メアリさんと義賊団
「ミッドリア国王として、お主らの正式な処遇を決める。発表は正午から、再びこの謁見の間で行うとしよう。それまでは応接室で過ごすのじゃ。……ただし、警備は厳しいからのぅ」
ユウトリウスのその言葉によって、私たちは謁見の間や食事を摂った部屋より少し下の階層にある応接室に移された。私たち、というのはもちろん、私とバーサとディエナ、そしてクロックのことだ。
「あ~朝から疲れた~」
バーサはソファに腰を下ろしてテーブルに脚を乗せながら言った。
「こら、行儀悪いわよ」
「だって俺悪党だし~多少行儀手癖足癖悪くたってそれが普通だし~」
どうやらユウトリウスに悪党と呼ばれていたのが、余程気に食わなかったと見える。
彼を咎めるディエナは彼より少し年下に見えるにも関わらず、まるで二人は母親と反抗期の子供のようだった。
「まったく……」
部屋の中には私たち四人以外は誰もいない。広くはないが、応接室と言うだけあって見栄えのいい調度品が揃った部屋だ。ちょうどお父様の部屋がこんな雰囲気だったかもしれないな、と、ふと思った。
ディエナは私の向かいに座ると、目を細めて言った。
「さっきはありがとね」
「さっき……ですか? 私なにかしましたっけ……?」
私は今朝のことを思い出しながら尋ねた。色々緊張が解けて少し思考力が落ちているが、ディエナに感謝されるようなことはなかったように思う。
彼女は横に座った男を視線で指して言った。
「こいつ。水が掛かる前に止めてくれたじゃない?」
「あ……ああ、そのことですか。あれはたまたまって言うか狙ってやったんじゃないって言うか……」
私は指に巻いた絆創膏に視線を落としながらしどろもどろに言った。面と向かって感謝を告げられるというのは、いくつになっても照れ臭いものだ。
「あたしとしてはお湯でもぶっかけてやった方がいい薬になると思ったんだけどね」
「ふふっ、それは私も同感です」
「おいおい酷いな二人とも。まるで俺がいきなりお湯掛けられて当然の人間みたいに言いやがって」
「なんだ、よく分かってるじゃない」
どうやら二人も調子が戻ってきたようだった。私も思わず気が緩んで顔がほころんでしまう。
「そう……それと、昨日のこともお礼しなくちゃね」
ふと、ディエナが真剣な顔になって私を見据えた。
「助けてくれてありがとう。あなたは命の恩人よ」
「ああ……その件については俺も感謝しなくちゃな。本当に助かった、ありがとう」
二人が頭を下げるのに続いて、壁に掛かった絵画を眺めていたクロックも囁く。
「僕も……ありがとう……メアリ……様?」
私は慌てて三人にやめるように言う。
「さっきも言いましたけどそれは私じゃありませんから! 私が感謝されるのは筋違いですよ!」
「いや、もう少しだけ頭を下げさせてくれ。俺たちが『茅ヶ崎メアリ』に救われたのは事実だからな」
バーサの言葉が少し胸に痛かった。
彼らはどうやらてこでも動かなさそうだったので、私は私で対抗手段を取ることにした。
「じゃあ私も頭下げてますから。皆さんが顔を上げるまで動きませんよ。……昨日は、こちらこそありがとうございました。私を庇いながら戦っていなければきっと逃げられたはずなのに。命を救っていただいたのは私の方です」
私は心からの感謝を込めて頭を深く下げた。
私さえいなければ、彼らは『蚊』が現れる前に、自力でラルケーを脱出できたに違いない。しかし彼らは決して私を見捨てなかった。『蚯蚓』が出た後のことは仕方のないことだ。あの状況で死を覚悟しない者はいない。それこそ『彼女』のような悪魔でない限り。
そうして全員で頭を下げて黙っている時間が少し続いた。最初に顔を上げて周りの様子を窺ったのは――なんと私だった。
黙っていると死んでしまいそうに思っていたバーサすら、身動ぎひとつせず頭を深く深く下げたままだった。
