第四話 逃げ足と天秤の使者
異世界転生に勢力争いの要素を加えた作品の第四話です。
いよいよ、主人公と新キャラと遭遇します。
初めまして方はどうぞ第一話から読んで下さい。お願いします!
読んでくれたら、わりとなんでもするかもしれません!
「くそ!!」
俺は悪態を吐きながら森の中をひたすら走る。何故なら、後ろから醜い顔をした緑色の小人達に追われているからだ。おそらくこいつらがゴブリンだろう。会話等のやり取りはしていないが、その醜悪で物騒な外見から俺は一目で話し合いは無理だと諦めた。
ゴブリンの背丈は俺の胸くらいしかなく身体つきも細くて貧弱だが、手には鉤爪を生やしており、粗末ながらもナイフやヤリ等の武器を持っている者もいた。
何より恐ろしいのはその数だ、後ろから近付いてきた段階で逃げ出しているので正確な数は不明だったが、さっき一瞬だけ振り返った時には5人、いや5匹は確実にいた。
一対一のタイマンならともかく、この数の差では戦いを挑むのは無謀だろう。体格に勝るとは言え、俺が日本で戦いらしことをしたのは中学生の頃に同級生とした喧嘩くらいだ。それもちょっと小突き合った程度である。参考にするのもおこがましい。逃げる以外の選択はなかった。
もっとも、一度逃げると判断してからの俺はなかなか素早かった。草が生え、木の根が所々にうねる森の中をかなりの速度で走り抜けて行く。持久走が得意とは言えない俺だが、いつもより身体が軽く感じるほどだ。
しばらくして、ゴブリンの気配が消えた後も俺は距離を稼ぐために脚を動かし続けるが、突然身体が重くなったような倦怠感を覚える。
そのため歩きに切り替えるが、俺はこれまでの速度が初期スキルとして獲得していた逃げ足10レベルの効果だったことを思い知る。どうやらその名のとおり、何者から逃走する場合だけ走る能力が向上するスキルのようだ。ないよりはまし程度に思っていたが、いきなり役にたったわけだ。
先程は怒りに任せて天秤の女神に向ってクレームを言ったが、逃げ足はそれなりに当たりスキルだったのかもしれない。
そして、一人前とされる20レベルの半分の10レベルでさえ、はっきりと分かるほどの効果を発揮するわけである。これが戦闘系のスキルにも当てはまると思うと、俺の背筋に冷や汗が滲み出る。しばらくは何があっても逃げに徹するべきだろう。
一時はゴブリンに追われる危ない状況もあったが、逃げ足の効果でそれなりに距離を稼げたのか、やがて俺は森を抜けて街道へと辿り着く。
この頃には陽が沈み始めていたが、後はこの南北に延びる街道を南に向って進めば中立に属する味方に出会えるはずだ。
街道には馬車か荷車と思われる轍と馬の足跡が複数残されている。ゴブリンがこのような馬車を使うとは思えないから、天秤の女神が寄越してくれている味方以外にもこの街道を使っている人間が多数いるのは間違いない。
彼らが友好的とは限らないがゴブリンよりかはましだろう。やはり、街道を使って南を目指すのが正解と思われた。
俺は街道をひたすら歩き続ける。先程の森の中と違い地面が踏み固められているので格段に歩きやすいが、期待に反して人間と出合うことはなかった。
周囲が暗くなりにつれ俺の焦りは募るばかりだ。それに合わせるように疲労感を覚え始め、喉の渇きと空腹も徐々に顕著になり始めている。
このままだとエレンディアの最初の夜は野宿で過ごすことになりそうだ。俺も日本でキャンプくらいはしたことがある。だが、それは充分な道具と装備、更には親という保護者がいたから安全に出来たことだ。
狼や熊だけでなくゴブリンのような敵対的な怪物がどこかに潜んでいる見知らぬ土地で、道具もない俺が無事に朝を迎えられるとは思えなかった。
「そう言えば、家族は・・・」
絶望的な不安の中、俺は小学生の頃に体験したキャンプの思い出とともに家族のことを連想する。本来なら真っ先に彼らのことを思い浮かべるべきなのだろうが、何せ俺が意識を取り戻したのは、あの個性的な三柱の女神に取り囲まれた状況だったのだ。
更には転生への条件を選択した後には、いきなり森へ放り出され、ゴブリンに追われるという有様である。俺は家族を想う余裕がなかったと自分に対して言い訳をする。
特に仲の良い家族ではなかったと思うが、親父と母さん、そして妹が俺の死をどう受け止めるのかと疑問が過る。おそらくは泣いてくれるだろう。その光景を想像すると俺の目にも熱い涙が沸いて来る。
