第三話 転生そして外れ
異世界転生に勢力争いの要素を加えた作品の第三話です。
いよいよマサキエレンディアに降り立ちました。
始めましての方はどうぞ第一話から読んで下さい。お願いします!
読んでくれたら、もしかしたらなんでもするかもしれません!
気付いた時には、木漏れ日を浴びながら俺は一人で森の中に立っていた。灰色のフードを被った女性、天秤の女神の姿はどこにもない。反射的に周囲を探すが、見えるのは木と草だけだ。
植物に詳しいわけではないので、俺に周囲に生える木々の特定は出来ないが、一般的な広葉樹と思われた。顔に当たる空気の温度はやや冷たいが、乾燥しており新鮮に感じられる。地面に生える草は少なく、ピクニックで訪れたのなら最適の場所だろう。
「あ、あの、ここは?!」
もっとも、当然ながら俺にそんな余裕はない。咄嗟に出来たのは姿を消した天秤の女神に情けない声で問い掛けるだけだ。彼女の抱擁を受けた時は、ひょっとしたら、これで現世にどこかの病院のベッドの上で目覚めるのではないか、という淡い期待も抱いていただけに俺の心は不安で一杯だった。
『そこはリーアンの森の外れです。その場所から三日ほど南に歩むと天秤に属する者達が作り上げたトレムの街があります。まずは、そこに向かうと良いでしょう』
いっそのこと泣いてしまおうかと思っていた俺に天秤の女神の声が届く。その声はまるで直接頭の中で囁かれているようだ。孤独から解放されたことで一旦は安堵するが、言葉の意味を知ると再び不安が蘇る
「・・・三日! いや、最初からそのト・・・なんとかって街に連れていってくれませんかね」
『申し訳ありませんが、それは叶いません。天秤を選んだ他世界からの転生者はエレンディアに降り立つ場所は無作為と因果で定められているのです』
無駄だろうと思いつつ俺は女神の姿を探しながら訴えるが、その姿を見ることも、要求も敵わなかった。
「そ、そんな!!」
『ですが、安心して下さい。近くに天秤に属する者にヒロキ殿の保護を求めています。そのまま南に向えば半日ほどで合流出来るはずです』
「それなら・・・いや、それでも半日か・・・それまで秩序と混沌に所属する人間には会いたくないな」
まるで詐欺のような言い訳に憤る俺だが、女神が代替ともいえる手段を講じてくれたと知り溜飲を下げる。
『ええ、指摘のとおり、その森には中立に属さない種族と野生動物が生息していますので気を付けて下さい』
「なんだって?!どんな種族と動物がいるんだよ?!」
『混沌に属するゴブリン族、更に狼と熊が生息しています』
「ゴブリンってゲームに出て来る小鬼みたいなやつか? それに狼と熊・・・危険地帯じゃないか!!」
情報を小出しにする天秤の女神に俺は再び食って掛かる。どうやら、彼女は聞かれたこと以外は自分から積極的に打ち明ける気はないようだ。一種のゲームだと聞かされていたのでスタート地点は安全な街、せめて人里から始めると思っていただけに、今の状況は完全に想定外の展開だった。
こんなことなら、混沌を選んで特別な報酬とやらを受け取った方が良かったと後悔する。今更だが、あの悪魔女もわりと本気で俺に気があったのかもしれない。そう思うとケバかった印象が薄れ可愛らしく思えてくるから不思議だ。
『マサキ殿、そのためのスキルです。あなたにはエレンディに降り立った時点で三つのスキルを得ています。視覚的に理解するために、現在のあなたの能力も合わせて表示します』
「そうだった・・・おお!」
悔やむ俺に女神が声を掛け、与えられたスキルのことを思い出させる。それと同時に目の前に光を放つ一枚の板が現れた。形と大きさは一般的なノートくらいだろう、縦型に浮かんでいる。その光景に俺は驚きの声を上げて、好奇心から板を覗きこむ。そこには日本語で様々な情報が書かれていた。
『マサキ殿、そこはあなたの最も得意とする言語で書かれているはずです。また以後、このようにエレンディアでは全ての言語と文字があなたに理解出来るよう翻訳されます。・・・本題に入りましょう。上からあなたの名前と属性、今は0と表示された経験値、それに数値化された能力値とその下に初期スキルの名前とレベルが書かれているはずです。能力値はスキルと同じように最大を100とし、一般的な成人の平均値を20としています。そして、肝心のスキルですが、転生後に新たなスキルを学ぶことも、初期に保持しているスキルを更に延ばすことも可能です。もっとも、そのためにはあなたがエレンディアで起きる試練や困難を乗り越えた、あるいは戦闘で得た経験値などを必要とします。20レベルを超えたあたりからレベルを上げる経験値が飛躍的に上昇しますので、まずは初期スキルを活かすように立ち回るのがよろしいでしょう』
女神のアドバイスに従い俺は上から順に内容を確認する。竜ヶ崎昌樹 十六歳 中立 体力21 精神力18などのどれも平均である20前後の数字で表わされた能力値が名前と所属の下に淡々と表示されている。まるでというか、ゲームのステータス画面そのものだ。自分の情報がこんな簡単に表わされていることに驚きと寂しさを同時に感じるが、今はランダムで習得したスキルを確認することを優先する。
習得スキルの項目に書かれていたのは 逃げ足10レベル 交渉(土下座)30レベル 特異体質50レベルの三つのスキルだった。
