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包帯

登場人物:島田魁、土方歳三

 その日、副長の姿を見かけたのは本当に偶然だった。

 何かから隠れるように、人気のない方へ急ぎ足で進み行くその後ろ姿が、やけに気になる。

 用件がない時には、出来るだけ邪魔をしないようにと心がけている事もあり、普段なら声を掛けたりなどはしないのだが、いつもとは違い何となくこそこそとした雰囲気のその姿に、自然と言葉が溢れ出したと言ってもよかった。


「副長、どちらへ行かれるので?」

「……っ! 島田、か」


 驚かせるような声のかけ方をしたつもりはなかったが、副長の肩がびくっと跳ねたのを見て、こちらが驚く。

 普段は隊士に、こんな態度をあまり見せない人だ。いくらふいを付かれたのだとしても、過剰な反応の様な気がした。

 それになにより、こちらをちらりと確認するのみで、振りかえりもしないというのは明らかにおかしい。

 いくら鬼だとか何だとか言われていても、副長は紛れもなく人間だ。だからもちろん、ふいをつかれれば驚く事もあるだろう。

 けれど、冷静さを取り戻し気を取り直して体裁を繕う速さは、感心するほど素早い人だから。

 いつもの副長であれば、何の事は無いというような態度でこちらを向き「何か用か?」と、問いかけてくるのが常であるはずだった。

 それなのに、いつまで経ってもそうなる様子はなく。むしろ何かを隠す様な仕草が、あまりにもいつもと違いすぎて挙動不審にさえ思える。

 いつもと少し違って見えたから声を掛けたものの、結果は恐らく自分の勘違いで「用がないなら行くぞ」という言葉を告げる副長の後姿を、ただ見送るだけのつもりだったのだが。

 どうやら、ただの勘違いではなかったらしい。


「ちょっと、失礼します」

「な、やめ……痛……っ」


 自分の方が巨漢であることを利用し、ぐっと左腕を掴んで副長に断りを入れながら、その姿を半ば無理矢理振り向かせる。

 正面に見えたその胸元には、うっすらと赤く滲んだ包帯が、着物の合間から除いていた。


「副長……これは」

「…………」


 ふいっと、怒られるとわかっている子供がするように、気まずそうに視線を逸らす副長に、こういう反応をすることもあるのかと苦笑すると共に、意外な姿を前に次の言葉が紡げなくなる。

 厳しい上司としての姿が、やんちゃな弟のように見えてしまうのは、こんな時だ。

 そして、ある程度気を許している相手ではないと、こういう反応をしない事を自分は知っていた。

 こういう一面があるからこそ、余計に支えていきたいとも思うのだけれど。思うからこそ、無茶をしないで欲しいと願わずにはいられない。


「副長、こちらへ」

「え、あ……おい」


 副長の姿を隠す様に、あまりその身体に負担をかけない様、そっと先へ促す。

 恐らく副長が望んでいた通りの、ただ違うのは自分が傍にいる事だけの、人気のない木蔭へと連れて行き、その身体を休めさせる。

 ほう、と息をついた副長の着物を無言で剥ぎ取りながら、そっと手を差し出す。

 察しのいい人だ。それだけで副長は、自分が何を望んでいるか理解したようだった。

 「いいから放っておけ」と、抵抗するかもしれないという予測もしていたが、引くつもりはない強い意志が届いたのかもしれない。

 思いの外素直に、副長はその手にあった包帯を、自分の差し出した手の上に乗せた。

 今巻かれている包帯を丁寧に外して、その傷口を見る。


「深い、ですね……」


 後ろ傷でないことを讃えるべきなのか、副長という立場の人がこんなになるまで前線に出ている事を憂うべきなのか、掛けるべき言葉が上手く出て来ない。

 ただ、見た目の感想だけを告げたきり言葉が続かず、血の流れ自体は止まっているようだと安堵しながら、黙々と包帯を巻き直していると、沈黙を無言の責めだと感じたのか、それともこれから何かを言われる様な予感がしたのか。

 耐えきれなくなったらしい副長が、まるで苦しいとわかっているけれど言わずにいられないとばかりに、珍しく言い訳の様な言葉を重ねてきた。


「もう、説教は十分聞いたから、何も言うな。近藤さんには泣かれるわ、総司には笑顔で何やってんだって責められるわ、斎藤は無言のままじっと視線外してこねぇから居たたまれねぇわ、山崎には治療中延々と怒られるわ……」

「……ぶっ、はは」


 「散々だったんだ」と疲れた顔で溜息をつく副長の姿に、それぞれの反応が目に浮かぶ。

 そしてそれを目の前にして、怪我をしてしまったという事実の前に言い訳もできず、聞き入れるしかない副長の困った顔がありありと想像できてしまい、とうとう耐えきれなくなって噴き出してしまった。


「し、島田……?」

「すみません、つい。でも皆、副長の事が心配なんですよ」

「……わかってる」

「なら、いいんじゃないですか」

「何?」

「心配している者がいるって、わかって下さっているなら。副長のことですから、無茶の仕方もちゃんとわかっているでしょう?」

「…………あぁ」

「まぁ、自分としては無茶をしないで欲しいって言いたいところですが。もう十分わかっていらっしゃるようなので、今回はこれで」

「何だ」

「疲れている時は、甘いものですよ」


 包帯を巻き終え子供にするように着物を着せ直しても、文句を言わない副長の姿に十分反省の色を見出して、つい先ほど買って来たばかりの饅頭を包帯の代わりにと、その手の上にそっと乗せ返す。

 余程、皆の説教が効いていたのか、見つかる度に怒られでもしていたからか、自分にも何か延々と言われるのだろうと、覚悟でも決めていたのだろうか。

 何も言われなかった事に対し、呆けたように饅頭へ視線を落とし、そのままゆっくりと視線を上げた副長のそれと、自分の視線を絡めてにっこりと笑顔を返すと、やっと副長の表情に苦笑という名の笑顔が浮かんだ。


「……すまねぇな」

「俺のお勧めですから、美味いですよ」

「あぁ、有難く戴くよ」


 ぱくりと饅頭を頬張る副長の横に腰かけて、影を落としてくれる葉の向こう側に広がる青い空を見上げ。

 素直で不器用なこの人を、最期まで護る存在でありたいと願った。


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