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「主人公」ってめんどくさい!  作者: がらぱごす
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II「新天地」-②「現状説明」

 ヴィロージ辺境伯との会合を終えて謁見の間を出る俺の後ろに2人の人物が続く。1人は身なりをきれいに整え知的な雰囲気の出ている中年の男性、ベネロさん。もう1人はくすんだ金髪のはねた寝癖と雑に着た白衣がせっかくの美貌を台無しにしている女性、レギーナさん。


 ベネロさんが案内してくれた会議室に入る。謁見中もずっと外で待機していたフレネットさんは今回も外で待機するそうだ。入室すると部屋の中央に設置されたツヤツヤ輝く木の机に目を引かれる。長辺に5人、短辺に2人座れるだろう。ベネロさんとレギーナさんは一方の長辺の真ん中を開けて端から2番目と4番目に座り、俺はベネロさんに促されてもう一方の長辺の3番目つまり中央に座った。


「伯爵からアスカ様への説明の任を頂戴し恐悦至極にございます。説明をするにあたり、私は文官の身ゆえお恥ずかしながらアスカ様の現状を説明するにはいささか不足する知識がございます。ゆえにまずはこのレギーナに状況説明をしていただこうと思います。」とベネロさんは、同じく説明を任された白衣の学者レギーナ女史に話をふる。


「はじめましてこんにちは。さて挨拶もほどほどにさっさとアスカ様に何が起こったのかを説明しますねぇ。」


 ベネロさんと比べてレギーナさんのざっくばらんな物言いに面食らう。


「申し訳ない、アスカ様。レギーナ女史は研究者としては優秀なのですが……なにぶんそれ以外のことには興味が薄いものでして。見逃していただけますと」


「あ、はい」


 レギーナさんの振る舞いに呆れてベネロさんが謝るが、そんなことどこ吹く風とばかりにレギーナさんは説明を始めた。


「アスカ様は、こことは別の世界からやってこられた『渡り人』なのでございますよ。」


「別の世界……渡り人……」


 あまりの現実味のなさにただ言われた言葉を繰り返すことしかできない。レギーナさんからは俺をからかおうとする雰囲気は微塵も感じられない。


「ええはい。この世界は常に自らエネルギーを生み出しているんです。まるで生き物のように。その力は『地力』や『生命力』など様々な呼び名がありまして、とりわけ渡り人の方々には『魔素』や『魔力』という呼び方が馴染み深いようですが……『魔』というのは印象が悪いそうでして、恐れ多くもこの国では代わりに『聖力』やら『聖素』やらという呼称を採用しているんですよ……話が逸れましたねすみません。」


「いや謝らないでください。説明してくれなければ俺が質問して話を遮ってしまうところだったので……」


「アスカ様は器が大きくて助かります、ねぇ?べネロ様?」


「何か?」


「おお恐い。さて、生み出された聖力は様々な形で消費されるのですが、なにぶん生産量が莫大でして…この世界の生命では使い切ることができずに次第に空間に蓄積されるのです。」


 レギーナさんはポケットをゴソゴソと探り、しぼんだ風船のようなものを取り出した。そして風船でいうところの吹き込み口に指を差し込んでしばらくすると球状に膨らみ始める。


「えっ!?」


 どうやったら息を吹き込まずに風船を膨らませられるんだ!?

 レギーナ女史は風船の吹き込み口をただ指でつまむように持っているだけなのに、風船はどんどん膨らんでいく。


「アハ、アスカ様は良い反応してくれますね。この膜を世界を隔てる壁だと思ってください。」


 レギーナさんはなおも膜を膨らませ続ける。


「この壁の強度に限界があってですねぇ。このように……」


 パァンッ!と大きな音を立てて、風船もどきは爆散した。


「世界に穴が空いてしまうのですよ。」


「……世界滅んでませんか?」


「おっと失礼、たとえが良くなかったですねぇ。以後気をつけましょう。」


 レギーナさんは俺のツッコミを受け流し、説明を続ける。


「もちろん世界に穴が空いて無事なはずもなく、この衝撃の余波は別の世界にも影響を及ぼしまして…」


 今度は二つの風船を取り出し、それらを限界まで膨らませる。そしてそのうち片方だけを更に膨らませ――――パパァァンッッ!

