再会の約束
登場人物:沖田総司、藤堂平助
「総司には、先に言っておきたかったんだ」
療養中の寝室。
うつる病気だから、あまり来ないで下さい。
いつも告げるその言葉を、いつものように無視し。そっと人目を忍ぶように入り込んで、他愛ないいつもの会話を交わして。
大声で笑いたいのに、すぐに咳き込んでしまう自分の身体をもどかしく感じながら。
あまり長時間、傍にいられては本当に危険だから。顔だけ少し見せに来てくれるだけで、本当に十分だから。
いくら必死に「来ないでくれ」と、そうお願いしても。すぐに見舞いに来てくれてしまう、みんなと同じように。
見舞われているはずの自分が、時間を見計らって追い出さなければならなかった。
それなのに。
今日この部屋から彼を追い出せなかったのは、この言葉を待っていたからかもしれない。
きっと、自分にだけは打ち明けてくれる。そう思っていた。
もう、この身体では隊務につけないから、きっと自分に打ち明けてもなにもできない。邪魔をしない。
そんな理由ではなく。
自惚れていると思われてもいい。それでも自信があった。
彼が、心の底に秘めた本心を言葉にしてくれるのは。
大切な人がいなくなった今、きっともう自分だけだろう。
だから、その言葉を戸惑いながら告げた彼に。
本当にごく自然に、頷くことが出来た。先を促すように、そっと。
そう、まるで。
自分の話を。何も言わずただ聞いてくれた、山南さんのように。
「そう……。残念だけど、平助が決めたことなら。それでいいんじゃないかな」
「反対、しないのか?」
「して欲しいなら……違うな。私がここで反対して、平助の気持ちが変わるのなら、いくらでもする」
「そっか、ありがとう」
ずっとずっと、一緒に闘ってきた。多摩にいた頃からずっと、一緒に。
年上ばかりの道場で、初めて出来た同年代の友人。
だからこそ、わかる。
近藤さんも土方さんも。永倉さんや原田さんでさえ。いつまで経っても、子ども扱いを止めてくれない。
元服の歳を過ぎて、改名しても。二十歳を過ぎて、たくさんの人を斬っても。
それでも彼らにとって、二人はいつまでも年下の可愛い弟分なのだろう。
それは、わかる。わかるし、とてもありがたいことだとも思う。
けれど、時々ひどくそれが辛い。
自分たちだって、真剣に悩んで悩んで。これから先のことを考えているのに。
子ども扱いは、時にそれを簡単に否定し、意思をねじ伏せる。
相手が自分たちの事を考えてくれているのがわかるからこそ。反発もできなくて。
結局、気持ちを抑えたまま。ずっとここまで来た。
自分は、それでも。近藤さんの為に生きることこそが、一番だから。これからもずっと、これまでと同じように生きていけるけれど。
きっと平助は、そうじゃないから。
彼の思う通りに、行動することを止めることはできない。
例え、本当はどんなに止めたくても。
「ひとつ、聞いてもいいかな」
「いくらでも、聞いてくれ。総司が納得いくまで」
「それは無理かな。いくら聞いても、納得いくとは思えないから」
「……そうだな」
即答したその言葉に驚いたように目を見開いて。そして、平助は微笑んだ。
それこそが、決意の証のようで。
心を変えることは叶わないと、思い知る。
だからせめて、その決意を確かめるために。笑って見送ってやれるように。たったひとつの質問を口に乗せた。
「伊東さんて、どんな人?」
「近藤さんみたいな人だよ」
回答は意外なものだったはずなのに。
なぜか、すとんと心に言葉が落ちるようだった。
「……近藤さんみたい、か」
「もうちょっと正確に表現すると、近藤さんと同じように夢を追いかけている人。かな」
「その割には、土方さんと気が合わないみたいだけど」
「それは確かに。あれは少し、新人隊士達がかわいそうだよね」
ただでさえ鬼副長と呼ばれ、恐れられている土方さんが、伊東さんと顔を見合わせるだけで、さらにぴりぴりとした雰囲気になる。
そして、そのとばっちりは大概、土方さんのあしらい方を知らない新人隊士達が受けることになる。
最近は、近藤さんも伊東さんを重視するあまり、土方さんと上手くいっていないようではあるし。
試衛館時代からの仲間や古参の隊士達は、触らぬ神に祟りなし、とばかりに土方さんに近寄ったりはしない。
恐らく今のこの状況下で、土方さんの笑顔は、この寝室の中でしか見られない。
「多分、似たもの同士。気が合わないんだろうな」
くすくすと、自分で言いながら土方さんの苦虫を潰したような顔を思い出して、笑ってしまう。
そう、あの二人はきっと似すぎているから、気が合わないのだ。
近藤さんと同じ様に夢を見て。土方さんと同じ様に頭を使う。
平助が近藤さんに、伊東さんを紹介したのはきっと……。
「本当は、二人が協力して近藤さんを支えてくれたら。よかったんだけど……」
「うん」
「伊東先生は、なんだか危ういんだ。ずっと昔からお世話になってるから、そんな理由だけで付いて行く訳じゃない」
元々伊東さんの道場で、剣を学んで。
近藤さんの道場で、自分の未熟さを知った。
どちらかを選べと言われて、選べるものではない。
どちらの師も大切で。どちらの仲間も捨てられない。
近藤さんも伊東さんも、この国の行く末を考えて。信念の元、動いていて。
二人が同じ方向を向いて、協力し合ってくれたら。
今のこの状況を、一番憂いているのは平助である事は、間違いない。
「わかってる」
「近藤先生には、土方さんも総司も。永倉さんや原田さんや、他にもたくさん仲間がいる。もちろん伊東先生にも、三木三郎さんや篠原さん、加納さんがいるけど……それでも」
自分が伊東先生を支えてあげたいんだ。
そういう平助の言葉に、目を伏せる。
伊東さんの危うさは、なんとなくわかる。きっとあの人は、平助の言うように近藤さんみたいな人なのだろう。
夢ばかり見ていて、汚い現実や厳しい現実に、まだきっとぶち当たっていない。
知識は確かに、土方さんよりも上だ。
けれど策士として生きるには、ほんの少し足りない。
道場剣術で免許皆伝を取るよりも、人を斬るにはたった一度、肉を骨を断つ感触を知って乗り越えることの方が大切であるように。
その知識を使う為に、伊東さんはもっと現実を知らなければならない。
近藤さんが前だけを向いて進んでいけるのは、土方さんがその部分を全部背負っているからで。
そしてそのことを知って受け止めているから、近藤さんは大きい。
伏せていた目を開いて、平助を正面から見つめる。
どう悩んでも、もうこれしか。かける言葉がみつからない。
「頑張れ、平助」
「離れても、俺たちが仲間だってことは変わらない。暇を見つけてまた見舞いに来るよ」
「待ってる」
「治ったら、また勝負しよう」
「どんなに弱っても、平助には負けないよ」
「いつか絶対、総司を負かしてやる」
それが、俺の目標だから。
いつもの二人の、明るい笑顔が重なる。
なんとなく、だけれど。これが最後になることを、感じていた。
それでも、拳と拳をぶつけ合って約束を交わす。
いつかの再会に。