メアリさんと、山賊団への刑言い渡し
「なんと重い罰なのじゃ……心が痛むわい。じゃが茅ヶ崎メアリよ、きっとお主にとってこの罰は試練なのじゃ。これを乗り越えた時、お主は更生して立派な真人間になっておることじゃろう。ワシはそれを信じておるぞ。……以上じゃ」
そう言って彼は錫杖を鳴らした。
私は戸惑いの表情のままバーサの方を見る。彼は白い歯を見せて笑いながら、良かったな、と拳を握ってみせた。
「茅ヶ崎メアリ、お主はひとまず下がってよろしい」
「ええ……はい……」
私は言われるがまま、その場所を退いた。
すると柔らかい顔をしていたユウトリウスは態度を一変させて杖を突く。
「次に、『バーサの山賊団』の三人の処遇を言い渡す」
私は自分で顔を叩いて、気を引き締めた。本番はここからなのだ。
「初めに言っておくが、この場では貴様ら三人は『バーサの山賊団』という単一の存在と見做して事を進める、よいな。……それと、貴様らへの判決は尋常のものではない。覚悟するがよい」
「分かってるよ」
「バッキス、頼んだ」
ユウトリウスとバーサは互いに顔を見据えたままそう交わした。
私にはそれを、固唾を飲んで見守るほかにできることはなかった。
「バーサ……貴様の罪状はこの書に記し切れなかった」
「そりゃ凄い。いくつ?」
「千飛んで五十九。確定分だけでな」
「思ったより少ないな。半分くらい見落としてるんじゃないか、バッキス?」
バーサは飄々とした口調でかつての上官を詰った。彼のそういう言動を見ていると、一体どこからどこまでが本心なのか分からなくなってしまう。
「では判決を……言い渡す。主文。『バーサの山賊団』は以前より危険視されていた犯罪集団であり、そのやり口は極悪非道と表すのも生温いほどである。数年前よりその活動はほぼゼロとなっているが多くの国民は未だ不安を抱えたままである。…………陛下、一度、読み上げの中断をさせていただけませぬか」
スクロールの文字を追っていたバッキスはそれから視線を外すと、唐突に手を上げてそう言った。
「……よかろう」
「おいおい、どうしたんだバッキス? まさかこの期に及んでクソしたくなったなんて言うなよ。どうせならひと思いに終わらせてくれ」
ユウトリウスが許可をすると、その瞬間にバッキスはスクロールをマルキスに手渡して跪いたままのバーサへと近づいた。
そして体重を乗せた岩石のような拳でバーサの横っ面を殴りつけたのだった。
「がっ……!」
「バーサさん!」
ふらつく彼の胸倉を引き寄せ、バッキスは更に反対の頬を殴った。
侍女たちの中からいくつかの悲鳴が起こった。
「……久しいな、バーサ」
「こりゃあ……随分なご挨拶だこと」
みるみる赤みが差す頬をさすりながらバーサは口元を歪めた。
「何故裏切った」
「裏切った? それは違うね。俺は最初から山賊の倅だ。最初から……俺は、あんたらの仲間じゃなかったんだよ!」
「貴様……!」
「それに……あんたらは分かってない」
「何だと?」
バーサは片足を軸に絨毯を強く踏ん張る。そして右の拳を、手に爪が食い込むほど強く握り締めた。
「騎士団が俺にとってどんだけ神聖で清浄で、どんだけ俺にとって価値があるものだったかが分かってねぇってんだよ!!」
大きく振りかぶり、その太い腕が弧を描きながらバッキスの顔に殺到する。
「バーサ止めな!!」
ディエナが叫ぶ。
クロックも思わずそちらへ手を伸ばした。
私は思わず顔を背け、目を閉じた。しかしその後、バーサの拳がバッキスを打つ音を聞くことはなかった。
「ぬぅ……」
バッキスが唸る。
恐る恐る見ると、バーサの拳は彼の顔の産毛を掠めるような位置で震えながら止まっていた。
バーサは胸に大きく息を吸い込むと、その拳をゆっくりと離し、バッキスに見せつけるように解いて腰の後ろに置いた。
