領していた。



依比奈「衣月先生、私、生まれ変わったらエビフライになりたい」



 少女の問いかけたその先に、白衣を着た一人の青年が力なく横たわっていた。


 青年の顔は煤で汚れており、既に焦点も定まっていなかった。

喉の焼けるような痛み、息苦しさ、意識を手放せればどれほど楽になるのだろうか。

しかし、そんな状況であっても、青年は気力を振り絞り、微笑を浮かべて少女と向き合う。



衣月「エビフライって……ケホッ、それはまた急な話だな」


依比奈「そう? でも、エビフライになれば、死ぬまで衣月先生と一緒にいられるじゃない。

せめて、次死ぬときは衣月先生に包まれて死にたいなぁ……」



 死ぬ前に先生と触れ合いたい、そんな些細な願いも今では叶いそうもない。

距離にすればたった数メートル先に先生がいるにもかかわらず、たった1枚の強化ガラスが

その触れ合いを妨げていた。


 ガラス越しに触れ合う少女と先生の手。しかし、お互いのぬくもりを感じることは出来るはずもない。



依比奈(無茶しちゃって……)



 少女の瞳に映る先生の手。それは既に黒く焼きただれており、所々白い骨が見えていた。

少女を解放せんと、赤く熱された取っ手を掴んだ代償だ。そして、それは代償を支払った

だけであり、物語のように少女を解放するには至らなかった。現実とはなんとも非常なものである。

 

 そうして少女と先生はせめてもと、最後のその時まで語り合うことを選んだ。



衣月「死ぬまでって……、エビフライの時点で既に死んでいるようなものじゃないか?」


依比奈「違います―、食べられるまではエビフライとして生きてますー」


衣月「えぇ……」



 生まれ変わり、そんな都合の良いものなんて無いとは分かっているものの、妄想するくらいであれば

許されるだろう。



衣月「でも、それなら生まれ変わったら、ケホッ、その、結婚するとか、そんなんでも良くないか?」


依比奈「ぷぷ、衣月先生から結婚って言葉が出るなんて、似合わな~い」


衣月「うっせ」


依比奈「まあ、独り身の可哀そうな衣月先生と結婚してあげても良いけど……でも、結婚したからとはいって

一緒に死ねるとは限らないでしょ?」



 結婚しても四六時中身を寄せ合っているわけではない。夫婦であっても触れ合いながら一緒に死ね確率なんて

微々たるものであろう。



衣月「……」


依比奈「先生……?」


衣月「あ、ああすまん。ちょっと……別のこと考えていた……。でも、そうだな……。それなら、エビの天ぷらでも……

よくないか?」



 少女はこの語り合いの時間もそう長くは続かないと悟った。それでもたわいもない話を続ける。この小さな幸せを

大切に嚙み締めて。



依比奈「エビの天ぷらも悪くはないけど、あれって、海老と衣離れやすいじゃん」


衣月「確かに……。俺も……衣と海老を分解して食べた……記憶あるな」


依比奈「でしょ? その点、エビフライは海老と衣が強く結びついているもん」


衣月「だな……。よし、今度外出許可出たら……エビフライ食べに行くか」


依比奈「先生?」


衣月「どうせ、俺は……休みの日もやること……無いからな……」



 先生の瞳は既に光が失いつつあり、その腕もついには重力に抗えず地に落ちた。



衣月「ああ……、でも……その前にこの間約束していた……ヘアピンをプレゼントしないとなぁ……」


依比奈「イルカのヘアピンね」


衣月「デートしたいって言ってたな……。仕方がないから……俺がデートしてやるよ……」


依比奈「それ、こっちの台詞なんだけど~」


衣月「それにしても……暗いな……。もう夜か……」


依比奈「うん……」


衣月「ちょっと……疲れた……。ひと眠りしてから……また話の続きを……」


依比奈「うん……、うん。先生おやすみなさい」


衣月「ああ。おや……すみ……」


依比奈「いい夢、みてね」


衣月「……」


 遠くで鳴り続けるサイレン、ゴーゴーと勢いよく燃える炎、時々聞こえる爆発音。

先ほどまで気にしなかったものが、会話が途切れると同時に耳を占領する。


 これが今の現実だ。


依比奈「ああ、生まれ変わりがあるのであれば……」




 私はエビフライになりたい




 完


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