しばらくの間、俺の思考は止まっていた。人間は危機的状況に陥るとパニックを起こすらしいが、本当にヤバイ時には何も出来なくなってしまうようだ。それでも俺の本能が現状を打開しようと動き出す。まずは怒りが湧き上がり、俺はこの原始的な感情を頼りにした。
「うおおお! なんだ、これは! 今の状況で使えそうなスキルは逃げ足だけじゃないか!! それに交渉のカッコ土下座はなんだ! いらないだろう、カッコは! 使うごとに土下座しなくちゃならないのか?! いや、一番腹が立つのは特異体質って何だよ?! 意味不明だよ! どうやって使うんだ?! しかもよりによってこれが50レベルだよ!!」
『マサキ殿、落ち着いて下さい。初期スキルが無作為で決められることは予め伝えていたはずです。特異体質については現時点では未知のスキルであり、そのように表示されているだけです。スキルは適性がなければ身に付けることは難しくなります。無作為とは言え、50レベルのスキルを身に付けているのは、あなたの才能と言えるでしょう。いずれ判明する時が来るはずです』
「だからって!!」
女神の言い分は筋がとおっていたが、それで怒りが収まるわけはなく。俺は更に声を荒げる。
『この場で大声を出すのは止めた方が良いでしょう。敵対的な存在に気付かれるリスクに繋がります。マサキ殿には既にこのエレンディで活動するための衣服を既に授けています。森や野外での行動もそれほど苦にならないはずです。今は早く南に向かうことをお勧めします』
「う・・・くそ!・・・まずは、そうするしかないか」
怒りが完全に収まったわけではないが、女神の忠告を受けた俺は自分の身体を改めて確認する。先程まで三柱の女神の囲まれていた時は白い半袖のポロシャツにジーンズ、スニーカーといった自分の私服を着ていたが、今では綿で織られたと思われる灰色の長袖シャツとズボン、それに膝下まであるブーツを履いていた。違和感なく身体にフィットしていたのでこれまで気付けなかったようだ。
頼もしい装備とはいえないが、シャツとズボンは厚手の生地で肌の露出も少なく、ブーツもしっかりとした革で作られているので中に泥などが入り込むことはないだろう。確かに森を歩くには私服の時よりもマシになったと言える。
もっとも、その私服と財布それに携帯端末は自動的に取り上げられてしまったようだ。まあ、海に飛び込んだ時点で携帯端末は壊れていただろうし、異世界で日本のお金が使えるとは思わないので、俺も特に気にしない。転生なのだから、元の世界の道具を持って来ることは出来ないのだろう。
『そのステータス画面は手に持つことも出来ますし、念じるだけでいつでも任意に具現化させ、消すことが出来ます。今後、気になった度に見直すと良いでしょう』
引き続き提示された女神からのアドバイスに、やっぱりステータス画面なんだなと、思いつつ俺は言われたとおりに手に取ってみたり、念じて消したり出したりを繰り返す。ちょっとした照明に使えるかと思い木の影にかざしてみるが、どういう原理なのか画面は光輝いているものの影が薄くなることはなかった。
『では、マサキ殿、私からあなたへ差し上げる助言。わかりやすく言うならばチュートリアルはこれで終わりです。エレンディアに降り立ったことで既にあなたは、秩序、混沌、そして天秤この三つの勢力の戦いに参加しています。神格を持った存在がエレンディアに直接介入すること出来ません。これからあなたは私の手を離れ、あなたの意志と選択によってこのエレンディアで生き、戦うです。既に伝えてあるとおり、天秤から秩序と混沌に所属を変えることはそれほど難しくありません。それを認めるのが中立だからです。どうぞ、新たな人生を歩んで下さい。・・・あなたが天秤の使者として生き続けるのならば、また会う機会もあるでしょう。さようならマサキ殿!』
「ああ、ちょっと待って! まだ質問がある!」
『なんでしょうか? そろそろ次の予定が・・・』
「とりあえず、南ってどっちを向かえば良いんだ?!」
ちょっと良い感じにして会話を打ち切ろうとする天秤の女神に、俺は食らいつくように問い掛ける。それに彼女は少し困ったような態度を示すが、形振りに構っていられなかった。南に向えとは言われていたが、何しろその南を知る手立てが俺にはないのだ。
『・・・ええ、今あなたが立っている右手側が南となっています。このエレンディアの太陽も東から登り、西へと落ちていきます。後はこれを参考にして下さい。また、野外生活スキルを身に付ければ方角と時間を直感的に知ることが出来ます。それでは!!』
「あ、まだ・・・」
ついでにもう何個か質問をしようとした俺だが、天秤の女神はそれを察したように気配を消す。どうやらこれで、いわゆるチュートリアルはおしまいのようだ。
見知らぬ森の中に投げだされた俺は、やはり他の二つ勢力、秩序か混沌を選択すれば良かったのではと思いながらも、指示された南に向って歩き出す。
とりあえず今は、少しでも早く女神が手配してくれた天秤の仲間と落ち合うべきだろう。食料も武器も持たない俺には味方や協力者がなんとしても必要だった。
ご愛読ありがとうございました。一日一回、三千字程を目標に更新しますのでこれからもよろしくお願いします。
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