そして大きく息を吐き、言う。
「……それで、なんの話だっけ、騎士団長様?」
その態度は極めて飄々としたもので、私が知るいつもの彼のものだった。
「父上、もうおやめください」
マルキスが仲裁に入ろうとする。それはあまりにも自然なことだ。
「お前は黙ってろよ、お坊ちゃま?」
だが、バーサはそれを睨みつけて制した。
「俺はお前の親父と話してるんだ。なあ、バッキス?」
「ああ……下がっていろ。そして……お前には謝っておかねばならぬ」
「父上……?」
「この父は騎士失格である。この父は、あまりにも弱い……。ユウトリウス陛下の御前でこのような醜態を晒すとは、自分でも思ってもみなかったことだ」
皺が寄った威厳に満ちた顔つきの老騎士は、そう言って息子に詫びた。
よく通る声は変わらずだったが、その中には若干の困惑の色を感じた。恐らく、この場でバーサを前にして想像以上取り乱している自分に彼自身も驚いているのだろう。
「ディエナ、もうお前も黙ってろよ」
「……分かったわ」
「ああ、頼むぜ」
ディエナに笑いかけると、バーサはバッキスをしっかりと見据えた。
(早く止めなきゃ……!)
私はすがるような思いでユウトリウスを見上げた。もはやこの事態を収束させられるのは彼しかいなかった。
しかしユウトリウスはただ錫杖を手にしたまま黙ったままだ。
「貴様、千もの罪を抱える覚悟はできているか」
「できてないと思ったか、騎士団長様?」
「貴様のような腑抜けに覚悟などできるものか!」
「俺を誰だとお思いで? 俺はあの『大山賊バーサ』の息子だぞ……何を恐れることがあるってんだ‼」
「それ以上言うなっ‼」
バッキスの拳が振り上げられる。
(私がやるしか……!)
私はポケットの中にあるハンカチとカッターを握り、すぐさま手の平に刃を走らせる。その手で薄水色のハンカチに赤い血を染み込ませると私はそれをバッキスの腕目がけて放った。
ハンカチは放物線を描くことなく一直線に飛翔し、振り下ろされる拳と瞬き一つしないバーサの顔面との間に滑り込む。
「よしっ――」
狙い通り。正直なところ、私にとってこれは賭けだった。
だが私は賭けに勝ち、ハンカチは空中でぴたりと静止して素材である綿とポリエステルのそれを遥かに超える強度を持ってバッキスの拳を受け止めてくれた。
金属同士がぶつかるような衝突音。
そしてバッキスの目が見開かれる。
「むぅ、これは!?」
「メアリさん……そんなの無駄だろうぜ」
「やめてください! バッキスさん、落ち着いてください。ここはそんな場ではないはずです」
私は声の震えをなんとか抑えながら、努めて平静を装って呼びかけた。
それを聞いたバッキスの目から燃え盛る炎のような色が少し消える。
だが直後、私は再び骨を打つ音を聞いた。
「ぐおっ……!」
「――嘘でしょう!?」
バッキスの拳はハンカチの中心を破りながら殴り抜け、真っすぐにバーサの鼻っ柱を打ち据えたのだった。
切れ端となったハンカチが舞い落ちる。
「貴様は弱い……」
「た……確かに、俺にはこんな馬鹿力はないなぁ……」
「そうではない。肉体的なものではなく、私が持つ弱さと同じ類のものである」
バーサの鼻から血が滴る。暫時、唖然としていた私ははっとして残りの操作できるハンカチで彼の鼻に栓をする。
バッキスは落ちたハンカチを拾い集めながら言う。
「城から宝を盗んだ後……何故、私たちと共に来なかった?」
「何故……? そんなの、俺が生まれついての悪党だからさ。そんなゲロみてぇな奴が騎士団にいていいはずがない。他に何がある?」
「それ以上自分を貶めることを言うな」
全ての欠片を拾い終えると、ゆっくりと歩み寄り、バッキスはそれを私に手渡した
