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四話 欲望に濡れた声


 クローゼ村で唯一の宿屋である『まどろむ狼亭』は、村の中心にある。古びた二階建ての建物で、オレンジ色の屋根が目印だ。

 一階は食堂で、二階が客室。こんな変哲もない田舎へ旅行に来る人は少ないものの、大きな街と街の中継点になるからか客足はあるらしい。

 両開きの古びた扉を開けて、中へと入る。


「こんにちはー……おじいさん、すみません。今日ここにオルセンさんっていう方が滞在してるって聞いたんですけど」


 受付カウンターの向こうで、うたた寝をしているマイクおじいさんに声をかける。親子二人で経営しており、三年前から息子のジョッシュさんが主人として働いている筈だが。


「んあ? おー、レクスじゃないか。いらっしゃい、ご飯でも食べて行くかい?」

「いや、そうじゃなくて……オルセンさんに書類を渡さないといけないんですけど。ジョッシュさんは留守ですか?」

「今日はね、ビーフシチューを仕込んでいるんだ。レクスは男の子だからな、たくさん食べないと大きくなれないぞ」


 ……困った。おじいさんは数年前から耳が遠くなってしまったのだ。加えて八十を超える年齢のせいか、認知症も進んでいるらしい。

 ジョッシュさんは見当たらない、どうやら留守のようだ。にこにこと笑うおじいさんには悪いが、勝手に上がらせて貰おうか。

 客室は二部屋だけ。どちらかにオルセンさんが居るだろうから、外から呼び掛けて書類を渡してしまえばいいよな。


「あの、おじいさん。オルセンさんという人に届け物があるので、上に行ってもいいですか?」

「遊びに来たのかい? 遠慮しなくていいよ、あとでジョッシュにお茶を淹れるように言っておくからねぇ」


 わかってくれたのか、わかってくれていないのか。判別出来ないまま、俺は二階への階段を上がる。

 問題は二部屋の内、どちらの部屋にオルセンさんが居るのかということだ。そういえば、神父さまにオルセンさんが男性なのか女性なのかすら聞きそびれてしまった。


「仕方ない、とりあえずノックしてみるしか……うん?」


 何やら、声が聞こえる。俺は耳を澄ませて、無意識に足音を忍ばせて客室の様子を伺う。客室は東側と西側があり、声は西側の部屋から聞こえてくるようだ。見ると、ドアが少し開いて中の光が漏れている。

 俺は後悔した。どうして興味を持ってしまったのか。多少でも自分の中に下衆な思いがあったことは認めよう。

 でも、俺は引き返すべきだった。いや、安易に神父様の仕事を手伝おうと考えたことがそもそも間違いだったのかもしれない。

 聞こえてくる声は、男女のもの。男の方は知らないが、女の方は聞き覚えがある。聞き慣れていると言った方がいいか。


 それでも、聞き間違いだと思いたかった。


 勘違いだと、確認したかった。


「んっ、はぁ……ねえ、ヴィクトル。早く……早く、きて、ッあ!」

「何だよライラ、今日は珍しく素直で可愛いじゃねぇか」

「え……ラ、イラ?」


 知りたかった答えは、残酷だった。五年前に比べて見違えるように大人っぽくなっていたが、そこに居るのは間違いなくライラだ。指輪を送って、未来を約束した愛しい女性だ。


「な、なんで」


 無意識に、口を手で覆った。信じられないことに、共に人生を歩もうと約束した婚約者が、ベッドの上で知らない男に身体を激しく揺さぶられている。

 互いの服を乱し、唇を重ね、溺れるように深く熱を交えているのだ。

 それがどういう行為かは知っている。もしも男が暴力を奮って強引に組み敷いているのなら、俺は命懸けでライラを助けただろう。

 でも、違う。

 二人の行為は、そんな浅いものではない。その事実が釘となり、俺の足を床に打ち付けた。


「ひあっ!? あっ、ああ、んぅっ」

「なあライラ、この村ってオマエの故郷なんだろ? ダチとか居ねぇの?」

「どうでも、いい……こんな村、もうアタシには関係ない、あぁっ!」

「はっ、そうかよ。オマエがそう言うなら、別にいいけど」


 自分から足を開いて、誘って、男の欲を受け入れるライラ。大好きな彼女は、俺ではない男の背中に爪を立てて、鮮やかな紅い髪を振り乱しながら快感に喘いでいる。

 俺の知らない、彼女の顔。いつの間にか、目からは涙が溢れて視界が滲んでいた。気持ちが悪い。それなのに、どうして目が離せないのだろう。


 嘘だ。


 嘘だと言ってくれ。


「ああ……どう、して」


 どうして。それは彼女に問い掛けであり、神への詰問であった。神父様は言っていた、熱心な信徒を神は必ず祝福すると。

 そこまで考えて、思わず嘔吐(えず)いた。何て自分勝手な考え方をするのか。教会に通っていたのは勉強のため、祈っていたのは神父様の真似。

 これは俺への罰なのか。神を蔑ろにしていながら、都合が悪くなったらその存在に縋り付く。


 なんて醜悪、なんて罪深い。


 そんな俺への罰は、これで終わりではなかった。 


「――貴様、そこで何をしている!!」

「ッ、ぐあぁ!?」

 

 突然背後から聞こえた男の声に、振り向くことすら出来なくて。どうやら硬い棒のようなもので殴られたらしく、激痛に頭が大きく揺れる。

 立っていられない程の衝撃に、俺はその場に倒れ込んだ。

 

 

 

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