弍 《浮木カナコ》
がきぃんッ!と、刃物がかち合う音。
ある少女が、妖怪と交戦していた。
傷だらけの少女は、既に肩で息をしているのに、周りの仲間達は助けようともせず、弱い妖怪を倒しているだけだ。
「ねぇ、なんで浮木さんだけ強い妖怪と戦わせるの?」
その一人が訝しげにリーダー格の女に問うた。
「なんでって、浮木さん強いから。だってあの《浮木ツクコ》の妹らしいから」
「エッ、そうなの?」
「でも、あの人は“陰”の…」
「カンケーない、さ、帰ろ帰ろ」
適当に言いくるめ、そのグループは帰っていった。
浮木、と呼ばれた少女がそれに気付いたのはそれから数十分後、妖怪を倒し終えたあとの事であった。
「……あんな腰抜け達とは違う、アタシは、もっと強くならなければ…」
ふらふらと、頼りない足取りで歩いていく。
その先にあるものは、闇か、あるいは─────
「やっぱり、見つからないかァ」
とある日の昼下がり、暁は何時ぞやの廃病院に来ていた。
本格的に取り壊しの工事が始まると聞き、学校が休みの今日、ある人を探しにきたのだ。
だが、その人は居なかったらしく、立ち入り禁止のテープを潜りまた他の所へと向かうのであった。
あれから既に数日、暁はすっかり元気になっていた。
というのも、廃病院の後、彼が目を覚ました先は病院だった。
目を覚ました途端に伯母が自分を抱き締めて来た。大袈裟だ、と思ったがどうやら丸一日眠っていたらしい。
その他に廃病院に行ったメンバー達も、遅れて目を覚ました。
彼らの記憶の前後はあやふやで、何か怖いものに会ったことは覚えているが、それがどんな容姿をしていたか、等は覚えていないようだった。
要するに、はっきり覚えてるのは暁だけだ。
(そういえば、あの妖怪は何だったんだろう…?
初めて見た、あんなおぞましい姿のものは。今までも、見た事ない。)
(…でも、何かが中途半端だった。理性が欠けてるなんて……普通の妖怪でも、無差別に人は襲わない)
(まるで、アニメの中の妖怪みたいな───)
そこまで考えて、頭を振った。
きっと見たことが無いだけの妖怪だと、そう思うことにした。
ふと気付くと、暁は見知らぬ場所にいた。
どうやら考え過ぎて郊外の方へ来てしまったらしい、辺りは古びたアパートと空き地で埋められている。
ここいら一帯は街とは違い、まだ田舎の風景が残っていた。
人は少なく、アパートにも空き部屋が目立つが、長閑な暮らしだと聞く。
「やば、こんな所まで来てたんだ…そろそろ帰らないと」
既に日が傾き始めている。
確かここの突き当たりを曲がれば、市街地に出る大通りがあったはず。
そっちの方が家には近い。
そうと決めれば、と足早に道を歩き出す。
「…あれ?何だこれ」
突き当たりの公園の前で、暁の足が止まった。
公園の石タイルの上に、不自然な赤い液体が点々と落ちているのだ。
水に絵の具を混ぜたものでもなさそうで、はてなと思いその液体を目で追う。
その先にあるものに、暁の心は一瞬止まったような気がした。
それは所々で少し大きくなりながら、ベンチに続いていた。
そのベンチの上で、一人の少女が横たわっている。
妙に変わった服を纏っているが、それも赤い液体──基、血で所々赤く汚れている。
普通なら119番に連絡するなどの行動を起こすが、暁の頭が考えるより先に身体は少女に駆け寄っていた。
医療の知識なんてない。あるわけない。が、どうしても放って置けなかった。
少女はどうやら、眠っているだけだったようだ。
小さく寝息を立てていて、それに気付いた暁は胸を撫で下ろした。
「でも、なんでこんな所に…?」
こんな殺風景の公園で、何故傷だらけで眠っているのか。
考えれば考える程分からなくなり、頭を抱える。
一体彼女は何なのか、絶対まともな仕事はしていないだろうということは分かった。
どうするべきか悩んでいた、その時だった。
*
おもむろに、少女の瞼が開いた。
衣擦れの音に反応し、暁が振り向いた。
黒と蜂蜜の視線が交差し、二人の時間が止まったかの様な沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは、少女であった。
「アンタ、誰」
威嚇する様な声色。
「僕は、五城暁。」
なるべくいつも通りに言ったつもりだか、少し緊張が混じったような気がする。
少女は暁を睨めつけ、彼が自身に危害を加える気が無いことを分かると、息を衝いた。
「…アタシは、浮木カナコ。あまり大きな声では言えないけれど…《陰陽師》の一人。」
陰陽師。その言葉を聞いた瞬間、暁の頭にあるある閃きが走った。
自身の命の恩人への、一縷の望みが。
刹那、気狂いな笑い声。
聞くだけで頭が狂いそうな声で、気分を害する声。
この声に暁は聞き覚えがあった。
廃病院の血、肉が潰れる音、そこへ現れた─────異形の、姿。
「ギャハハハハハははハハハハハァァっっ!」
それは、突如現れた。
カナコの瞳が鋭く細められ、袖元から何か札を取り出した。
五芒星が描かれた、人の手程の札。
「悪霊退散、悪霊退散……急急如律令!」
高々と掲げられた札が、聖なる煌めきを宿す。
その間に暁と目配せし、意図を悟った暁がすぐ様その場から離れる。
__それは、数多の星の如く閃光!
光を浴び、大地が揺れ、音が響く。
土煙が起こり、化け物の姿が隠れた。
やったか、とまだ臨戦体制を崩さず札を構えた。
「きゃハッ、ギャハハハハハぁぁっ!」
矢張り倒しきれていなかったらしく、その巨躯が軽々しく跳躍し、食欲を剥き出しにした。
舌が伸び、カナコに巻き付いた。
「ッ、ァ!?」
舌から黄金の電流が流れ出した!
