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「主人公」ってめんどくさい!  作者: がらぱごす
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I「日常」-①「臆病を隠す鎧」

 異世界に行きたい。主人公したい。


 秋が深まる11月上旬、月曜日の朝。休日明けの電車の中の空気は鬱屈(うっくつ)としている。

 次々と電車に乗り込むビジネスマンに追いやられ、ドアと他人の背中で体がサンドされた。

 車内にこもる湿った熱気、そしてドアのガラス越しに臨むビルと曇った空。全てが退屈で平凡で適度に不愉快。

 

 ああ、異世界に行きたい。主人公したい。


 花の高校生にもなって、俺の趣味は読書と妄想だ。


 読書が趣味だ、というと立派に聞こえるけれど、好きなのはライトノベル、ジャンルは異世界ハーレム。とてもじゃないが今の友達と語り合える趣味じゃない。

 勉強と部活と格闘技の訓練と友達との時間を合わせても、高校1年生。時間は余っている。暇さえあれば、異世界に飛ばされる妄想を繰り返している。妄想なら一人でもできる。それに道具いらずだ。お手軽に楽しめる。

 現実は退屈だ。道端に踏み潰されたビールの空き缶が転がっているが、ポーションはない。道路工事の目印がチョークで引かれているが魔法陣はない。妄想に逃げたくもなる。


 高校生になると妄想ばかりしている訳にもいかない。どれだけ本気で異世界に行きたいと願っても、現状方法が全くわからないのだ。


 主人公になること。それは俺の人生において絶対のゴール。

 現状異世界に行けない以上、妥協案として現実世界での武力、学力、財力、権力など、全部欲しいがどれかでは抜きん出る必要がある。主人公になるために、どれか一つ選ぶなら権力だ。それは妥協した主人公像だけれど。

 

 武力はそれなりに鍛えた。

 しかし海賊が跋扈する世界ならいざしらず、現代において武力の社会的価値は低い。どんなに頑張っても、権力者の掌の上でファイトマネーをもらうのが限界。

 

ならば次は学力だ。高校生にとって一番身近で、かつ、権力へのとっかかりになる。小中高と違って、大学受験には浪人が存在する。「何度でも挑めるよ!合格するとは限らないけどね」という悪習だ。しかしそんな停滞、主人公に許されない。勿論現役合格一択だ。飛び級できないので仕方ない。


 ……と、だいたいここらへんまで考えて、いつも萎える。

 大学受験のその先で、できる主人公ムーブは資本主義の頂点を極めることだろうか。企業に就職しようと、起業しようと、研究者になろうと、医者になろうと、どれも結局金を稼ぐためだ。どうも俺が目指す主人公ムーブと、どうしようもなくズレている。どこまでも日常的で、どこまでも常識的で、どこまでも形式的な、そんな人生。


 異世界は空想の産物、本当はどこにもありはしない。妄想なんて幼稚なことはやめていいかげん大人になれ。そんなことはわかっている。

 しかし、妄想を諦めたからって大人になれるのだろうか。

 電車で退屈そうにスマートフォンを扱っていた学生や会社員も、実は同じように非日常的な何かを求めているから画面を見つめているのではないか。

 例えばイケてるSNSやオシャレなSNS。どうして他人の充実した日常を覗くのか。俺もひとの投稿を見て、たのしそうだなーと思い、それに比べて自分の休日は…って感じにブルーな気持ちになることだってある。それでもついつい見てしまうのは、他人の幸せオーラを浴びせられても、その輝きに満ちた非日常的な写真に、何か活力をもらっているからではないか。停滞とか退屈とは、たぶん真逆の活力を。


 人は誰しも妄想を抱いている。

 プロ野球選手になれなかった社会人も、アンチコメントが怖くて配信者になることを諦めた大学生も、大好きなあの子に告白できない男の子も、みんな反実仮想をしてしまう。そうやって埋められない妄想と現実のギャップに苦しむ自分を、慰めている。


 いつの間にか学校に着いていた。無個性な学生服の群れに紛れて校門をくぐり、教室に向かった。


 ***


「あーすか!」


 教室に着いて勉強していると女の子に名前を呼ばれた。常盤(ときわ)春香(はるか)。同じ陸上部に所属している。


「おはよ。どうかした?」

「えっとぉー……お願い!数Ⅱの宿題を見せてもらえませんかっ!」

「またかぁ〜?はいどーぞ。」


 いつものように彼女に数学のノートを差し出した。やれやれ感プラスしょうがない感。主人公っぽい。


「ありがと!ふぅ、助かったー。」

「そろそろ自分でやれな?テストやばいぞ?」

「それはそのとき…頼りにしてるぞ!」

「俺頼みかよ!?ったく、しょうがねーなぁ。」


「それじゃね!ありがと!」とハルカは自分の机に戻って行く。「数学の授業までに返せよー」と一応声をかけると振り返らずに手だけひらひらと振って一心不乱に勉強し始めた。

