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メアリさんと『義賊団』

「俺はそんな感じで若い頃を過ごした。昼はすぐそこで訓練して、夜は山に行って親父に機密を流した。お陰で親父は一度も騎士団に捕まらなかったんだ。当たり前だけどな」


 彼は懐かしそうに虚空を見つめた。


「あの頃は良かった……と言うか、楽だった。俺は訓練と多少の実戦に出るくらいで、情報漏洩以外に悪事は働いてなかったからな。山賊団にいた期間のうち、夜ぐっすり眠れたのはあの頃だけだ。とにかく気が楽だったんだ……」

「バーサ、あんた……もしかして今も?」


 ディエナが彼の横顔に訊いた。

 バーサは静かに頷く。


「今でも、ふとした瞬間に女子供が泣き喚く声が聞こえて来る。俺の鼓膜の内側からな。そして、農具を持って俺たちと戦おうとした男共を、親父が真っ二つに切り裂くのが瞼の裏に見えるのさ」

「幻聴と幻覚……」

「それに時々悪夢もな」


 バーサは目頭を親指で押さえた。


「……で、騎士団で楽しく過ごしてた俺だったが、ある日親父が俺に言ったんだ。『倅、俺は他の国に旅立つぞ。そこで俺は一から天下を取る。お前は最後の親孝行として、城の金目の物を出来るだけ盗って来い』ってな」

「他の国に……? ミッドリアを――自分の縄張りを捨てる、という事ですか?」

「ご名答。親父はとびきりイカれた男だった。一国で満足できなかったんだ。俺も含めて手下を全員残してミッドリアを出るって突然言い始めた。んで、その軍資金を用意するのは騎士団にいる俺の役目になった」


 例えば、これが企業の話ならそれほどのことではない。海外にもビジネスの腕を伸ばそうとするのは実にグローバルで時代に合った考え方だ。

 しかしここは私の世界――『テラ』ではない。それに、彼の父親は曲がりなりにも相当の権力者だった。その人物が、それまで守ってきたものの一切合切を捨てる、というのは並みの精神状態ではできない決断のはずだ。


「バーサさんたちを連れて別の国に縄張りを移すと言うならまだしも……全員ここに置いて、ですか……」

「こっちの縄張りは俺に任せるとも言いやがった。あの野郎、父親のくせして俺がもう山賊稼業に辟易してることなんて知りもしなかったんだ。でも、親父が国にいる間は逆らえなかった。血の繋がった子供でもミンチにして、火も入れずに食うような男だったからな」

「従ったんですか?」

「ああ、この城からありったけのお宝を盗み出して九割を親父に明け渡した。俺は完璧にこなした。目撃者はいないし、証拠は髪一本すら残さなかった。何食わぬ顔して第一発見者にでもなれば誰も俺を疑わなかっただろうな」

「でも……そうはしなかった――できなかったんですね?」


 彼は軽く目を閉じて肯定した。


「良心の呵責ってやつだ。悩みはしたが、俺は結局ユウトリウスに辞表を送った。宝を盗んだのはこの俺、『バーサの山賊団』の倅だぜってな。すると次の日には親父の似顔絵の横に俺の顔も並んでた。出来はそこそこだったが、俺のハンサムさがいまいち表現できてなかったかもな」


 自嘲気味に渇いた笑いを漏らし、バーサは続ける。


「それと同時に親父は国を出た。連れて行ったのは金とお袋だけだった。俺は当然騎士団には二度と戻れなくなったが、それでよかった。俺には野望があったからな」

「野望?」

「山賊団を解散することだ」


 彼の目に強い光が宿る。


「俺は手元に残したお宝と、天才的な話術を使って次々に団員を説得した。これを元手に堅気になれってな。説得に応じてくれる奴も思ったよりはいた。例えば、俺と同じように親父に反感を持ってた奴。それに、生まれが貧乏で仕方なく犯罪に手を染めてた奴。後は俺を個人的に信頼してくれた奴だ」

「でも、そんな人たちがすべてじゃないはずです」


 全員が全員、嫌々犯罪をしているわけではない。私にもそれくらいは分かる。


「その通り。反抗する奴も多かった……とういうかそれが過半数だった」

「その時はどうしたんですか……?」

「安心してくれ、殺したりはしてない。俺はどっちかと言うと盗み専門寄りだったからな、人を殺したことはない」


 私はそれを聞いて少しほっとした。

 しかし、


「そういう奴は拳で黙らせた」


 と彼は言った。

 私は素っ頓狂に外れた声を上げる。


「……えっ!? 全然穏便じゃないじゃないですか!」

「俺がいつ穏便に解決したなんて言った? 言っても分からねぇ奴は結局、ぶん殴って破門状突き付けないと出て行かねぇんだよ」


 私はなんとなく納得できない思いに駆られたが、彼がそう言うならばそうするしかなかったのだろうと無理矢理それを押し留めることにした。

 バーサは続ける。


「で、大体の奴を団から追い出した。その後堅気になった奴もいれば、独立して今も色々やってる奴もいる。俺が情報を掴んだらすぐに騎士団に手紙で通報してはいるけどな」

「……それで、その後は?」

「最後まで抜けなかったのは、昔から俺と一緒に盗みをやってたディエナだった。金をいくら積んでも出て行かねぇし、まさか女を殴って追放するわけにもいかねぇだろ? ……ああ、補足しておくと、こいつはお袋を除いたら唯一の女構成員だった。少なくとも俺の知る限りはな」

