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メアリさんとアルカナオーブ

 やがて光に目が慣れると、そこにはクロックの姿しかなかった。


「ふぅ、どうにか入れたみたいですね」

「うん……」


 彼はこくりと頷く。――かと思うと、すぐに彼の姿が視界から消え失せた。


「ク、クロックさん!?」

「ここ……だよ……」


 その声は頭上から降り注いでいた。

 私は足場があるのかも分からない、宇宙にも似た七色の中、視線を高く上げた。

 そこには目立つ厚着姿が。……ただし、上下逆さまで。


「ええっ!? な、何かの魔法ですか!?」


 私が面食らっていると、彼は後方に半回転しながら私の目の前に降りてきた。


「違うよ……。ここは……自分の脚が……ある方が……下になる……らしいから……やってみた……」

「脚がある方が……下に?」


 私は首を傾げた。クロックの言っていることがまるで分からなかった。

 すると彼は、百聞は一見に如かず、とでも言うようにもう一度地面を蹴って反転してみせた。


「壁伝い……にも来られる……と思う……」

「壁……」


 果たして、この未来や過去にでも行けてしまいそうな虹色空間に「壁」などという殊勝なものがあるのだろうか。

 ともかく、彼の言う通りにしてみようか。


 私は真横に向き直って、ただ真っすぐに歩いた。クロックの姿がやや小さくなる。

 だが、どういうことだろうか。気が付くと私はクロックの目の前にいたのだった。


「……あれ?」

「できた……みたいだね……。面白い……」

「えええっ?」


 頭が混乱しそうになった。ゲームの主人公を北端まで歩かせると、マップの南端から出てきたときのような妙な感じだった。


「うぅん……何か気持ち悪いですね……」

「僕は……好き……だけどな……」

「分からないですね……」


 そんなことを少し話して、私たちは本来の目的をやっと思い出した。


「あっ、早く行かないといけませんね」

「そうだね……」

「メアリ様の話だと、ラルケーからお城まで馬車で一分かからなかったとか」

「確か四十八秒六〇……」

「そんなに詳しく?」

「頭の中で……数えてた……だけだから……違うかも」


 私は唸らされた。体内時計でそこまで正確に時間を計るというのは並大抵のことではない。例え、間違っていたとしてもだ。


 私も少し時間を計りながら行くことに決めて、クロックと並んで歩き始めた。


 ――

 ――――


『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』という書き出しの小説は語るまでもなく有名すぎるほどのものだが、この時の私たちもまさしくそんな風だった。ただ違うのは、たどり着いたのは雪国ではなく雪山だということか。


 虹色の道を歩いておよそ一分半くらいだった。それは唐突に終わりを告げ、気付けば私とクロックは晴れた雪山に立っていた。

 雲一つない青空と見渡す限りの白い雪が眩しい。


「着いたみたい……ですね!」

「一分四十二秒三三……」


 そう言いながら彼は上着を脱ぎ始めた。残念ながら、どうやら私の体内時計は十秒以上ズレていたらしい。


 彼から受け取った上着を羽織り、私は突き出した岩場らしい足場から斜面へ飛び降りた。


「行きましょうか」

「……うん」


 雪が降っていなくて助かった。万一吹雪だったりすれば、落とし物探しどころではなくなってしまうところだった。

 ただ、だからと言って簡単に魔法道具が出てきてくれるわけではない。こちらから探し回らなければならないことに変わりはないのだ。


「クロックさん、例の……何でしたっけ?」

「ルーン共鳴波探知吸引装置……」


 そう、それだ。クロックは腰に着けた小さな鞄からそれ――一見すると、催眠術師が使うような振り子のようなものを取り出したのだった。これがもう一つ、絶対に忘れてはいけないものだ。

 それについてバーサはこう言っていた。


『俺が持ってた二つの玉には、特殊な方法で中に文字が刻んである。そして……このペンデュラム(振り子)の中にも同じ文字がな。詳しいことは開発者のクロックしか知らねえが、玉と振り子が共鳴して云々ってことらしいぜ』


 ……と。

 どうやら彼もあまり詳しくはないらしかった。一応クロックにも詳細を尋ねてみた。が、『どういう原理で何が起きて結果どうなる』ということを彼は難しい専門用語の奔流で説明しようとしたのだった。当然私たちにはさっぱりで、ただその流れに押し流されることしかできなかった。