 椅子に座りなおしてから目線は参考書にむけつつ、耳は彼女の方に。


「トッキーて桐生と仲良いよね。」

「えーそうかな。まあ同じ部活だしね!」


 彼女は明るい。だから部活でもクラスでも輪の中心にいることが多い。いいぞもっとはやしたてろ、とハルカをからかう女子にエールを送る。偶然部活が一緒だったのは幸運だった。男子にも物怖じしないので話しかけやすかったし、彼女を中心として交友関係を広げやすい。そしてかわいい。

 ハルカは自分で、トッキーと呼んでほしいと公言している。確かに「ときわさん」と「トッキー」を比べると、会って間もない頃は「トッキー」の方が親密になりやすいだろう。しかし俺は誘惑に屈しなかった。あだ名は仲を深めやすいが、さらに仲を深めたくなった時に下の名前で呼びづらくなるのだ。中学生の時に「え、なんで急に下の名前?」と言われた時の衝撃を、俺は忘れない。

 同じ部活、一二年続けて同じクラス、宿題を見せる、そんなこんなで俺は名前呼びを実現した。全ては高校生活という日常系の主人公になるために。そして中学とは違って楽しいものにするために。


 ***


 昼休みに購買で昼食を買って教室に戻ると、弁当を食べていたハルカが俺に気づいて手を振ってくる。かわいい。嬉しくなって話しかけようとしたが、それは叶わなかった。


「よっ、はるか…」

「おまえ、なに気安くはるかに話しかけてんの?」


 俺はこいつ以上に刺々しい女子を知らない。彼女は安田(やすだ)由衣(ゆい)、実は中学からの同期である。どうも彼女とハルカは中学からの付き合いらしい。違う学校ながら、同じ陸上部だから、大会で知り合って意気投合したんだとか。


「ちょっとユイやめなよー、なんでアスカに厳しいの?」


 俺もわからない。安田は俺のことを毛嫌いしている。しかし俺は誓って彼女に何も危害は加えていない。

 安田はハルカの静止を無視する。


「つうか、アンタなんではるかのこと下の名前で呼ぶの?キモいからやめてくんない?」

「言い過ぎだってば!」


 キモいと言われるのは結構堪える。冷静になれ。これくらい慣れっこだ。一撃でカッと顔が熱くなって泣いていた頃から、俺は成長したのだ。

 ちなみに安田も陸上部だ。クラスも部活も同じだから頻繁に理不尽な人格攻撃を受けて、精神が休まらない。

 このままだと俺の日常系主人公ムーブが台無しにされてしまう。優等生キャラという方向性は難しいもので、周りから舐められてはイメージを持たれたらガリ勉キャラやいいこぶりっこキャラに堕してしまう。

 心配事や問題は早め早めに潰しておくべきだ。この機会を利用して、ヤスダが俺を嫌う理由を聞き出そう。


「まあまあ落ち着けって。なんでそんなに俺のことを嫌うんだよ?」

「そ、そうだよユイ!」


 ハルカの援護射撃に気を良くした俺だったが、少なくともハルカの前で聞くべきではなかったと、すぐに後悔することになる。安田は自分が気に入らない奴であれば『大勢の前で他人の悪口を言う』という常人にはやりづらいはずのことをできてしまう、ある意味強い女の子だった。


「はっ!?言っていいの?じゃあまずアンタ中学の時は『ぼく』って言ってたじゃん?それになんなの、その馴れ馴れしい言葉遣い。マジ無理なんだけど。キャラ変わってない?性格ゆがんでない?多重人格なの?サイコパスかよ。それにアンタ野球部でさ…」


「おい」


 気づいたらと声が出ていた。自分でも驚くほどの反応速度で、底冷えした硬質な声だった。

 油断した。まさか中学の時の、それも野球部の話を持ち出しされると思っていなかった。それは俺にとっての黒歴史で、高校で主人公ムーブをする上で誰にも知られたくない、紛れもない弱点だった。


「な、なによ…。」


 安田は少しうろたえたが、なおも刺々しい目つきで俺を睨む。ハルカはオロオロしている。

 教室が静かになっていた。成り行きをクラス中が見守っている。


 俺がとれる選択肢は2つ。 主人公の仮面を捨てて、激情に任せて自分の主張を安田にぶつけるか。それとも、主人公の仮面を守るために、激情を抑えて、何も言わず尻尾を巻いて逃げるか。

 どちらが正解だったのだろう。

 ただ、中学生までの弱い自分を鎧って隠すために、優等生のメッキをした高校生の俺には、自分の本性をさらけ出すことを恐怖した。 はじめから選択肢はなかったのだ。


 俺は冷静なフリだけして教室を出た。

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