壱 《五城暁》
暁は夢を見た。
白い狐の夢を。自分を喰らわんと牙を剥き出しにする狐の夢を。
訳の分からない恨み言を甲高い声で喚き、自分を通して誰かに叫ぶ夢を。
暁は狐に恐怖と共に既視感を覚えた。
どこかで見た、美しくそれで、醜い姿。
「なぁ、お前は、誰なんだ」
そう問掛けると、狐は何も話さなくなった。
ただ、唸りをあげて暁を見ているだけになってしまった。
――――ピリリ、ピリリ、と無機質なアラームの音。
その音に暁は目を覚ました。
窓の外から雀の鳴く声が聞こえ、近所の人達が話している声もする。
そんな平和な世界の中、暁は先程の夢の光景が頭から離れずに居た。
(――駄目だ、もうあんな夢は忘れろ。僕は普通の男子高校生なんだから)
尚、暁は気付いていないがすぐに家から出ないと学校に間に合わない時間である。
それに気付いた暁が叫び声をあげるまで、あと5秒…。
五城暁、という少年はこのご時世では珍しく"妖怪"を視る力が備わった人間である。
人ならざるモノが視えるという点では他人と異なるが、それ以外は至極普通の人間である。
黒髪黒目、純粋な日本人で、両親は事故で他界したが叔父叔母夫婦の元で"普通"の生活を送っている、思春期の男子。
これはそんな彼の日常を描いた物語。
そしてこれは、彼の運命の物語である。
――――
「あー…間に合った、」
息を切らしながら廊下を歩く。
あの後猛ダッシュで学校まで走ってきたのだ、疲れるのは当然だ。
1-C と書かれたプレートがぶら下がる教室のドアを開けると、いきなり女子達の「嘘〜っ!」という声が暁の耳に入った。
そんな女子達が話している相手は、クラスの中心的人物である瀬尾だ。
暁は関わったことは無いが、誰でもフレンドリーに接する性格だそうだ。
「嘘じゃねえんだって、例の廃病院のウワサ!」
「夜に四ツ林病院に行くと、妖怪が現れるってヤツ、ダチが見たんだよ」
(なんで着いた途端そんな話してるんだ…瀬尾さん普段はそんな話しないのに)
瀬尾の話しているウワサとは、近頃この高校で話題になっている廃病院の妖怪のウワサである。
夜に四ツ林病院という病院の廃墟に行くと、そこに妖怪が現れるというウワサだが、そこに行って真偽を確かめた者はいない__はずだった。
瀬尾の友人がどうやら仲間と共に行ったらしいのだ。
そこで妖怪らしきものに追い掛けられたと。
(廃病院のウワサ…でも、それ以外にもウワサは沢山溢れ返ってる。この学校、そういうオカルト系に興味ある人多いのかな…)
「バッカじゃねーの」
瞬間、教室の空気が一触即発になる。
声を上げたのはまたまたクラスの中心的人物、伊澤だ。
「妖怪なんぞいる訳ねぇだろ。」
呆れも含んだようなその声に、瀬尾もカチンと来たのか椅子から立ち上がる。
「ホントに居るかもしんねぇじゃん」
「そんなの信じるだけ無駄だ、学生は勉強が本分だろ、そんな事噂してる暇があったら勉強しろや」
伊澤のいうことは最もだ。
だが、瀬尾はこういう時…
「そっか、お前怖いんだろ」
煽りをカマしていくタイプである。
「あ?」
「怖いんだろ、妖怪。じゃなきゃそんなに否定しないだろ」
「怖いわけねーだろ、だったらその廃病院に確かめに言ってやろうじゃねぇか」
まんまと瀬尾の口車に乗せられ、伊澤は廃病院に行くと宣言した。
瀬尾はニシシと笑っている。
「来たい奴だけ来れば良い、夜7時に四ツ林病院前に来い」
彼はそう言い残し、自分の席に戻っていく。
クラスはざわついている。あたし行こうかな、という声が聞こえてきた。
暁はため息をついた。こんな事が起こるのはマンガの世界だけでいい、という思いを込めて。
「本当に勘弁してよ…今度こそ妖怪と無縁な生活遅れると思ったのに…!」
屋上で昼ごはんのサンドイッチを頬張りながら暁は今朝の出来事を思い返していた。
瀬尾の口車に乗せられた伊澤の集いに、乗る人は結構居るようだ。
妖怪なんて危険な存在だから、行かない方がいいと言った方がいいのだろうが――。
高校で妖怪が視える事は、隠し通しておきたいのもまた暁の心理。
頭の中で天使と悪魔が騒いでいる。
「…でも、妖怪って普通の人には見えないはずなんだよね…廃病院の妖怪って、なんなんだろう」
空を仰いでも、空から答えが降ってくる訳でもない。
白い雲は悠々と空を泳いでいる。
悩み事もなさそうな雲に暁は本日二度目の大きな溜め息を着く。
(というか、視える僕も同伴の方が皆を危険に晒さないんじゃないか…いや、今まで襲われなかっただけで危険なやつかもしれない…あぁぁ、どうすればいいんだ…!)
