メアリさんとポータル
『いいか? 俺が団員共を惹き付けるから、その間にディエナがポータルの操作をするんだ。クロックとメアリさんは入口近くに隠れて待機する。ポータルが開いたらすぐさま飛び込んで雪山に行くんだ』
バーサがこの作戦を説明した翌日の同時刻、私たちはそれを決行することにした。
午前中はドロシーの指導の下で侍女の仕事をこなし、制服に着替えてまたここ、騎士団本部の近くにやって来たのだった。
だが、考えれば考えるほど不安しかなくなってくる。聞いた当初はスパイ映画のワンシーンのようで興奮したが、ドキドキが収まるとぶっつけ本番で成功させるしかない現状が見えてきた。
「大丈夫かなぁ……」
草むらに身を潜めながら呟くと、隣のクロックが私の肩を叩いた。
「まあ……なんとか……なるよ……」
「そうですかね……」
彼はいつにも増して厚着をしていた。私の分の上着まで着ているためだった。
……そろそろ時間だ。私たちは持ち物の最終確認を行っていく。
まず一つ、絶対に忘れられないものがあった。
『これだけは絶対に持っていることを確認してくれ』
そう言ってバーサが私に寄越したのは長方形の小さな紙だった。ちょうど映画館なんかのチケットに近い大きさだ。
『これは人工的に作られた魔法道具だ。自然魔法の例外だな。使い方は簡単、好きなときに破るだけ。するとビックリ、対になってる「標石」のある場所に瞬間移動できちまうって寸法だ』
そして彼は地面に小さな白い石を埋め込んだ。それが瞬間移動の目的地を設定する標石だった。
『作戦の都合上、ポータルはすぐに閉じないと見つかるからな。一瞬だけ開いてお前らを山に送った後は出入口は消える。帰りはそのチケットを使って戻ってくるんだ。……まっ、腹が減ったりクソが漏れそうになったりしたら気軽に帰ってこい』
……とのことだ。
恐らく、勝手にポータルを開いたことがバッキスに見つかれば、大目玉では済まないだろう。故に、この作戦の成否は私とクロックの素早い行動に懸かっている。
私が持って行くべき物はこれくらいだ。あとは、カッターナイフと新品のハンカチ、それにロッカーの鍵くらい。もう一つの大切な物はクロックが持っている。
私たちは互いにそれを確かめると、改めて喜劇王の登場を待った。
「……来た」
クロックが首を伸ばして呟く。
私もその方向に目を向けた。彼の芝居をしばし鑑賞するとしよう。
「ようようお前ら、親愛なる騎士団のクソ共! おいお昼寝マンも起きてこっち来いよ!」
宿舎からバーサがまさしく大手を振って現れた。シャツのボタンをだらしなく三つほど開けた彼は、到底バッキスと同じ騎士には見えない姿だった。
そんな彼の大声に誘われ、あるいは叩き起こされて訓練場――と言うより、昼休みは単なる広場になっているが――にいた騎士たちが集まってきた。
「最近来た奴は知らねぇかもだが……」
「一番最近来たのはお前じゃい!」
野次が飛ぶ。それに対しバーサは三倍の声で怒鳴った。
「ああ!? テメェは誰だよ‼ 新参者は黙ってろぉい‼」
そして何事もなかったかのように低めた声で告げた。
「えー……今からこの俺、バーサと『輝けるバッキス』……の息子、マルキスが利き酒勝負をするぞ! もちろん、ガヤ共が金を賭けるのもアリだぜ。さぁさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 会場は二階の食堂だ!」
そう言って彼は本部の方へと歩いて行く。暫時、彼の言葉を黙って聞いていた騎士たちは途端に狂乱に包まれ、今からもう賭け金が宙に舞うような有様だった。
そして一団はバーサを筆頭にして建物の中へ消えていく。残ったのは喧騒の残滓と無人の広場だけだった。
あんなのが警察組織で、この国は大丈夫なのだろうか、と思わないでもなかった。
「……行こう……メアリさん……」
「はい」
後はディエナがポータルを開くのを待つだけ。
するとその時、私の目に眩い光がちらちらと届いた。
「んっ……」
その光が瞬く方へと顔を向けると、建物のガラス窓の向こうでディエナが鏡を片手に立っているのが見えた。
「来るよ……」
クロックが言うと同時に、ディエナが視線を落として片手で何やら操作する。
その瞬間、今度は鏡の反射とは比べ物にならない光が巻き起こった。まるで雷でも落ちたかのような激しい衝撃に似た閃光。
その後、そこにあったのは虹色の光に包まれたトンネルだった。
「これが……」
「メアリさん……行くよ……!」
クロックが私の手を掴んで駆け出した。呆気に取られていた私は、はっとして足を動かす。
腕の先がポータルに入った。
クロックの姿が霧に包まれたように見えなくなる。
そして次の瞬間には、緑の広場は七色の靄の中に消えていた。体がすべてポータルに入ったのだと直感的に察した。