私が動いた気配を気取ったのか、バーサが顔だけを上げていやらしく笑う。
「動いたな?」
「うっ……」
「よしお前ら! 俺たちの勝ちだぞ!」
そう言って彼はガッツポーズしながら立ち上がった。それを皮切りに二人も立ち上がってハイタッチや円陣なんか組んで喜びを分かち合っていた。
「イエーイ、イエイイエーイ‼」
「これであたしたちの感謝の方が深いって証明できたわね!」
「いえい……いえーい……?」
……なんだか妙に悔しくなってきた。
「ぐぬぬ……」
それが一段落したのは五分ほどしてからだった。異様に時間が引き延ばされて感じた。
「さて……ひとつ解決しておきたいことがあるんだが、いいか?」
バーサが座りながら私に言った。
「なんでしょう?」
「君の話、俺たちは当然信じることに決めた。なんたって命の恩人の言葉だからな」
「ほ、本当ですか!?」
信じられないような気分だった。何なら正気ですか、と問い質したいほどだった。
「そこでだ。君の中にはもう一人……『双界の主』から押しつけられたもう一人の『茅ヶ崎メアリ』がいるだろう?」
「ええ……今は眠っているのだと思います」
「あいつと君は別の人間だ。丸っきりな。どっちも見てる俺が言うんだから間違いない」
「それは……そうですね。彼女は私とは違います」
あんなに粗暴な人間には今まで出会ったことがない。あるとすればテレビの世界だけだ。
彼女と自分を同一人物と見做せという方が無理な話だ。
「そのあいつと君の呼び方を決めたいんだ。十把一絡げに『メアリ』と呼ぶわけにはいかないだろ?」
確かに、それもそうだ。どちらのことを指しているのか分からなければ不便だし、いつまでもあいつ、とか彼女、ではさすがに可哀想だろう。
「君は何か呼び方の希望あるかい?」
「あたしたちはその通りに呼ぶとするよ」
二人は優しげな声で言った。
……しかしそう言われてもなかなか思いつかない。あだ名なんて付けられたことはないし、両親にも名前でしか呼ばれていなかった。
「ううん……そうですね……」
「友達が使ってた呼び方とかあれば、それが馴染みやすいかもだな」
「友人……ですか」
葵さんの顔が頭をよぎった。彼女が私を揺さぶって起こす声も。
「メアリ……さん」
私は知らず、そう呟いていた。
「メアリさん……と、友人にはそう呼ばれていました」
「メアリさん、メアリさんか。じゃあそれでいこう。改めてよろしく、メアリさん」
バーサは右手をこちらに差し出した。握り返してみると、彼の傷だらけの手は驚くほど大きくて暖かかった。
そして彼の呼んだ名前がひどく懐かしく思え、油断すると涙まで出てきそうだった。
「はい……こちらこそ、バーサさん」
彼は微妙な表情で笑った。
次に口を開いたのはディエナだ。当然の流れとしてそれを口にした。
「じゃあ次はあの人の呼び方だけど……」
そこにクロックが近寄って来て言う。
「メアリ様は……メアリ様で……いいと思う……」
「メアリ様ね……確かにそれでいいかもしれないわね。ことあるごとにそう呼ばせようとしてたし、自分でも言ってたし」
私も同意見だった。彼女は明らかに『様』って感じだとずっと思っていた。
「俺も異存はないぜ。失礼な呼び方すると殺されそうだし。メアリさんはどうだ?」
「私もそれで構いません。そう呼んであげてください」
「よし、じゃあ決定だな。俺から言っときたいことは以上だ」
バーサは大きく頷くと、振り子を振って時を進めている大きな時計をちらりと見た。
「まだ十一時か……これからどうするかな。この部屋から出ようとでもすれば簀巻きにされるのがオチだしなぁ」
そこで私は一つ思いついて手を叩いた。
「では、今度は皆さんのことを私に教えてくださいませんか?」




