絶望発~希望行
夜空を見上げていたらふと、思い浮かんだので
文字に起こしてみました。
「この度は星空列車ご利用頂きありがとうございます。当列車は、幼年期・青年期・成人期・終点天国までの運航を予定しております。車窓からの美しい景色をお楽しみくださいませ。」
聞き慣れない声がした。おかしい。なんだここは。目の前に立っている車掌のような衣装を纏った少女は何者だ。いや、それよりも・・・なぜ俺は生きているんだ?
「その疑問、全てお答え致しましょう!失礼ではあることは承知ですが、お客様の心の声は私には聞こえておりますので!」と、少女は敬礼のようなポーズをして、得意気な顔で言い放った。
「えー、ここはどこか?との疑問ですが。見てお分かりになる通り、星空列車の車内でございます。まぁレールなどはなく、走っているのも空ではありますが。」
「そして私は何者か。ではでは簡単に自己紹介をしましょうか。私の名前はエストレージャ、気軽にエスとお呼びください。星空列車の車掌をさせて頂いております。年齢は・・・秘密です。忘れてしまいました。」
「それと・・・あ、なぜお客様が生きていらっしゃるのか。とのことでしたね。うーん、実は厳密に言えば生きてはいらっしゃらないのです。この説明は追々させて頂きますね。」
「そうだ!」と、ポンっと思いついたように俺の顔を覗き込む。
「お客様はこの直前に何をなされていたのか覚えていらっしゃいますか?」
もちろん覚えていた。俺は睡眠薬を大量に飲んだ。会社からも恋人からも捨てられた俺は、俺自身を捨てることにした。施錠されたアパートの1室で睡眠薬の過剰摂取により死んだ俺が腐り始めた頃ようやく見つかるはずだった。・・・まぁ、失敗に終わったようだが。
「いいえ滞りなく、キチンと成功しています。あなたはいま計画通り死にゆくところなのです。当列車はそのような死にゆく魂を天国へ送り届けることが目的で運航しております。両親の愛をいっぱいに注がれた幼年期、初めて愛する事を知った青年期、昏く辛い成人期、そして天ノ川を航り、終点天国にお送り致します。ですので、ごゆるりと車窓からの景色をお楽しみください。」
なるほど、天ノ川が三途の川で車掌からの景色が走馬灯ということか。苦笑が頬を弛ませた。そんな話を聞いている内に、暗闇だった窓の外が次第に明るくなってきた。
「まもなく、幼年期。幼年期。」
近所の自然豊かな公園だろうか。俺を挟んで若々しい両親がシートの上でおにぎりを頬張っている。なんでもないような事に思えたが、なぜか微笑ましい気持ちになった。そうか、と俺は気付く。久しく両親に会ってなかったな。母の無限の慈悲、父の強い背中。全てを忘れてしまっていたようだ。
「まもなく、青年期。青年期。」
あれは・・・何年も前に卒業した高校だろうか。黒く長い髪を1つに結んでいる恋人がぼんやりと見えだした。俺の一目惚れだった。ただ互いを愛し、想い合った。それだけで幸せだった。だがいつからだろうか。会うのも電話するのも面倒がるようになってしまったのは。そんな甘酸っぱいようなほろ苦いような思い出がこみ上げてきて自然と変な顔になっていた。
「まもなく、成人期、成人期。」
突然、景色が昏くなった。
そうかこの先にはもう絶望しかないのか。と、ひどく俺は悲観した。なぜこれまでの幸せを大事にしてこなかったのか。なぜこれから先の幸せを見出す事が出来なかったのか。悲しくて、悔しくて、情けなくて、どうしようもなく、涙が頬をつたった。止まらなかった。まるで雨のように列車の床に零れた。俺の心を反映しているのだろうか。窓の外もどしゃ降りの大雨だ。
「これはこれは。突然雨が降りだしてしまいましたね、お客様。これでは天ノ川を航ることは出来ません。やむを得ませんが引き返す事に致しましょう。」と、エスは優しく微笑んだ。
視界がグルグルと廻っている。嘔吐が止まらない。女の声がする。エスだろうか?と思い顔をあげるとそこには取り乱した様子の恋人が俺の手を握りしめ、救急隊員とおぼしき人物となにか会話をしているようだ。なんでも、会社から自宅へ無断欠勤の電話があったようで、何度掛けても電話の応答がない俺を心配に思った母親が恋人にアパートを訪ねるよう頼んだらしかった。
なんだ。捨てられた訳じゃなかったのか。
俺の人生捨てたモンじゃないかもしれないな。
そう思った俺は胃と頭が空っぽになるまで、全てを吐き出した。