カナコの身体が弓なりに反る。その華奢な身体は震え、痺れで札を持てなくなった。
(こんな、最弱のナリソコナイ相手にさえ──アタシは勝てないっていうの……)
《姉》と違い、《自分》は弱いと。
陰陽師の偉い老人達がそう言っていたと音に聞いた。
自分にそれを気にしない程の清廉さは無く、それを否定しながらもどこかそれを「当たり前」と受けている自分もいた。
(姉さんに、追い付けない。アタシは弱い、アタシは__)
暗い考えが巡る。
その目蓋が落ち掛け、今度こそ完全に終わったと思った、その時だった。
「浮木さんを、離せぇぇッッ!」
ブシャァァッ!、白い粉が飛んできた。
カナコはゆっくりと視線を暁へ向けた。
その中で、消化器を構えた暁が白い粉を思いっっきり、化け物に吹きつけていたのだ。
更に、消化器の粉が切れると、それを追い討ちのように化け物へ投げつけたのだ。
そう、クリーンヒットである。
「ギャッ!?ギャハハハハハ!?」
舌が緩まり、カナコの身体がするりと落ちた。
痺れる身体に鞭を打ち、立ち上がり、よろよろと歩き出した。
「浮木さん、僕の手を取って!」
薄ぼんやりとした視界の中、その手だけが眩く見えた。
精一杯自分の指を、手を、腕を伸ばし、その手を取って、握りしめた。
握り返された手がカナコを引っ張り、走り出した。
温かな、ぬくもり。自分の手を取ってくれた人は、久しぶりだった。
*
「はぁ、はぁ……ここまで来れば、大丈夫かな」
郊外から離れ、市街地の古びた公園でようやく止まった。
周りは既に宵の口で、街灯の明かりが灯っていた。
カナコの手を引いてきた暁の肌には汗が浮かび、黒い髪にも汗の滴が若干滴っている。
途中から意識を取り戻したカナコは大丈夫だ、と言ったが暁はそれを聞き入れず、ここまで走ってきた。
「……大丈夫?アタシはともかく、あんたは普通のヒト。どうして見ず知らずのアタシを助けてくれたの?」
純粋に、疑問に思ってそう問う。
会ったばかりのカナコを助けるなど、正直かなり無意味なことに等しい。
それでも、何故暁は助けてくれたのか。
「そんなの、当たり前だよ」
「僕がお人好しだから、かな」
にへら、と表情筋が崩れた笑み。
そんな暁に思わずカナコは吹き出した。
「あ、自動販売機ある…待ってて、何か買ってくる」
「え」
すぐそばの自動販売機へ駆け、自分の分とカナコの分を買う。
暁が有名メーカーのお茶、カナコがピーチネクター。
「ちょ、ちょっと待って、受け取れないよ」
「え?もしかして、アレルギーでもあった?」
「違う、そうじゃない!」
「…受け取れない、アタシ何もしてないもの。何もしてないのに受け取るなんて、アタシの矜恃に反するから」
自己嫌悪に陥るように、そう言った。
だが、暁はキョトンとしながらこう返してくる。
「でも、僕のこと助けてくれたから。それに対するお礼、って事じゃ駄目かな」
「助けてくれたのはあんたでしょ?むしろアタシがお礼するべき!」
「違う、僕が!」
「アタシが!」
そんな言い合いを繰り返してい数分、カナコは何回かも分からない溜息をつき、暁の手からピーチネクターを受け取った。
その様子を見ながら満足そうに、暁もペットボトルのキャップを開ける。
走り続けて乾いた喉が潤っていく。
一度口を放すと、既に半分まで減っていた。
「…でも、アタシも助けてくれたお礼がしたい。そうしないと矜恃にあわないもん。……そうだ、何か聞きたい事があったら出来る限り答えてあげる。」
何か聞きたがってたぽいし、と付け足して勝気な笑みを浮かべた。
暁はその時ようやく、自分がカナコに聞きたいことを思い出した。
「僕、この間妖怪に襲われたんだけど…その時、ある人が助けてくれたんだ。
黒髪で、少し癖気味な髪で、青い…海みたいな、目をしてたんだ。
多分この人も陰陽師なんだろうけど、浮木さん、知らない?」
カナコは少し考えるような素振りを見せ、暫くすると「あっ!」と短く声を漏らした。
「それ、〈天后〉の静海様じゃ…?」
……To be continued
久しぶりです、蛸ゐです。
今回も久しぶりの投稿です、感覚開きすぎて自分の頭をひたすら殴りました。
実は私戦闘シーン書くの苦手でして…
ならなぜ陰陽師モノ書いたんだって話ですよね、インスピレーションに従いました。要するに思いつきです。
でもできる限り突っ走って行くのでこれからもどうか見てくれると嬉しいなって…()
蛸ゐ