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蒼い鳥

登場人物:山南敬助、土方歳三

 籠の外に広がるのは、蒼い蒼い自由な空。

 とっくの昔に籠は開け放たれていたのに、飛び立つ勇気が持てなくて。羽ばたく羽根が、背中に見当たらなくて。籠の中の生活が、ほんの少しだけ心地よくて。

 自分から籠を閉めてしまったから。

 憧れ続けたその空を、とうとう掴む事は出来なかった。




「いつもその場所で、奇麗事を言っていて欲しい」

「え?」

「頼む」

「……わかった」


 どんな顔をして、そんな台詞を自分に対して発しているのか、背中を向け振り返ろうともしないその姿からは、確認する事は出来ない。

 自分に頼みごとなど、普段ならするはずもない相手に、突然呼び出されたかと思えば、思わぬ言葉を投げかけられて、一瞬困惑する。

 けれど、その背中を見つめているうちに、どんな気持ちでその言葉を紡ぎだしているのか、何となくわかってしまって、いつもなら理由をちゃんと聞いてからゆっくりと返すはずの回答を、その場ですぐに出した。


 周りの隊士達には、自分たちの関係は良くないものだと思われていることは理解していた。

 仲が悪いと見られている事がわかっていても、改善しようとするどころか、目を見てじっくり話すことも、隣に並んで歩くことさえ、京へ出て来てからした事がない。

 それでも背中を向けたまま、突拍子もない頼みごとをしてくる目の前の相手が、自分の事を信頼してくれている事を、好きでいてくれる事を、知っている。

 それは決して自惚れなどではなく、確信。


「悪ぃ」

「できれば、理由を聞かせてもらってもいいかい?」


 答えが返って来ない確率の方が高いことを知りながら、それでも自分の感じ取ったものが正解かどうか、答え合わせをしておきたくて。

 投げかけた質問に、背中を向けたまま一度も振り返ることなく、その場を立ち去ろうとしていた、その足が止まる。


「……多分俺は。お前の正論や奇麗事を、すべて否定して進む」

「うん」

「それでも、それを言ってくれる存在が、俺には必要だ」


 新撰組が、ただの殺人集団にならないために、操り人形にならないために、目的を見失ったりしないために、暴走する力を止める理性であって欲しい。

 芹沢という大きな存在を失った今、皆を導くたった一人の人が、後ろを振り向かず前だけを見て歩いていけるように、きっと自分は何でもやってしまうだろう。

 いや、やらなければならないと思う。

 だからこそ、後ろを振り返る時間は不要なもので、同時に不可欠なものでもある。

 だけど遠くない「いつか」、その余裕がなくなってしまう予感がするから。

 その役目を、頼みたい。引きずり戻す、その役目を。


 ぽつりぽつりと。それでも隠すことなく、話してくれるその言葉に嘘はない、そう思えた。

 答え合わせは、全問正解といったところだろうか。

 そして、心の内をなかなか見せようとはしないこの男が、素直に気持ちを話してくれた事、自分を頼りにしていてくれる事を、光栄に思う。

 相手が自分を信頼し、好きでいてくれるとわかる理由は、お互い様だからこそ、なのだから。


「了解したよ、土方君。私はいつでも、君を引き止める鎖でいよう」

「よろしく、頼む」


 しっかりとうなずいた気配に、安心したように僅かに頭を下げて、最後まで背中を向けたまま、今度こそ去っていくその後姿を見送り、蒼く透き通った空を見上げた。

 二人の決心を、見届けたその空の色を、きっと一生忘れない。


 籠の中で生きていくことを選んだ、その瞬間。

 自由と引き換えに。

 そこには確かに、かけがえのない幸せがあった。




 疲れた、とか。もう人の命を奪うのは嫌だ、とか。そういう気持ちが、ほんの少しもないと言い切る事はできない。

 けれど、隊を出て来たのは、そんな個人的な理由からじゃない。

 ましてや皆が噂するように、名ばかりの肩書きだけで、意見など通ることがない。局長や副長に、蔑ろにされている。そんな事を不満に思った事など、一度もない。

 自分の存在意義は、ちゃんとわかっているつもりだし、それこそ今更な話でもある。


 本当は、ずっと傍で理性の鎖として、いてあげられたらよかったのだけれど、どうやら最期まで生きて、その役目を遂げられそうにない。

 だから、この命をもって、鎖となろう。

 新撰組のために、真っ直ぐ曲がらない道を示すために、必要な事。

 この選択に、後悔はない。

 それでも、近藤さんの悲しむ顔と、何より土方君の悲しみを我慢してきっと自分を責める、その顔が浮かんでは、自分の力不足だけが悔やまれる。


 願わくば。

 もう長い間合わせていない目を、真っ直ぐに見つめて、笑って逝けます様に。最期のその一瞬が、鎖としての最期の役目を果たせますように。

 それだけを願って、見上げた空は、あの時と同じ。

 自由に羽ばたくその羽根を見守る、蒼く透き通る幸せを運ぶ色。

 

(きっと最期の時にも、この空は頭上にあるだろう)


 そんな予感に少しだけ笑って、たった一人どう見ても捕まえに来た風ではなく、捜す気など皆無とでも言いたげな、追っ手の姿を追う。

 捕まる為に。捕まえてもらう為に。心地よい幸せの籠の中へ、自ら戻っていくために。

 穏やかな気持ちで、軽く手を振りながら、ゆっくりと声をかけた。

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