メアリさんの魔法道具奪還作戦
「んんっ、それじゃあ本題に入りたいんだが?」
バーサは咳払いの後、若干低くした声で言った。
そう、別に私たちは雑談をしにここに集まったわけではない。もっと大切な相談のためだ。
「今後のことだが……悪いが俺は抜け出したりはできないな。何せ俺は死刑囚だ。バッキスの逆鱗に触れるようなことをしたら一瞬で首チョンパだからな」
「あたしもちょっと厳しいわね。バーサと違って色々慣れてないことも多いし、何より女ってだけで食事係に任命されちゃったし。騎士団の連中、普段男ばっかりでつるんでるからジェンダーフリーって概念が無いのよね」
「それは大変ですね……」
それでも、ディエナの顔はどこか楽しげに見えた。彼女もまた、しばらくは平穏の暮らしを甘受するつもりなのだろう。
次いで、クロックが控えめに手を上げる。
「僕は……午後は……暇……だよ……」
「ああ、こいつはまだガキだからな。午前中だけ基礎訓練を受けて、後は自由時間だ。……ったく俺にもその自由の半分寄越せっての」
「やだ……」
「誰も本気で言ってねぇよ!」
見ると、クロックは厚着と帽子の下で心底嫌そうな顔をしていた。私は苦笑いし、ふと思ったことを尋ねた。
「そういえば、クロックさんっておいくつなんですか?」
私とあまり変わらないようにも見えるが、彼は雰囲気で年齢が掴みにくい少年だった。
するとクロックは片手を広げて見せた。それを補完するようにディエナが答える。
「十五よ。少なくとも戸籍上はね」
「年下だったんですね。私は十六なので、私の方が一つお姉さん、ということですか」
クロックにそう言って微笑みかけると、彼も何とも言えない笑顔を返してくれた。
「お姉さん……お姉さんか……いいね……」
「あんた笑顔がキモいってよく言われるんじゃない?」
「言われる……」
「そ、そんなことありませんよ!」
私がディエナの言葉を否定すると、彼女は悪戯っぽい顔で笑った。
私は支給された手帳を念のため開いて予定を確認した。「料理教室(未定)」としか記されていない状態で、なんだか不安になる。
「私もクロックさんと一緒で、午後は時間があります」
私が自分の予定を述べると、むくれたような顔をしていたバーサはコロリと喜色を浮かべて指を鳴らした。
「よし来た! それじゃあ、メアリさんとクロックでしばらく『義賊団』の活動を続けてくれ」
「了解……」
「はい、分かりま……って、えええ!?」
頷きかけた私は目を剥いて声を上げた。
「シー! ……あんまり騒ぐと見つかっちまうだろ?」
バーサは人差し指を口に当てて言った。私はしまった、と口を塞いだが、だからと言って納得したわけではない。
「義賊団って……私泥棒なんてできません!」
もちろん能力的にもだが、何より心情的に犯罪の片棒を担ぐなんてできるはずがない。するとバーサは口元に当てていた指を私の顔に近づけると、舌を鳴らしながら左右に振った。
「別に盗みに入れなんて言ってないだろ? 俺とディエナはともかく、クロックには盗みの経験はほとんど無いし、見るからにお嬢様のメアリさんだってないだろうし。もし捕まったら今度こそ三人まとめて即死刑だしな」
「で、では何を……?」
「メアリさんとクロックには、俺たちが活動するための基礎を組み立て直してほしい。とりわけ、まずは魔法道具を見つけて来て欲しいんだ」
「魔法、道具……ですか?」
バーサは頷くと、地面に木の枝で円を描いた。
「これくらいの大きさの玉だ」
それは私の手の平にも収まりそうな大きさで、バーサの手なら完全に見えないように持つこともできそうなものだった。
「簡単な説明をするぜ。この世界には魔法はいくつかの形で存在する。一つはメアリさんが使えるような『固有魔法』、二つ目は騎士団が使う転移装置や透明化みたいな『軍用魔法』。三つ目に、魔法道具を触媒に使って行使する『自然魔法』だ」
騎士団のポータルも透明化も実際に目にしたことはないが、どちらも『メアリ様』から聞いた話だった。どうやら彼女も自分の魔法以外の知識は乏しいらしく、なかなか面白いものだったと語っていた。
「固有魔法は人間や動物が持って生まれる天賦のものだ。メアリさんの場合はちょっと事情が違うが。次に、軍用魔法は国が莫大なカネを投入して無理矢理作り出した魔法だな。他には、城下の近くに来た魔獣を自動で攻撃する結界みたいなもんもある。これは大抵の町にあるが、ここのやつは特に強い」