「申し訳ない。弁償はしっかりさせてもらう」
そしてマルキスの方へと身を翻し、バーサを背にしたまま言った。
「陛下はあんなものを盗まれて怒っておられるのではない。それは私も同じだ」
「何を……」
「お前の生まれなど関係ない。私たちはお前を『誰かの倅』と思って接したことなどなかったはずだ。お前はただ『お前』でしかない。父親が誰であろうとな」
バーサの体から力が抜けるのが分かった。
「…………団長」
その声にも、刺々しい色は浮かんでいなかった。
「お前はそれまでの罪を償って騎士団に戻るという道を選ばず、逃げた。それがお前の弱さ、腑抜けたる所以だ。私たちは……それが許せなかったのだ」
彼はスクロールをマルキスから取り戻し、その末尾に一文書き足してまたマルキスに渡した。
「父上、いかがなさいましたか……?」
「済まぬ、私は頭を冷やして来る。……そこにあるのは陛下のご意志。後はお前に任せた」
バッキスは玉座に一礼するとそのまま部屋を後にした。礼を受けたユウトリウスは頷き、何も言わずに見送った。きっと彼はこうなることを初めから承知していたのだろう。
その後、ユウトリウスはマルキスに向けて下知を発した。
「騎士団長代理マルキスよ、『バーサの山賊団』への判決を述べよ」
「は……はっ!」
マルキスは踵を合わせ、顔の前でスクロールを広げる。
「これは……。騎士団長バッキスの命により、主文は一部省略して述べさせていただきます」
「うむ」
「判決、『バーサの山賊団』は確定分で一〇五九の罪によって、死罪とする」
「そんな……」
今度は私の全身から力が抜けていくようだった。
分かっていたはずだが、私には言い渡された二文字があまりにも重く、視界を覆いつくす岩のように思えて仕方なかった。
「だが――」
マルキスの声が響いた。
「だが、これにも同様に国王から減刑の要請があった」
「……え?」
彼は更に続ける。
「被告からの通報によって他の犯罪組織を検挙した例も少なくなく、また山賊活動について再犯可能性が低いことを理由として『バーサの山賊団』への刑の執行を一時保留とし……無期の保護観察処分とする。……ですってぇ!?」
マルキスは自分が読み上げたその文章に驚き、声を上げた。
次に驚愕の言葉を発したのはバーサだ。
「な……何の冗談だよ……?」
「冗談などではない」
ユウトリウスは杖を打ち鳴らす。
「お前には極刑が言い渡された。これは変わりないのだ。ただ、その執行日を決めないだけじゃ」
「ばっ、馬鹿言うなよ! 一〇五九だぞ!? 殺しも放火もレイプも人身売買もいくつもある!」
「その内、お前自身が、自分の意志で為したものはいくつじゃ?」
「それは……」
「ワシの怒りはバッキスが言った通りじゃ。個人的には今すぐ杖で突き殺してやりたいわい」
そこでユウトリウスはゆっくりと階段を降り、バーサと同じ目線の高さで腰掛けた。
私は、その目の中に猛々しい怒りの色など微塵も見つけられなかった。
「なぜ自身が嫌々犯罪に手を染めておると誰にも言わんかったのじゃ。お前が誰であろうと、ワシや騎士団はお前の味方に付いたというのに」
「……俺は、何も考えたくなかったんだ。少なくとも神聖な騎士でいる間は、山賊団のことなんて考えたくなかった」
「そうか……」
ユウトリウスは階段を降り、バーサの前に杖の先を突き出した。
「保護観察中、『バーサの山賊団』は騎士団の指示の下、騎士団と同じ宿舎で生活をしてもらう。お前を入れておくような檻は持ち合わせておらん。さあ……帰って来るのじゃ」
「ユウトリウス……陛下……」
バーサは黙って杖の先を自分の左胸に当て、目を閉じた。
後からマルキスに聞いた話であるが、これは騎士が国王からの任命を受ける祭典で行われる儀式だったと言う。