意識があるので自覚していなかったが、俺は一度死んで別の世界に転生したのである。もうあの三人と顔を会わすことはないのだ。
「・・・まあ、仕方ない。今は南に向うしかない!」
ひとしきり泣いた後、俺は自分自身に告げるように呟くと、改めて周囲を警戒しながらも南を目指す。おそらく、こうした気持ちの切り替えを出来るのが俺の強さなのだろう。
今は悩んでいても仕方がない、あの三女神達も俺は勇気の持ち主だと言っていた。俺はやれば出来る男なのだ。・・・とりあえず今は、そう信じよう。
それを見つけた時、俺はゴブリンに待ち伏せされたのではないかと誤解した。何しろ黄昏時の薄暗い中、前方の街道に小柄な人影が浮かび上がっていたからだ。
逃げる準備をしながら目を凝らすと、そのシルエットがマントかコートを羽織った人型であることに気付く。先程の遭遇でゴブリンがそのような上等な衣服を着る習慣がないことは知っていたので、俺は少しだけ警戒心を解く。相手が人間なら交渉の余地があるからだ。
「おーい! 前の人! あんたが天秤の女神が言っていた新入りかな?!」
「・・・あ、そうです。天秤に所属した新人です!」
どう接触するべきかと悩んでいると、先方から少女のような透きとおった可愛らしい声が掛けられる。ずいぶんと幼い声だと思いながらも俺は急いで返答する。なにせようやく味方と合流出来たのだ。
「助かりましたよ・・・」
駆け寄った俺は途中で声を萎ませた。小柄だとは思っていたが、俺の前に姿を現したのは本当に少女だったからだ。年の頃は俺と同じか、僅かに下の十四から十六歳くらいだろうか。右手に黒く長い棒、あるいは杖を持っていて俺を正面から見据えている。
身長は俺の肩くらいで、薄暗いのではっきりとは判断出来ないが、薄い金髪か銀髪と思われる長い髪を後ろに流して小さな顔を羽織ったマントから覗かせている。
その顔付きは整っており、あの三女神を見た後でも見劣りはしない。むしろ、好奇心と思われる表情を浮かべるその活き活きとした顔付きは魅力的だ
もっとも、いくら美少女とはいえ、頼りにしていた味方が自分と同世代の少女であったことは意外であり、期待外れではあった。彼女はどうみても俺よりも弱そうなのだ。
「ちょっとあんた。今、私を見て弱そうだって思ったでしょ?」
「いや、そんなことは・・・いや、正直言うと思った」
まるで俺の心を見透かしたように、と言うか本当に見透かしている可能性もあるため俺は正直に告げる。この場合は下手に誤魔化すと悪意が目立ってしまうからだ。
「・・・おっと、案外と正直だね。下手な言い訳をしたら、置いて行こうかと思っていたけど、素直だから許して上げる。どこの世界から来たかは知らないけど、エレンディアには肉体的な力以外にも魔法という力がある。それは見た目じゃわからない。身体が小さいからって油断しちゃ駄目。さもないと簡単に死ぬからね!」
「わ、わかった」
柳の葉のような眉を逆立て主張する少女の剣幕に押された俺はとりあえず頷く。
「うむ、それでよろしい。では、とりあえず自己紹介を、私はアリサ・ロンフィール。精霊魔法を得意とする天秤の使者で、たまたま他の仕事でリーアンの森の近くにいたところを、天秤の神に頼まれてあんたを迎えに来たってわけね」
「俺の名前は竜ヶ崎・・・いや、こっちではマサキ・リュウガサキと言うべきか。俺はマサキ・リュウガサキ。日本で死んで先程こっちにやって来たらしい」
「なるほど、やっぱり転生者でいいのね。ではマサキ、私に聞きたいことが沢山あるだろうけど、とりあえず移動をしよう。ここはまだリーアンの森に近い、もう少し歩けばそれなりの集落があるから着いて来て。質問は歩きながら受けるよ」
自己紹介を終えるとアリサは有無を言わさない態度で身を翻し、街道を南へと歩き出す。もちろん俺は文句を言わずにその後を追う。
彼女の考えには賛成であったし、外見はともかく頼れる人物であることを理解したからだ。もっとも、美少女に着いて来いと誘われて断る男がいるであろうか? そう、いるわけがない!
ご愛読ありがとうございました。一日一回、三千字程を目標に更新しますのでこれからもよろしくお願いします。
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