メアリ様と『血塗れのメアリ』
「ぅ……ぅもぅ……」
「……まっ、そんなわけだ。あいつらは何もしてない」
メアリは猿轡を噛まされたバーサを見て嘲笑した。
「ふむ……となるとやはり、報告通り勲章を与えるに値するのぅ」
ユウトリウスは白い顎髭を撫でてから錫杖で絨毯を打ってコツコツと鳴らした。
すると部屋の隅に立っていた女が小さな箱を持ってメアリの前に進み出る。
「それはわが国で最高級の武勲を得た女子にのみ与えられる『戦乙女』の証じゃ」
女が箱を開ける。そこには白金を主として金や宝石があしらわれた煌びやかなブローチが収められていた。
「ふぅん……。あんたの領土でもない場所で蟲を殺しただけでこんな高そうなもん貰っていいのかオレには分からねぇが……まあ貰えるもんは貰うぜ」
そう言ってメアリはひったくるようにブローチを取り出した。
そして彼女は制服に着けるでもなくポケットに仕舞い込む。
箱を持った女は少し顔をしかめた。それがメアリの粗暴な態度のせいか、あるいは血と死の匂いのためかは分からない。
笑顔のままそれを見ていたユウトリウスはそこで、思い出した、という風に手を打った。
「おおそうじゃそうじゃ、忘れるところじゃった」
「ああ? まだあんのかよ……腹減ったんだけど……」
「大したことはない、これが最後じゃ。わが国では勲章を受けた者には同時に称号を与えておる」
「なんだよ称号って」
「あだ名のようなものじゃ。お主を連れてきたバッキスは『輝けるバッキス』という称号を持っておる」
バッキスが一礼した。彼もまた最高級の勲章を賜ったうちの一人だった。
メアリは興味無さげにバッキスを見ると、すぐにユウトリウスへと向き直る。
「で? オレの称号はなんだよ」
彼女はローファーの爪先でカツカツと絨毯を踏み鳴らしながら訊いた。もはや彼女の頭にはこの上なく豪勢であることが予想される食事のことしかなかった。
「うむ、ワシの独断と偏見じゃが中々気に入っておる。お主の称号は……『血塗れのメアリ』じゃ」
それを聞いたメアリの顔色が変わる。
「は?」
ユウトリウスの前に三歩ほど歩み出て声を低く唸るように言う。
「おい爺、なんだその汚ぇ称号はよ? もっとエレガントッ! かつダイナミックッ‼ なもんが思いつかなかったのかよ。あんまり人を舐めてると殺すぞボケ野郎が」
場が静まり返る。まさか一国の王にそんな啖呵を切るとはバーサたちですら考えもしなかったことだ。先程メアリを怒鳴った若い騎士すらも呆然の顔で立ちすくんでいた。
「ほっほっほ……」
ユウトリウスはそう笑う。
そしてゆっくりと玉座に上がると、再び錫杖を打って老人のものとは思えないような、痺れるような威圧感を孕んだ声で命じた。
「悪党共の話を信じる気になったわ‼ その者を明日の朝まで牢に入れよ‼」
「なっ……」
その声量と自らに言い渡された内容に驚いたのはメアリだった。
瞬間、謁見の間に繋がる扉という扉から兵士が雪崩れ込み一瞬にしてメアリを包囲した。
「おいおいおい待てって! ほんの冗談だろ!? まさかオレだって無暗に人間殺すつもりなんてねぇよ‼」
「やれ!」
バッキスの号令を聞いた兵士が一斉にメアリに飛び掛かる。
「マジかよ、ったく予定狂うぜ!」
メアリはポケットからカッターナイフを取り出すと指先を傷つけてバーサのいる方へと向かって指を振った。
次の瞬間には槍の柄で手を叩かれてカッターナイフが絨毯の上に落ちる。
「痛っ! 抵抗しねぇからやめろって! あっ、てめぇらどこ触ってんだぶっ殺すぞ!」
怒号が飛び交い人が入り乱れる。これまで何度か檻に入ったこともあるバーサやディエナですら顔を引き攣らせるしかない惨状だった。
その動乱が収まると、そこには全身を簀巻きにされ、猿轡を噛まされたメアリが横たわっていた。
「ブローチも取り上げておくのじゃ、とりあえず明朝まではな。称号は気に入ったようじゃからそのままくれてやろう。さあ連れて行け!」
バッキスは哀れみの表情で制服からブローチを抜き取ると兵に命じた。
「行け」
数人が武器を置いてメアリを担ぎ上げると、『蚯蚓』のようにうねる彼女をそのまま城の下層にある独房へと運んで行った。
ユウトリウスは大きく息を吐いてから玉座に掛け直し、バーサを見下ろした。
「『人が変わったようだ。何かがおかしいから一日収監するべきだ』……と、そう言ったそうじゃな。……悪党の話じゃが、少し信じる気になった。貴様らが見たという『大人しいメアリ』の姿はワシには微塵も見えんかったからのぅ。それに、貴様らには嘘をつくメリットもなかろう。……バーサ、ワシは貴様がただただワシらを騙したいと考えるような男ではないと思っておる。どうじゃ」
近くの騎士が轡をずらすと、バーサはいかにも楽になった、と大袈裟にアピールしてから言う。
「ごもっともです、国王陛下。俺たちは先代と違って道理に反するようなことはしてない、本当だ。ここに来るまでに喋ったのも全部本当。ガチのマジさ」
「その言葉、偽りはないな?」
「ああ、少なくとも後半はな。あんたがネコババとか立ちションまで咎めるってんなら前半は嘘になるかもだが」
「人間の屑が……。じゃが、一度は信じてやろう。明日の朝、再びここに『血塗れのメアリ』を召喚する。貴様らも同席するがよい。その後どうするかは彼女から話を聞いた後に決めるとしよう」
「明日までは生かしておいてくれるってわけか。ありがたき幸せでございます、陛下」
「ふん……」
そしてユウトリウスは奥の部屋へ消える。その場に残った騎士と兵士が三人を立ち上がらせ、メアリと同じく牢へと連れて行く。
「行くぞ」
「はいはい――おおっと!」
バーサが躓く。
「おい、気を付けろ。お前が一生盗みを続けても買えないような絨毯だぞ。……というか、さっきの子もだが、お前ら汚れすぎだぞ。転んだりすると城が汚れるだろ」
「悪いね、疲れててさ。後でシャワーくらい浴びさせてくれよな。あと服の洗濯も頼む」
「調子のいい奴め……」
――フリをした。体勢を立て直すように見せながら、彼は巧妙に靴に書かれた血文字を拭い取ったのだった。
『髭面へ。夜の間に鏡をオレの牢に持って来い』
「なんだか……困ったことに巻き込まれちまった感じだ。なあディエナ?」
「そうね。あそこで死んだほうが楽だったかも」
「僕は……まだ死にたくは……ない……かな……」
小声で言いながら三人は長い螺旋階段を下りて行った。