「紅一点ってやつよ。まあ決闘しても勝つのはあたしだったと思うけどね。こいつの生存本能が自然とあたしとの戦いを避けたのね」

「それについては、ノーコメントにしといてやる」


 そこまで言って、バーサはちらりと時計を見た。時刻は十一時半頃だった。


「まだ少しあるな……。せっかくだからそのあとのことも少し、話せることはここで話すとするか」

「お願いします」

「……そんなこんなで『バーサの山賊団』は終わった。残ったのは俺とディエナ。仕方ないからこいつは置いたままにすることに決めたんだ」

「あたしが残って嬉しいくせに」

「……なんなら日頃の感謝を込めて俺が手料理を振舞ってもいいんだぞ?」

「ああ、ごめんってば」


 ディエナはすぐに態度を改めて手を合わせた。彼の料理はどれほどのものなのだろうかと少しだけ好奇心が疼いた。


「まったく……。それで、山賊はやめにしたからチーム名を変えたんだ。『荒野の義賊団』にな」

「と言っても二人だけのチームだけど」

「二人……? クロックさんは?」

「この子は後から入ったのよ。いわゆる二期メンバー」


 私は意外の念に打たれた。彼らの互いへの信頼の深さは、たった二日しかともに過ごしていなくてもひしひしと感じられた。故に私は初めから三人で結成したチームだと思っていたのだ。


「チーム名を変えた旨をユウトリウス宛の手紙で伝えたんだが、どうやら手配書は前と変わってないらしい。残念なこった」

「その……『荒野の義賊団』になった後はどんな活動を?」


 すると彼は急に勢い付いて指を鳴らした。


「おっ、よくぞ訊いてくれた! いやそれはもう素晴らしく人道的な活動さ。ディエナ、教えてやってくれ」

「ええ? なんであたしに投げるのよ……。もうっ、仕方ないわね」


 突然バトンをディエナに渡したバーサは机に脚を乗せて腕を組んだ。その表情は凄まじく自慢げで自信に満ちたものだった。


「あたしたちの活動は読んで字のごとく義賊よ。色んな地域の貧しい人々に食糧や金品を恵んで回ってるの」

「……その金品の出所って、訊いても構わないことですかね……? 正直いい予感はしませんけれど……」

「お察しの通りよ。資産を貯め込んでる金持ちの家に盗みに入って拝借してるの」

「うんうん、我ながらやっぱり素晴らしい慈善活動だな!」

「要するに、世間的には普通に犯罪者よ」


 ……まあ、予想はついていた。『義賊』という言葉自体堅気を指さないのだから、当然の帰結と言える。

 しかしバーサはディエナに言う。


「いつも言ってるが、俺たちが犯罪者呼ばわりされる謂れはない。盗む相手は違法な方法で儲けてる奴だけだからな」

「法的には犯罪者なのよ」

「なら法律の方が悪いんだ。俺は一向に悪くない」

「まったくいつまでも子供みたいに……」


 肩をすくめて首を振ると、彼女は黒髪をかき上げた。


「それと、あたしたちはもう一つ別の活動をしてるの。それが魔獣災害に襲われた場所に行って、保護活動や生存者の捜索をすることよ。昨日もその途中だった」

「なるほど……そういうことだったんですね」


 私は彼らがどうして私を助けたのか、やっとその理由に辿り着いた。

 確かにこちらは一寸の隙もなく完璧な善行だろう。尊敬に値すると言ってもなんら過言ではない。実際、そのお陰で私も助かっているわけなのだから。


「これが俺たち『荒野の義賊団』が辿った経緯だ。残念なことに、俺の手配書にはまだ『山賊団』の首領としてかつてのメンバー全員分の罪状が書かれてるがな」

「……ぜ、全員分のですか?」

「ああ、そういう法律があってな。盗みは仕方ないとしても、親父がやった殺しまで俺が罪を被ってんだ。ひでぇ話だろう?」


 彼は軽い口調で言ったが、私は背筋に冷たいものを感じざるを得なかった。

 話を聞く限り彼の父親――先代バーサが殺したのは一人や二人では利かないはずだ。そんな状態でここにいる……つまり、騎士団に逮捕されているということは、裁判に掛けられれば十中八九死刑は免れられないに違いない。それどころか、ユウトリウスの一存で今すぐ首を刎ねられてもなんら不思議ではないのだ。


 私はその状態にあっても平常の精神状態でいられるバーサの神経を疑った。


「……っと、そろそろ時間だな。クロックの話もしてやりたいところだったが、これもまた色々複雑でな。また今度だ」


 時計の針はあと十分ほどで正午を指すといったところだった。


「残念……僕の……話も……メアリさんに……教えたかった……のに」

「お前の話は色々ヤバくておいそれと話せねぇんだよ、とにかく行くぞ」


 クロックのがっかりした顔がやけに印象的だった。


 正直、本当に訊きたかったことはまだ聞けていなかった。私が訊きたかったのは『荒野の義賊団』というグループのことではなく、もっと個人的なことだったのだが、今すぐにそんな気分にはなれそうにない。


(『また今度』……その機会があればいいんだけど)


 私も立ち上がって、部屋の扉に手を掛けたバーサの後を追った。

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