薄
登場人物:沖田総司、近藤勇
大きな薄の束を抱えて、台所に顔を出したその顔に、その場にいた平隊士達に一気に緊張が走ったのがわかった。
土方さんが常々「あんたは、ほいほい台所へ立つな」と、なかなか改まらない事にため息を洩らしながら何度も注意していたのは、あながち的外れではなかったと立証された形ではあるが。
それでも、いつまでも変わらないで欲しいと願うのは、自分の我が儘なのだろうか。
直立不動のまま、どうしていいかわからず手を止めてしまっている平隊士達に「大丈夫だから続けて下さい」と、指示を出して。
短い距離さえもどかしく、笑顔のその人の側に駆け寄る。
「どうしたんですか? 近藤さん」
「見事な薄だろう。せっかくだから、団子と一緒に飾ろうかと思ってな」
「いいですね。でも、ここにお団子なんかありましたっけ」
「実はな、今朝がた隠しておいたんだ」
どうやら、計画は昨日の夜に思い付いたようだった。
午前中に、こっそり島田さんに買いに行ってもらった団子を、台所へ隠しておいたらしい。
土方さんの目を盗んで、島田さんと打ち合わせる近藤さんの姿を思い浮かべて、思わず笑みが零れる。
だが間に挟まれる形になってしまった島田さんは、近藤さんに頼み事をされた瞬間から、土方さんに見つからないかと、気が気ではなかったに違いない。
それは、きっと今も。
島田さんが、甘いものに関してとても頼りになるのは間違いないし、近藤さんの人選は的確だと思うけれど、困り顔の島田さんがはっきりと浮かんで、少しだけ申し訳なく思う。
諦めて貰うしか、手はないけれど。
「歳と山南さんの部屋に、持って行こうと思ってな」
「きっと、お二人とも喜びますよ」
「総司の部屋に、飾る分もあるぞ~」
「私の部屋にまで分けてもらってしまっては……近藤さんの分が、なくなってしまうじゃありませんか」
「みんなの部屋で見せてもらうから、俺のはいいさ」
当たり前のように告げて笑う姿に、局長としての威厳を感じることはできない。でも、それこそが近藤さんらしい。
土方さんと山南さんの仲が悪くなってしまったなどとは、決して思わないけれど。きっと奥底ではちゃんと繋がっている事も、わかっているけれど。
それでも二人の関係が、このところ目に見える部分でぎくしゃくしている事は、紛れもない事実で。それが、本心なのか演技なのかの境界線さえも、最近では見えなくなってしまっている。
二人の態度が、組の中の空気が重くしているのは明らかだったから、近藤さんは今回の計画を、思いついたんだろう。
自分が楽しむためではなく、曖昧になった二人の気持ちを、それぞれに解きほぐすために。
近藤さんにみんなが付いていきたいと思うのは、むしろこういう人柄の部分が大きいと思う。少なくとも自分は、この笑顔に何度も救われてきたし、これからもそうなんだろう。
だからこそ、この人の笑顔をずっと守って行きたい。少しでも助けになりたい。
「うーん……。それなら、こういうのはどうです?」
「ん? 何かいい案でも浮かんだのか?」
他の隊士達に聞こえないようにと、近藤さんのためではなく、むしろ土方さんや山南さんのために。こっそり内緒話でもするように声を潜めると、それに呼応するかのように、近藤さんが口元まで耳を預けてくれた。
悪戯を思い付いた、子供のように。一緒に楽しもうと付き合ってくれる、親のように。
ただ、平隊士達の事を気にしただけの行動だったが、逆に局長と一番組の隊長が、嬉しそうに内緒話などする姿というのは、余計に興味を惹かせるだけのものだったかもしれない。
多摩の道場にいた頃から変わらない、こんな近藤さんの態度は、なんだかとても安心する。そんな風に感じながら、それがお互い様だったことを知るのは、もっとずっと先の事。
今はただ頭に浮かんだ計画を、うんうんと大きく頷きながら、真剣に聞いてくれる近藤さんへと、伝えて行く。
「それはいい。ならばいっそ、源さんに新八や左之と平助……斎藤くんも呼ぶか」
「そうですね。あ、今回の功労者である島田さんも、仲間に入れてあげましょうよ」
「そうだな。それならば、山崎くんも呼ばねば」
「……山崎さんも、巻き込んでるんですか?」
「いや……まぁ。歳の気を逸らしてもらう役目をなぁ……ははは」
島田さんだけだと思っていたが、巻き込まれたのは、彼一人ではないらしい。
土方さんの信頼も厚い、監察方の二人を引き込むなんて、近藤さんもなかなかやるなぁ……などと感心すると同時に、近藤さんに頼みこまれた二人が、困り果てた顔で断れなくなっている様が浮かぶ。
「健闘してくれた二人を、呼ばないわけには行きませんね」
「そうしよう、そうしよう」
原因である近藤さんが、にこにこと笑っているところを見ると、その人選はただの偶然によるものなのかもしれないけれど。
土方さんが、どうしても近藤さんに勝てない理由が、漠然と理解できたような気がする。
「では、今晩決行しましょう。私はみんなに声を掛けてきますから、近藤さんはその薄とお団子。部屋に飾り付けしておいて下さい」
「よしきた!」
いそいそと、隠してあった団子を取り出す近藤さんを後ろ目に、相手が相手であるがために聞くに聞けず、夕飯の仕度を続けるしかない疑問符でいっぱいの平隊士達の視線を、緩やかに躱して台所を飛び出す。
その疑問は明日の朝、幹部隊士達が揃いも揃って局長の部屋で飲み潰れでもしていれば、きっと解消されるだろう。
今はただ、地上だけではなく見失いかけている温かな絆さえも照らしてくれるだろう、真ん丸に輝く月に思いを馳せ。どんな理由をつけて、土方さんと山南さんを部屋から引っ張り出し、近藤さんの元へ集わせるかを思案しながら。
一歩進むごとに近づく必ず訪れる楽しい夜を想像し、自然と浮かんでくる抑えきれない笑みを堪える方が、重要事項だった。