 まあ、当のクロックは話し終えた時に非常に満足そうな顔をしていたので良しとしよう。


 クロックはそのルーン云々装置を垂らす。すると驚くことに、その先端の重りは風も吹いていないにも関わらず大きく振れ始めたのだった。


「……こっち」


 それをしばし観察したクロックは紐を腕に巻き付けて歩き始めた。


 雪の上にザクザクと足跡が残る。彼の大きくもないそれの後に、私のローファーの跡が続いていく。


 クロックは数分歩いては振り子を垂らし、また方角を修正して歩くを繰り返していた。ただ、彼はどのくらいの位置にあるのか分かっているだろうが、私は黙ってついていくしかない。正直、不安はとても強く残っていた。


「クロックさん、どのくらいで見つかりそうですか?」


 耐えかねた私はそう尋ねた。このまま何時間も歩いていれば間違いなく足は壊死するだろうし、天気がいつ急変しないとも限らない。可能な限り早く終わらせたいという思いは、きっと私だけに限った話ではあるまい。


 すると彼は振り子を腕に巻きながら答えた。


「……着いた」

「はっ?」


 私は反射的にそう返していた。だがそれも無理はないはずだ。まだ三十分も歩いていないし、そして何よりそこには見渡す限りの銀世界しか広がっていないのだ。舟の残骸すら見つけられないのでは、いくらこの辺りにあるからと言っても永久に魔法道具は回収できないだろう。


「でも……ここからどうするんです?」

「……掘って……探しても……いいけど……」

「いやそれは……」

「やっぱり……?」


 さすがに無理筋もいいところだ。どうにか見つけても、城に戻ることにはきっと私たちの両腕は無くなっていることだろう。

 私がどうしたものかと腕を組んでいると、クロックは人差し指を一本立ててぎこちなく左右に揺らした。


「ちっ……ちっ……ちっ……」


 と口で言いながら。


「大丈夫……。ルーン共鳴を……使って……アルカナオーブ……を……引き寄せられる……」


 私が頭上に疑問符を浮かべていると、彼は腕に巻いた振り子を垂らし、今度は手首のスナップを利かせて激しく回転させ始めた。


(何をするつもりなんだろう……)


 私が考えていると、ローファーが踏み固めた雪の更に下からの揺れを感じた。


「地震……?」


 揺れは少しずつ大きくなる。だが、クロックは知らん顔をして振り子を回し続ける。


「ここにいると危ないですよ……! 雪崩が起きるかもしれません!」

「大丈夫……だと思う……」


 しかし彼は動こうとしない。私は万一に備えてポケットの中の紙切れを握り締めていた。


 その時、クロックの振り子が描く円がにわかに明滅した。それは蒼い光。ぶら下がった重りがそれを発しているのだ。


「……来た」


 彼が呟くと同時、明滅する光は点灯に変わった。足元が大きく揺れる。


「きゃあっ!」


 がくんと大きく崩れるような揺れ。私は体勢を崩してその場に手を付いて四つん這いになる。


 その瞬間、クロックの目の前に降り積もった雪が激しく宙に舞った。

 間欠泉が噴き出したようだった。細かな白い粒の奥で、振り子と同じ光が輝く。

 雪の結晶がその蒼い光を乱反射する。私はまるで満天の星空に包まれたようだった。ただし、星が輝くのは白夜の中だ。


「これが……」


 私は光を放つそれを凝視した。私の手の平に収まりそうな大きさの球。中には何か文字が浮かんでいる。その球は宙に浮かび、振り子を回し続けるクロックの手元へとゆっくり近づいていた。


 舞い上がった雪がすべて散り終える頃、それはクロックの腕が届く距離に。

 彼はそれをもう一方の手でつかみ取ると、まるで儀式のように重りと球をぶつけた。


 揺れはもう治まっていた。


「よし……大アルカナ……回収完了……」


 クロックは振り子と、真っ青に透き通る球――大アルカナを両手に持って私に向き直り、口元の筋肉を痙攣させた。それが彼の笑みだったと気付くのには少し時間が必要だったが。

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