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真夜中は殺人者  作者: 恋刀 皆
7/11

第7話「Come in Alone」

 んー…………、悩む。

この話しは非常に悩む。此処こそが、僕が最も殺人者たる理由だから。


ここを上手く打ち込められれば、それだけでこの創作には意味があると言える。


 父の死、母の認知症、ミユキさんの結婚、現危険ドラッグ話様々に、

前話の様に大雑把に伝える訳にも、小賢しく文字を長々と尽くしたくもない。

どうしたもんかな?


 僕には創作で行いたい事がまだまだ膨大にある。

人生に無駄は必要なものだと思うけれど、

一日も無駄にしたい日などないとも思う。


 僕は誰かに説教ができる程、知識も経験もないし、そんなキャラでもない。

だけれど、僕の体験してきた事が、たった、……たった一人だけでいいから、

「読めて良かったな」や「心が軽くなった」など、思っていただけたなら、

僕の創作冥利に尽きる。


 まずは、……そうだな、結婚のできない三十代を超える、

アダルトチルドレンが七十代の両親と暮らす難しさから踏み込んでみようか……。


………………

…………

……


 僕は、僕の考えにより、結果的に父親の葬式に出なかった。

おそらく一番の理由は、僕自身が、僕の一切の葬式をして欲しくないという、

主張をしたいからだ。


父に対しての罪悪感が全く無い訳ではないが、後悔はほとんどしていない。


 父と母と僕との暮らし、それは、無上の喜びでもあり、

時に終りがみえないかの様な苦業を生み出した。


 僕の生活は三十代になっても滅茶苦茶で、

規則正しい生活を送る事ができなかった。


 父は、「健康で長生きしたい」とは言うものの、

膵臓がん等々、糖尿病、アルコール依存症と健康的な生活とは程遠かった。


 母は、足を悪くし、医師から歩かせる様に散々言われたが、

もう母自身に気力が無い事がありありと伝わり、ほぼ一日寝たきりで、

次第に認知症まで発症してゆく事になる。


 親子の関係なんてものは、千差万別なので、

正答なんてものは存在しないだろうが、

もしも子供の側に、自立できるだけの気力体力が備わっているのなら、




親は見捨ててもいい、それでいいと僕は思っている。




僕がもしも親の立場であれば、その選択が嬉しいから…………。苦しいけどね。


………………

…………

……


 けれど、僕は両親に寄生してゆく程度の気力体力しか維持できなかった。

昼頃に起きて、父をプールに自動車で送迎する。

夕方には父とスーパーへ買い物に行き、料理の食材を調達する。

帰宅して、父と母と僕、その日その日のローテーションで、

料理を作る人の順番を決める。

夜は夜で、母はよく銭湯に行きたがったから、そこも僕が送迎を行う。

自分の時間は大体深夜になるので、眠る時間も自然と早朝になってしまう。


 そして、また昼が来る、この繰り返しだった。


 父とプールの帰りに、いつも変わらない同じ話しをしつつ、

車で渡る大きな橋から見えるキラキラとした川面の美しさを眺めたのは、

今も色褪せずに記憶に残っているし、


 母が銭湯から上がってくるのを待ち、

深夜に差し掛かろうとする狭い道路を、ゆっくりと気を付けながら、

そろそろと車で、母を黙って送迎するのも、妙な満足感があって好きだった。


でも、親子はぶつかる事もある。それはきっと避けられない。


 父も母も僕も、根に持つタイプではなかったから、

喧嘩しても次の日にはいつも通りの事が多かったが、

親子だからこそ我慢のできない喧嘩がある。


 しかし――、


いつまでも同じまんまじゃいられない――、


変化のきっかけは――、


今で言う――、


「危険ドラッグ」を僕がやり始めた事で起きた――、


………………

…………

……


 ここからは、僕、早水 心也という人間の、

極めて個人的で、かつ偏見に満ちた推察に過ぎません。

僕が嘘を吐こうが吐くまいが、

それを読解し、人生の中で忘却するのも、参考にするのも、

あなた様のご自由に。




 ですが、僕は、ドラグというものを、

極力、肯定も否定もするつもりはありません。




 まず、現代の日本のドラッグ対策は、非常に稚拙なものだと考えています。

ドラッグというものは、合法でも違法でも、使い方次第、

使う人間の心根次第で善にも悪にもくるりとまわります。


ドラッグは、人の進化、あるいは滅亡に、大きく関わる分野だとも思います。


 合法か違法かなんてものは、

その国々における、その時代の流れにしか過ぎません。

海外の大麻合法化の流れが、最近の顕著な例ですね。


 危険ドラッグにしたって、

以前は、合法・・ドラッグ、