 風船が割れた。しかし二つの風船が両方ともだ。それと同時にヒュンッと俺の左耳のそばを何かが通過する音がした。左耳にひりつく痛みを感じて手を当ててみると少量だが血が付いていた。

 突然の事態に停止した思考が再開する。そろりとレギーナさん伺うとレギーナさんもニヤリと笑みを浮かべて俺を見ていた。ベネロさんは気がついていない。今のはレギーナさんがやったのか?もしそうなら何でそんなことを……


「——とまぁこのように別の世界にまで穴を開けてしまうのですねぇ。そしてこの空いた穴に吸い込まれた人のことをぉ、この国では『渡り人』と呼んでいるんです。」


「僕はあなた方に召喚されたんじゃないんですか?」


 俺の問いかけに、レギーナさんは目を丸くしたあとプッと吹き出した。


「召喚?何を根拠にぃ?アッハッハ——それではまるであなたが選ばれた人間のような言い草ですねぇ、ええ?」


「口を慎め、レギーナ」ベネロさんが低く鋭い声で嗜める。


 張り詰めた空気の居心地の悪さに耐えられず、「僕がこんなこと言っていいのかわかりませんが、許してあげてください。私は全く気にしていませんから…」と言うと、べネロさんは不満げにしつつもレギーナさんを許した。


 雰囲気に刺々しさは残るものの、レギーナさんは状況説明を再開する。


「まあ私は召喚術に関しては専門外なので、事実がどうなのかなんて知りませんし興味もありませんけどねぇ。でも良かったじゃないですか、こうして無事にコッチの世界に来ることができてぇ。」


「我々は総力を上げてアスカ様がこの国に転移するように誘導させていただきました。無人の荒野や海の上などに転移しては一大事ですから…」とベネロさんが付け加える。そう言われて背筋がゾクっとした。

 ここまでの話を整理すると、俺は異世界転移に巻き込まれて、ヴィロージ領が転移先を誘導したから、転移後即死決定なんてことにならず今ここにいられる――ということらしい。

 ベネロさんが言うように、もしも転移先が無人の砂漠とかだったら、まず間違いなく死んでいただろう。


「私から話すことはこんなものですかねぇ。これ以上喋ると研究の予算が削られそうなのでぇ。」


「レギーナさん、質問、よろしいですか?」


「どうぞぉ」


 レギーナさんは自分の仕事は終わったとばかりに興味なさげに応えた。それなら逆に好都合だ。どんな些細なことでも質問してしまえ。


「レギーナさんがさっき破裂させた膜……それは指で摘んでいただけに見えたのですが、どうやって膨らませたんですか?」


 レギーナさんは目を丸くして、それから先程までのものとは異なる笑みを浮かべた。


「ふむ、これまでの話を聞いて着目点はそこですか……フフ、フフフ、アハハハッ!そうですそうです。未知の現象に対する敏感さは未曾有の事態において最も重要なことの一つです!見たことを雰囲気だけでそんなものかと済ませる凡愚のなんと多いことか!」


 熱く速くなる口調。レギーナが白衣の両ポケットに手を突っ込んだまま早歩きで熱く捲し立てながら机の周りを歩きアスカに近づく。


 そのままレギーナはアスカの顔を下から覗き込む。


 妖しさを感じさせる整った顔が真近に迫ってどきりとする。無邪気さと、なぜか獰猛さを感じさせる灰碧色の目は爛々と輝いていた。目の下の濃い隈の不健康さを不気味だと感じた。


「が、疑問を感じたのなら安易に他人に答えを求めず自分で解決すべきです。でないと学者どころか一般人としても半人前です。誰かに聞いた答えが正解とは限りませんしぃ。術士は手の内を自ら晒すなぁんてことはしません。」


 レギーナはくるりと体の向きを変える。


「研究者の卵にヒントを一つ特別に。私とキミが会話できているのはなんでですかねぇ?」


 レギーナさんはそう言い残して席に戻っていった。


 席に戻ったレギーナさんに、べネロさんは険しい顔を向けている。なんとなくクラスの問題児と真面目な委員長って感じがした。


「さて、話を戻しましょうか。アスカ様の今後についてです。」


「はいッ」


「あぁ、そう身構えないでください。ぞんざいに扱うような真似は誓っていたしませんので」


 べネロさんは穏やかな表情に、緊張がほぐれる。


「こちらからいくつか道を提示しますので、その中からアスカ様がお好きなものを選んでいただければ。我々は全面的に協力させていただきます。」


 それはとてもありがたい申し出だった。


「ありがとうございます。でも、もともと学生……すでに確立された学問をなぞるようなことしかしてきてないんですけど、俺が力になれることが果たしてあるんでしょうか……」


