メアリさんへの刑言い渡し
応接室を出た私たちは、一旦それぞれ別の部屋に移された。
そこに待っていたのは数人の侍女たちだ。見ると、私に絆創膏を巻いてくれた赤髪の彼女の顔もあった。
「こちらをどうぞ」
そう言って一人が差し出したのは私が通う清澄女子高校の制服だった。
ゆうべ、鏡の中で『メアリ様』が着ていた時は血塗れになって汚れていたが、今目の前に返って来たのはクリーニングに出したように完璧な仕上がりのそれだった。染み一つなく、かと言って紺色が褪せているわけでもない。シャツには丁寧にのりまで付いているところを見るに、どうやらこちらの世界の洗濯技術は『テラ』のそれに負けず劣らずのものらしい。
「元より綺麗……。ありがとうございます」
自然と顔が緩んでしまう。
私はそれを受け取り、カーテンで仕切られた部屋の一角に入った。病衣のような服を脱いでいつものように着替える。
自然と入学式の日の朝のような気分になった。
やや膝上くらいの長さをしたスカートの折れまでチェックし、私はカーテンを開けた。
「この服、貸していただいてありがとうございました」
一応畳んだそれを例の侍女に手渡すと、彼女は溜息交じりに私を見て言った。
「素敵です……。とってもお似合いですね」
「え!? ええと……ありがとうございます」
私は顔が紅潮するのを感じた。制服姿を褒められたことなんてお母様に一度だけしかない。それこそ入学式の日に
「よく似合ってるわ、メアリ」
と言われたっきりだ。これも十分嬉しかったのだが、しかし彼女の言い方は明らかにそういう類ではない。形式的なものではなく、もっと……何と言うべきか、自然と口から出てしまったというような……。
……あんまり考えると熱が出そうだ。私は逃げるようにその部屋を後にすることにした。
「ふぅ……」
廊下に出た私は心を落ち着けようと息を吐いた。
そこにちょうど、ディエナが向かいの部屋から現れる。
「やっぱりあなたはそっちの方が似合うわね、メアリさん」
彼女の露出の多い踊り子然とした服もやはり新品のように洗濯されていた。
「ディエナさんこそ、お綺麗です」
「お世辞はいいわよ」
そんなつもりはなかったのだが、彼女はそう笑い飛ばしてしまった。
その時、バーサとクロックも部屋から出てきた。
「お前ら早いな」
「お待たせ……」
「いえ、私も今済んだところですから」
「みんな揃ったところで、行きましょうか」
私たちは頷き、先導役の衛兵に続いて螺旋階段を上った。
どうやら今度は手錠も腰縄もなくていいらしい。
「国王陛下! 『血塗れのメアリ』と『バーサの山賊団』をここに!」
衛兵の声の後、一拍置いて謁見の間に続く巨大な扉が開いた。
その奥に座すのは、冠を戴き錫杖を手にしたミッドリア王国の主だ。
私たちは彼の御前に進み出て跪く。
その瞬間、正午を告げる鐘の音が響き渡った。
「……では、はじめるとしようかのぅ」
私たちの運命を宣告するための会は厳かなその声によって始まったのだった。
「まずは……茅ヶ崎メアリ、お主の処遇を言い渡すぞ」
「はい、陛下」
私は応えた。心臓が高鳴る。
だが、私はきっと悪いようにはされないだろうと感じていた。
ユウトリウスは全面的にとは言えないが、私の話を聞き入れてくれた。理解も示してくれたと思っている。それになにより、私は彼のお望み通り魔法を成功させている。『メアリ様』の暴言の件は水に流してくれるだろうと高を括っていた。
だが――
「お主には二つの罪が付いておる」
「はい陛下……って、ええ!?」
彼はそう言ったのだった。
「二つって一体……私は何もしていませんっ!」
「お主はな。じゃが、『あやつ』は別じゃろう」
「そ、そんなぁ……」
私が甘かったのだ。一国の王に盾突いて簡単に許されるはずがなかった。
しかしその後の言葉を聞いて、やはり彼は分かってくれていたのだと私は考え直した。
「立場上こうせざるを得んのじゃ。すまん」
それは囁くような声だった。杖を口元に寄せて可能な限り小さく言ったのだ。
もちろん、私に聞こえるくらいの声だから皆聞こえているに違いない。しかし、彼はあくまでも自分の行動が「ポーズ」だと私に教えてくれていた。
「バッキス、罪状を」
「はっ」
名を呼ばれた騎士団長バッキスがスクロール状の書を取り出して朗々と読み上げ始める。
「茅ヶ崎メアリの罪状を言い渡す。一つ、国王ユウトリウスへの暴言、及び脅迫。一つ、栄誉ある『戦乙女』の勲章を貶めたこと。以上」
私は心中で『メアリ様』を激しく非難した。彼女が昨日突然怒り出したりしなければこんなことにはならなかったのだ。
バッキスは続ける。
「次に厳正なる審議の結果導き出された判決を言い渡す。主文、茅ヶ崎メアリはミッドリア王国の国民ですらないにも関わらず特例的に城へ招かれた。このことは国王ユウトリウスの恩情によるものであり、それだけで大変名誉なことである。しかしそれにも関わらず、茅ヶ崎メアリは国王に罵詈雑言を吐き、あまつさえ殺害予告とも取れる発言をした。そして同刻、茅ヶ崎メアリは『戦乙女』の勲章を受けており、前述の行動は『戦乙女』の勲章の品位を著しく損なわせるものであった。……本来であれば、ここで死罪を言い渡すべき罪であるが、この件については国王自らの要請があり、刑を減免するものとする。よって、茅ヶ崎メアリには『一か月の間、城で侍女見習いとして過ごす刑』を言い渡す」
バッキスは恐るべき肺活量をもって、そこまで息継ぎをせずに言い切った。
だがそんなことよりも驚いたのは刑の内容だった。ぽかんとしていたのは私だけでない。他に『義賊団』の三人、それにバッキスの息子であるマルキスもだ。
「へ、陛下! 失礼を承知で申し上げますが、……ど、どういうことなのでしょう!?」
マルキスは思わず、と声を上げた。私だってどういうことか分かっていないのだから、明らかに生真面目そうな彼がそう思うのは仕方のないことだ。こんな判決は明らかに法に則ったものではない。
しかしユウトリウスは私たちの困惑など気にも留めず、一人、何度も深く頷いていた。
「なんと重い罰なのじゃ……心が痛むわい。じゃが茅ヶ崎メアリよ、きっとお主にとってこの罰は試練なのじゃ。これを乗り越えた時、お主は更生して立派な真人間になっておることじゃろう。ワシはそれを信じておるぞ。……以上じゃ」