――――悩んでる暇があったら、行って止めればイインダヨ
脳内の悪魔あきらがそう囁く。
暁の出した結論は、「行って止める。」ということだ。
お前ホントに危ないぞ。
夜 ―――― 7時
「え、五城クン来るなんて以外!」
「アハハ…というか結構来てるネ…」
女子は先程話を聞いたいた人を中心に5人、男子は伊澤と暁、それに瀬尾で3人。
8人。女子は怖いもの見たさで来てる人が多い。
「あの、仮にも妖怪が出たら危険なんだし、やめといた方がいいんじゃない?」
「その妖怪が居るかを確かめに行くんだろ。それに万が一のことがあった時に塩持ってきたから大丈夫だって」
(多分それ幽霊のお祓い方法ーーッ!)
全員塩で何とかなると思っていたらしい。
中には防犯ブザーを持ってきている女子も居た。
そう、一言だけ、言わせてくれ。
(防御が甘い―――――!)
「何やってんだ、行くぞ五城」
「…ここまで来ちゃったし、腹括りなよ」
「…分かったけど、出来るだけ早く引き上げよう」
怖いし、と付け足すと話しかけてきた女子、七騎みおが呆れたような笑みを浮かべた。
そんな七騎が持ってきた懐中電灯をつけて、いざ廃病院へ足を踏み込む。
苔が至る所に生えていて、蜘蛛の巣が目立つ、というのが印象だろう。
待合室の看板は文字が読めないほど苔におおわれて、ベンチが所々壊れている。
そんな雰囲気に怖がった女子たちは、圧倒的に数が少ない男子の背へ隠れようとする。
「…ちょ、お前ら押すなよっ」
「だって瀬尾の方が図体デカいんだし」
そうだけども、という会話をする瀬尾と女子達のおかげで、空気が軽くなった、気がする。
「…やっぱり、ただの噂なのかな…」
一方、暁は辺りをキョロキョロ見回して居る。
暁の見える範囲では妖怪の姿は無い。だが、明らかにおかしい点があった、
(こういった暗いところには、小さな妖怪とかが住み着いてるはずなんだけど)
暁の経験(視たケース)では、廃墟等には小さな妖怪が住み着いていることが多い。
多いというだけで、全部の廃墟で共通することでは無いのだろうが…この病院は暁がちょいちょい見てきた廃墟の中でも小妖怪が"居ない"。
「(…やっぱり何か危険だ、皆を帰さないと)…ねぇ、みん」
グチャっ
暁の声を遮った生々しい音。
全員に聞こえたらしく、音のした方向を全員が見つめる。
グチャ、グチゃ、ぬチャっ、べチャッ
べちゃッ。
音の方向、階段から現れたのは暁が見たきたどんな妖怪よりもおぞましい姿をしていた。
黒い禍々しい気に覆われ、明らかに異形としか言い様のない姿。
目は一つ。緑色の目は明らかにこちらを捉えている。
空気が張り詰め、心臓の音が聞こえてきそうなくらいの沈黙。
「ニンゲン、クワセロ」
「ッ、みんな、走ってッッ!!!!」
妖怪の言葉と共に、暁が叫んだ。
全員学校出口に向かって走り出す。
妖怪が生々しい音と共に追ってくる。
「クワセロ、ゴハン、ゴハンンンンンンッッッッ!!!」
人を食糧と思い、口から涎を垂らして追いかけてくる妖怪。
ふと、暁の脳内にあることが浮かんだ。
(―――あいつの狙いは、僕なんじゃないか。"常時妖怪が視える"僕を狙っているんじゃないか?)
躍起になった考えだが、一理はある。
出口ぎりぎり、暁は一人立ち止まった。
「五城、何止まってんだ!」
「ごめん、瀬尾さん」
骨は拾わなくていいよ、と行って出口から目を逸らす。
妖怪が明らかに暁の方へ向かってくる。
外から瀬尾達の声がする。五城、五城と暁を呼んでいる。
(…でも、クラスメイトを守って死ぬ、なんていうのも)
悪くないな、と思いながら。
暁は目を伏せた。
ぎゃァァァァァァっ!!!!
いつまで経っても待ち構えた痛みは来ず、おずおずと暁は瞼を開けた。
暁の前に見知らぬ男が立ちはだかっている。
いや、妖怪の前に立ちはだかっているのだろう。
妖怪は呻き、苦しんでいる。
何やら札を貼られていて、そこから出てくる気が妖怪を蝕んでいるのだ。
「困るんだよ、人を襲われると」
男が口を開く。
「俺達の仕事が増えるんだから、さッ!」
最後の語句を強調した男は印に力を込める。
その瞬間妖怪がどこからともなく現れた水の渦によって消えていった…。
「、あの、あなたは」
「知らなくていい。もう会うこともないだろうからな」
男がそう言った瞬間、暁の意識は闇に落ちた。
―――
「たく、あの人も人使いが荒いんだよなぁ」
俺が面倒なの嫌いな癖に、と男がため息を着く。
ビルの屋上から見る夜の街は至って現代的だが、男から見れば違う。
「この街に―――妖怪が集まってるって言うのは、どうやら本当の様だな。
さっきのナリソコナイも、ここら辺で見るのは初めてだ。」
さて、原因を突き止めるか。
男はビルの屋上から姿を消した―――――。
ようやく一話更新できたーーーっっ!!
これからまた暫く更新期間が空くと思いますが、頑張って書きます!!!()
見苦しい文章をここまで見てくれてありがとうございます。
文も上達するように頑張ります…スフフ