「ほう。謙遜している、というわけではなく本心から不安に感じていらっしゃるのですね。なんと謙虚で誠実なお方なのでしょうか。」


「そ、それほどでも……」


「ご安心ください。人には個性がありますからきっと強みを発揮していただける分野があるでしょう。それにアスカ様はまだお若く、しかも渡り人であられる。渡り人は記録でも伝聞でも常人には真似できない強みがあるようですし、可能性の塊です。万が一にも不安を感じる必要はございませんよ。」


 その万が一に俺が該当しないか不安だ。明確に筋骨隆々になったとか力がみなぎってくるとか感じないし、レギーナさんがさっきやったみたいに指先で風船を膨らませることもできる気がしない。


「1つ目は、城内で使用人として働きながら、今後のこの世界での生き方を模索する道。もちろん、気に入っていただけたなら城内の使用人としての業務を勤続していただいて構いません。衣食住はもちろん、満足いただける待遇を保証いたしましょう。」


 だからこそ使用人という、命の危険なく生活の保障と身分の保証をしてもらえる仕事の提案はとてもありがたかった。まあ、勝手に召喚しておいて働かせるのかよってツッコミたくなったけど——いや、俺を勝手に召喚したんじゃなくて、俺が勝手に迷い込んだんだった。


「2つ目は……はぁ。このレギーナの研究に協力してもらいながら研究者を目指す道。もしよろしければアスカ様のもといた世界で身につけた知識や技術などをご教授いただけると良いですね。こちらは1つ目の待遇に更に成果報酬を上乗せいたします。すぐに思いつくところでは……例えばアスカ様が我々に提供する知識や技術、そしてアスカ様自身の研究成果などに対しての報酬、でしょうかね」


「上乗せですか……ちなみにいくらくらいか目安で教えてもらっても良いですか?」


 ベネロさんがニヤリとした。


「そうですね……例えばその衣服。賃貸なら1日につき20リム、買取なら7,000リムくらいをご提案いたします。」


「リムっていうのは……」


「ああ、失礼いたしました。この国で使われている貨幣の単位です。この領内なら、1日に60リムもあれば不自由なく暮らせるでしょう。考えてお金を使えば50リムでも可能ですね。」


 つまりこの服を貸してるだけで毎日働く時間が半分でよくなるし、売ってしまえば140日働かずに生きていけるということか?


「お気づきでしょうが、城外でなら服を貸していただくだけでも生きていけるので、上の提案はあまり意味はないかもしれません……予測不能な事態を考慮しなければ、ですが」


「え?」


「最後に3つ目、開拓者の道です。正直に申し上げますと、3つの選択肢の中で唯一ケガをするおそれがあります。その分成果報酬も弾みますがね。そして一番不安定であり、またある意味では一番安定しているかもしれない職業です。」


 開拓者っていうのはゲームや小説に出てくる冒険者みたいなものだろうか?

 べネロさんに視線で続きを促す。


「実はヴィロージ伯爵領は手つかずの自然がほとんどでして。領民が住まう居住区は領地のごく一部だけなのです。領地をもっと栄えさせるには、領民の増加が必要です。増加した領民の生活を支えるために、農地も住居ももっと必要になる。というわけで、領地の自然を開墾していきたいのです。」


 それが開拓者の仕事で存在意義なのか?


「それだと時々紛れ込む渡り人が一人増えても作業の進捗にあまり影響しなさそうですが……」


 それにケガもしないはずだ。


「いい質問です。確かに、開墾作業は人を選びません。ですが開拓というのは木を伐採したり農地を耕したりすることだけではないのです。」


 ベネロさんはカップに口をつけた。


「魔素の存在を先程レギーナが話しましたよね。実は領民の居住区画は、魔素の湧き出る場所を避けているのです。なぜなら魔素の濃度が高いと、魔素の許容量が小さい一般人であれば体調不良になったり、動植物が凶悪化したりするからです。」


「魔素って危険なものだったんですね……」


 ——あれ、さっきは聖素って言ってたような?


