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メイドと化したメアリさん

「あああぁぁっ‼ お似合いです、メアリさんっ‼」

「あの……ドロシーさん? これなら着替えくらい一人でもできたと思いますけど……」

「いえいえ! きっと! 私なしでは着られなかったと思いますっ‼」

「ええ……」


 私は侍女の制服に着替えていた。いや、着替えさせられていた。


『造りが複雑なので着付けが難しいんです!』


 などと言われて彼女の口車に乗ってしまったが、どうにも騙されたような気がしてならない。


 ――私と『荒野の義賊団』の面々に今後の処遇が言い渡されてから三日間、私たちは実質的にユウトリウスの食客としての待遇を受けていた。

 天蓋付きでキングサイズのベッドはさすがにうちにもなかったので、夜はどうにも落ち着かなかったが、それ以外は快適極まるところのものだった。


 そして今日、四日目の朝に彼らは騎士団の宿舎に移って行った。その後のことは今は分からない。

 一方の私はと言うと、今日から『侍女見習いの刑』が執行されることになっており、件の絆創膏の赤髪侍女――ドロシーにそのための基礎を教わっていた。

 その一環として制服の採寸と着付けがあったのだ。


 ミッドリア城に仕える侍女の制服はいわゆるメイド服……に見えなくもないようなものだった。スカートの裾が長くて、着慣れていない私には少し鬱陶しく思えた。


「ああメアリさん……素敵です……」

「あの……ドロシーさん。次に行きませんか?」

「あっ、そうでした。早くしないと私が怒られてしまいます!」


 ドロシーは一人で手を打つと、バタバタと先にメイク室から出て行った。


(最初の印象と違うなぁ……)


 私は数日前まで絆創膏を巻いていた指に視線を落とした。

 あんなにてきぱきとした手つきで絆創膏を巻いてくれた素敵な侍女と、目の前の慌ただしい先輩侍女ドロシーはまるで別人のようだった。


「あの人も別の人間がもう一人入っていたりして……」

「早く早く! 次はお食事を運ぶ時の作法をお教えしますよ!」

「はい、すみません!」


 多分ないな。私はなんとなく思った。


 ――

 ――――


「ふう……疲れた」


 午後に入ると私は自由時間になった。他の侍女たちがせかせかと掃除をしている横を同じ恰好で通るのは気が引けたので、私は早々に学生服に着替えてしまった。

 自分の荷物を仕舞っておく棚――ロッカーのようなものに鍵を掛ける。生体認証や暗証番号などはなく、極めてシンプルな施錠しか出来なかった。

 これではバーサが鏡を持ち出すのも簡単だったはずだろう。


 私はポケットにカッターと新しいハンカチがあるのを確認すると、そこに鍵も入れてメイク室を出た。


「城の出口は……っと」


 そしてそのまま城から出るべく歩き始めた。人と会う約束があったからだ。

 その途中、ドロシーが厨房にいるのを見つけた。夕食の仕込みかとも思ったが、今日は別の侍女がする予定だと先程聞いたばかりだった。


 彼女は私を見つけると顔を上気させながら駆け寄って来た。


「メアリさん、どうかしましたか? もしかしてこのドロシー先輩に会いに来たとか!」

「ち、違いますよ……。城から出ようと思って出口を探してたんです」

「なんだぁ……」


 そんなにあからさまにがっかりしたような顔をされると、私が悪いことをしたような気がしてしまう。

 私は慌てて彼女に訊いた。


「ドロシーさんは何をなさっていたんですか?」


 すると彼女は私の手を取って厨房に引きずり込んでそれを見せた。


「包丁の練習中です!」


 そこには何種類もの野菜と包丁、そして血を拭うための布と絆創膏も。


「どうしても手を切っちゃうので、いつも時間が空いたら練習してるんです」

「へぇ……」


 私は感嘆の声を漏らした。もし自分が彼女の立場だったら、苦手なことにここまで取り組めるだろうかと問うと、きっと諦めてしまうだろうという答えが返って来た。


「そういえば、メアリさんはお料理はできるんですか?」


 と、ドロシーは私に尋ねた。


「母から多少は教わっていますが、得意と言うほどではありませんね。それに、こちらの世界の食材や調味料には私が知らないものも多いですから」


 この世界にやって来てから数日、私は色々な食材や料理を見たが、その中にはお馴染みのものも聞いた事もないものもあった。

 例えば、林檎やオレンジ、キャベツなどはほぼ同じだったが、苺や大根はこちらには存在していないらしかった。加えて、とりわけ肉類は知らない動物のものも多くあった。大抵は鶏肉に近い食感と味だったが、中には豚と馬のハイブリッドといった風な未知の動物の肉もあった。


 そんなわけで、私がすぐに何か料理を作れる可能性はあまり高いとは言えなかった。

 するとドロシーは何枚も絆創膏を巻いた手を胸の前で合わせて言った。


「でしたら、私と一緒にお料理教室に出ませんか?」

「料理教室……ですか?」

「はい! 城下町に評判がいい教室があるらしいんですよ! なんでも、林檎の皮を剥けなかった方が一か月後にはレストランをオープンさせたほどだとか!」

「ええ……?」


 それはいくらなんでも眉唾物過ぎる話だ。が、彼女の碧い瞳で見つめられるとどうにも断りにくい。


「考えておきます……」

「是非とも前向きなお答え、お待ちしていますね」


 私はなんだか出入口が塞がれた迷路に押し込められているような気がした。なにより困るのが、彼女にその自覚が無さそうなところだ。


(ドロシーさんといると私が腹黒みたいに思えてくる……)


 そういう純粋さが罪になりうるとは、これまでの十六年ではあまり考えたこともなかった。

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