「それはすごいですね、見てみたいです!」
「あれはなかなか壮観だぜ。まあ、魔獣なんて来ないのが一番なんだがな」
私は納得して頷いた。
「警察なんて出動しないのが一番いいことだ」と昔、お祖父様が言っていたのを思い出した。
「最後に自然魔法だが、これは宝石やら鉱物やら、あるいは植物なんかに自然と魔法の力が宿り、それを人間が拝借することで成立する魔法だ。必ずしも自然に宿る力じゃないが、大体はそれなもんで自然魔法って呼ばれてる。その鉱物やら植物やらが魔法道具になるってわけだ」
「なるほど……」
「よし、とりあえず次に進むぜ」
バーサは足で円を掻き消すと、今度は帆船の絵を描いた。
「俺たちはしばらく前まで、空飛ぶ舟に乗ってたんだ」
「ほうほう…………ん?」
聞き間違いかとも思ったが、彼が帆船の下に雲らしきものを描いたことからそうではなさそうなことが分かった。
「魔法道具で帆船を飛ばしてたんだ。俺が持ってた……というか資産家が現金の代わりに持ってたのをパクったんだが、そいつが物を浮遊させる力を持ってたから有効活用させてもらってた」
「ええ……そんなものが……」
「テラには魔法はないみたいだから信じられないのは分かる。まあ俺たちに言わせりゃ、『蚯蚓』をぶっ殺す魔法の方が信じられねえけどな」
すると彼は次に、トカゲに羽が生えたような可愛らしいイラストを描いた。
「可愛いですね。舟でペットでも飼ってたんですか?」
するとディエナが噴き出し、クロックもよそを向いてプルプルと震え始めた。
「え? ど、どうなさったんです?」
二人の顔を交互に見ているうちに、バーサが今にも泣きそうな顔をしていることに私は気付いた。
「ええっ!? もう一体何がどうなっているのやら……」
「ペット……ウフフ……ペットってあんた、ふふっ、言われてるわよ……ふふふふっ!」
「ええい笑うな笑うな‼ こいつは俺の愛する家をぶっ壊した仇敵だぞ‼」
私はそれを聞いてひどく驚いた。どう見ても彼のイラストは可愛らしいトカゲの絵だ。なんなら『ゆるキャラ』としてテレビに出ていても違和感がないくらいに可愛らしい。
「ペットって……ふふっ、そうね、確かに……超カワイイわね……!」
「そ、その……トカゲなら……僕が……お、お世話しても……いいよ……」
「やめろやめろォ‼ いいかお前ら、忘れたわけじゃねえだろ!? こいつは、航行中の舟から食糧を奪うために、俺たちに、攻撃を仕掛けてきた、にっくきドラゴンだろうが!?」
今度は私が噴き出した。彼の描いたつぶらな瞳のトカゲはどこからどう見ても、ドラゴンなどという格好良さげな生物の見た目ではなかった。
バーサはいよいよ涙目になって顔を赤く染め上げていた。
「ドラゴン……! そ、その子が……ドラゴン!」
「その子って呼ぶな! こいつは卑怯にも舟の真下から体当たりかましてきた愛しの舟の仇なんだぞ!」
「で、でもそれはどう見てもドラゴンでは……!」
「うるせぇ‼」
バーサは雄叫びを上げて『ドラゴン』と舟の絵を踏みにじった。
「はあ……はあ……。とにかくだ!」
彼は腕を組み、肩で目を拭って言った。もはや彼自身が「静かに」と言ったことなど忘れていそうだ。
「こいつの体当たりで舟が大破したんだ。俺たちは墜落する前に脱出できたが、舟は向こうに見える雪山に墜ちちまった。ドラゴンの行方も分からねえ」
バーサが指差す先には、建物の陰からちらりと見える白い尖がりが。
「その時に二つの魔法道具を失くしてな。一つは舟を飛ばしてたやつで、もう一つは更に一回り小さい玉だ。こっちは俺が戦闘用に使ってたもんなんだが、無いと色々不便でな。メアリさんたちにはこの二つを回収してほしいんだ」
「でも……あの山、結構遠いですよ? さすがに午後から行って次の日までに戻って来るのは……」
車かヘリコプターでも無理な話だろう。それに、問題はもう一つある。
「雪山ですから、その魔法道具も雪に埋もれてるでしょうし、私たちだけで見つけるのは……」
だが、バーサは意外にも余裕の表情だった。
「それについては、特に前者の心配はしなくていい」
「えっ?」
「簡単だ。すぐそこにお手軽旅行マシンがあるだろ?」
彼は訓練場の方を指差した。
「そう、ポータルを開けばいい」
バーサの顔は悪巧みをする盗人のそれそのものだった。