「それが難しいところでして……先ほど動植物が凶悪化すると言いましたが、実のところ強力化、あるいは突然変異という方が正しく、結果として貴重な物資が手に入ることあるのです。できることならば有効利用したい、だからイレギュラーに対応できる腕の立つ探索者を必要としています。」


「ちなみに魔素の濃度がさらに高まると稀にダンジョンと呼ばれる異空間につながる入り口ができますぅ。ダンジョンでは今まで見つかったことのない物品が手に入るような世紀の大発見がありうるのですよぉ。それこそ三世代が遊んで暮らしても使い尽くせぬほどの大金が手に入るほどの。もちろん、危険度も跳ね上がりますがねぇ。」


「レギーナ!アスカ様に命を賭けさせると誤解を与えるようなことを言うな!」


 ごくりと喉が鳴る。

 文字通りのハイリスク・ハイリターン。ダンジョンと呼ばれる場所を探索するのなら、冗談でなく死の危険があるようだ。死地に赴くことになるかもしれない探索者になる?流石にありえないだろう。


 ——でも、もしも、たった一回でも、ダンジョンでの探索に成功して世紀の大発見とやらをできたなら……


 ふかふかのソファに深々と腰をかけ、足を組み、シャンパンの注がれたグラスを片手で揺らす俺の姿が思い浮かんだ。もう片方の腕では隣に座る絶世の美女の肩に回している。

 あるいは新たに開拓した土地を領地としてもらうのもいいかもしれない。良政を敷き領民全員から慕われる明主。

 もしくは世界を股に掛ける大商人になるのはどうか。開拓者として成功できるほどの武力があれば多少の危険は実力行使で突破できるし、きっと楽しいはずだ。


「ご安心ください、アスカ様。我々はアスカ様の意志を尊重し必要なら援助をするのみ。アスカ様の命に危険が迫るような事態は望んでおりません。開拓者を希望された場合はいきなり放り出すわけではなく、訓練メニューを用意しております。戦い方を教える人も用意いたします。」


 妄想をふくらませていると、気になることが聞こえた。


「戦い方を教える人?」


「ええ。実は当領にもう一人、アスカ様と同じ境遇の方がいるのです。」


「えっ、渡り人ってことですか!?」


「残念ながら渡り人ではありませんが、国外出身者で開拓者として活躍しているものです。もしアスカ様が開拓者を希望された場合ですが、彼女を武術や聖術、開拓者に必要な知識や技術の指導者としてつける予定です。そういえば今日ちょうど魔獣討伐に出向いていましたね。」


 彼女。つまり女の子。ガタイのいい筋肉マッチョアスリートが思い浮かんだ。


「ちなみに彼女の一日の稼ぎはおよそ2,100リムです。いきなり同じくらい稼ぐのは難しいでしょうが、おそらくアスカ様も慣れたら300リムは堅いと思いますよ。誠に勝手ながら、アスカ様はゆくゆくは彼女以上に稼ぐ逸材だと思えてなりません。


「は、はは、がんば……ありがとうございます。」


 ——あぶな!つい流れでがんばりますって言うところだった!


 でも300リムか……それも未経験で程々にやったとして、だ。もし本当に特別な力があるなら、少しケガする危険があっても開拓者をやったほうがいいのではないか。それに現に同じ境遇の渡り人の女性が今やっているんだ、だったら俺にだってできるはずだ。

 体が熱い。憧れた主人公への切符が、今手の中にあるという事実に興奮したからか。


 ——もしも俺に力があるなら、使わないほうがこの世界にとっての損失だ。つまり、選ぶは開拓者一択。


「ウッ……」


 ふと目眩がして、右手で顔を覆うように支える。

 幸いなことに目眩は一瞬だけですぐに治った。でも頭がじんわり重くなんだか体がだるい。


「さてと、大まかな説明は以上です……アスカ様、いかがいたしましたか?」


「ちょっと身体がだるくて。でも大丈夫ですから、話を続けてください。」


 額に手を当てたまま言うと、べネロさんはレギーナさんを見る。レギーナさんは左右に首を振る。


「いきなりいろんな話を詰め込まれて疲れたでしょう。今日はここまでにしましょうか。」


 べネロさんに肩を貸してもらって会議室を出ると、会議室入口脇で待機していたフレネットさんが慌てた様子でべネロさんから俺を引き継いだ。べネロさんは「頼んだよ」とフレネットさんに言って、レギーナさんとどこかへ行ってしまった。


「お疲れさまでし……アスカ様、いかがいたしましたか!?」


 フレネットさんが駆け寄ってくる。


「どうも体調が優れないご様子だ。部屋に連れて行って差し上げなさい。」


 べネロさんの言葉を受け、フレネットさんは「失礼します」と言って俺の左手首を掴み、左脇に頭を潜り込ませた。


「アスカ様。思い切り体重をかけていただいて構いません。楽にしてください。」


 俺はかなり疲弊していたので言葉に甘えてフレネットさんにもたれかかるようにした。女性の中では高身長とはいえ自分より大柄で重いにもかかわらず、フレネットはゆっくりだが危なげない足取りで元いた部屋に連れて行ってくれた。



 数時間ぶりに与えられた部屋に戻って来てすぐ、俺はベッドにぐったりと横たわる。身体は鉛のように重く、ベッドに埋まってしまうと錯覚した。


「すみませんでした、肩を貸してもらって……」


「とんでもありません。アスカ様にお仕えすることが私の仕事ですから当然です。」


 仕事と言われて、少し寂しい。


「……それでも、ありがとうございます」


「ふふ。どういたしまして。アスカ様、お食事をお召し上がりになりますか?」


「うーん……むりかも、です」


 フレネットさんは「ふむ」と息を吐く。


「それでは一応作り置きするように伝えておきます。お腹が空きましたら私をお呼びください。隣の部屋にいますので。」


「ありがとうございます」


 フレネットさんは丁寧にお辞儀をして出ていった。


 玉座の間でヴィロージ伯に謁見していた僅かの間にシーツなどベッドメイキングし直されていて、改めて待遇の良さを実感した。だからこそ不安にも感じる。もし、ベネロさんやヴィロージ伯の期待する成果を出せなかったとしたらどのような道を辿ることになるのか。


 体のだるさに逆らえない。せっかく主人公になるチャンスが眼の前にあるのに、自らの貧弱さが原因で足止めを食らうとは……


 モゾモゾ寝返りを打って左半身が下になると、ふと左ポケットに違和感を感じ、中に手を突っ込む。


「えっ……」


 恐る恐る取り出したのは、馴染み深いスマートフォン。

 期待を抑えきれずに胸に電源ボタンを長押しする——しかし起動しない。


 落胆して脇に放り投げようとしたが、ピクッと途中で動作を止める。学生服ですら日本の水準と比べると圧倒的な高値で買い取ると言われたのだ。最新技術の粋を集めたスマートフォンとなるとどんな反応が待っているか全く読めない。


 とは言え、現状ただの物言わぬ小板だ。額に当てるとヒンヤリして気持ちいい。

 スマートフォンをポケットに戻して目をギュッと閉じてダルさをやり過ごす。忍び寄ってくる睡魔に身を委ねた。


 ***


 光量を絞っ暖色の光が書斎を柔らかに照らす。入り口から最も遠い場所に置かれた茶褐色の執務机の端が飴色に照らされていた。

 書斎の主たるヴィロージ=ベルサスは、参謀のべネロ=マルケンに問いかける。


「それで、渡り人の様子はどうだ。」


「手配した侍女によると高熱と怠さを訴えたそうです。回復したらいつでも食べられるように食事を用意させていますが、現在は就寝中。明日以降の回復を待っています。」


「そうか。お主は彼を見てどう感じた?」


「素直で協力的でしたし、良好な関係を築けるのではないでしょうか。分別を弁えて行動し、自らの置かれた現状を把握しようと努める慎重な人物という印象を受けました。」


「それは良いことを聞いた。」


「全くです。それと夕刻、ラズが城に戻ってきました。いつものクレアニビウムに加えて新種の鉱石や薬草など収穫があったようです。」


「それは誠か!よくやった。実に喜ばしい。」


「全くです。効果があると、言うことはないのですが。」


いくばくかの黙考ののち、ヴィロージは弱々しい声で言った。


「仕方あるまいて……気長に待つとしよう。ぬか喜びしては気持ちが持たん。ラズにも悪い。」


「失礼いたしました。」


「気にするな。それで、今後の流れは?」


「アスカ様の体調が回復しましたら、ラズと合わせます。」


「そうか、報告ご苦労、引き続き任せる。」


「仰せのままに。」


 ***


 目が覚めた。スッキリとした目覚めではない。インフルエンザで寝込んだとき、一時的に頭痛がおさまり熱に浮かされたようなダルさが残っていたことを思い出した。


「夢から覚めたら元の世界にぃ……」


 眠る前に見たままの、馴染みの薄い部屋だった。


「戻ってなぁい」


違う点があるとすれば部屋が暗いこと。この世界にも夜はあるのかとアスカは驚く。


「変な時間に起きた……トイレ」


 アスカは部屋を出た。

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