あるいは脱法ドラッグなんて言葉がいたちごっこをしていましたが、

見る側によって見方が変わる、そんな曖昧な代物だった。


 僕自身現状の判断として、危険ドラッグは、その秘めた危険性を、

国民に問う為に行われた施策、

そして危険ドラッグという言葉に収束させる為の、

予定調和だったのだと判断しています。


「こんな物質ものが規制もされずに、世の中へ合法的・・・に存在しているんだよ?」


 そう一人でも多くの人々に、是非を問う為の。

いや……、是非など問う気も、国は無かったかもしれない。

こんなものが合法・・として存在してしまったら、

日本国は崩壊する、そんな危惧をする大人がいてくれたのだろう。


 しかし、国は注意喚起をしても、具体的に何が危険なのか教えてはくれない、

それもそのはず、正義も悪も同じコインの表と裏に過ぎない事を、

わざわざ政府が事細かに伝えられるはずもないし、

その措置は、とりあえず現代においては、どちらかと言えば正しいと思う。


 つまり、危険ドラッグというものが出回ったのは、

社会における「実験」だったのだろう。

だから、初めの頃は購入も使用も罪に問われなかった。

邪推すれば、その頃は国民は被害者だったと考えたっていい。

かといって、危険ドラッグと呼称される事になった今、

僕は、日本国の施策を信じたいと思える、ひとつの要因となっている。

危険ドラッグに一切関わらなかった、賢明な国民の皆様には、

危険ドラッグについては、ほとんど理解もできないでしょうが、




危険ドラッグは、2018年現在では、

本当・・危険・・なものになってしまったから。




………………

…………

……




 政府や警察が詳細に言えない事を打ち込んでこそ、

この創作には意味が出てくる。




 神様自体は、人に何も禁止などされてはいないと思っている。

自由というものと責任というものは、抱き合わせだ。

責任が、自由というものに制限を設ける事で、社会秩序は成り立っている。


 例えば、人一人の命を殺めても、人間が何の責任も感じないのであれば、

殺人は合法であるだろうし、人間が絶滅していたって可笑しくない。


 僕個人の力で、全ての薬物の感想なんて打ち込めるはずもないから、

所詮個人の体験談という域から出る事などできないが、

無数に存在し続けてゆく薬物の中で、

こんなものがあるという程度の独り言でも呟きたいと思う。


 僕が、最も振り回された薬物の傾向は、

端的に表現すると、

性的興奮が増進し、例えば自慰行為が何時間経っても、

数日経ってもやめられないという作用のある薬物だった。


 僕は、幼稚園でのぼり棒による自慰行為を体験してから、

およそ二十歳の頃までで、

男性器による自慰行為に、こんな思いを抱く様になっていた、


「何故……、こんな事がやめられないのだろう……」と。


二十歳を超えて、三十代を迎えても、

勃起力は顕著に衰えたが、自慰行為はし続けた。

射精を終えて、急速に性欲が減退する、

いわゆる「賢者タイム」というスラングを嫌という程覚えても、

性欲、性依存症を克服する事ができなかった。


 そして、三十代前半に、その頃の、




脱法ハーブやアロマリキッド、パウダーに出会う。




………………

…………

……




 その個人個人で、

ハーブが好きだという人もいれば、

アロマリキッドが良いという人もいるし、パウダーが好みの人もいる。

使い方は、薬物を手に入れられる人物であれば、

ネットでいくらでも調べられるので、問題は、効果効能になる。




 「危険ドラッグ」という言葉が無い頃、

僕がドラッグに求めたものは、肉体へのエロスによる快楽だった。


 体験してみない事には、にわかには信じてもらえないかもしれないが、

その品々の化学物質によっては、男性器が勃起しないまま快楽を与えられ、

数日間、

何も食べずにひたすら男性器で自慰行為をし続けられるというものまであった。


 僕は女性を知らない童貞だが、簡単に比較できるくらい、

間違いなく素面でするセックスより、

ドラッグによる自慰行為の方が快楽としてだけなら勝っていると断言できる。


こんな表現をすると、「やってみたい」と興味を持つお方もいるかもしれないが、

現在は絶対におススメしない。


 まだ合法ドラッグと呼ばれている頃は、

ドラッグの品質もある程度保たれていて、なにより逮捕されなかったが、

2018年現在では、詐欺が多いし、当たりをひけても、

効果効能は最盛期の頃に比べて、非常に薄い。

ダークウェブやディープウェブをある程度使いこなせるお方なら、

それなりのものが手に入るのかもしれないが、

そこまで潜ってしまうと、国家権力が確実に動く。


 国家権力というものは、抜けた仕事をし続けている様に見せかけているが、

本当に目を付けられたら、相当太い人脈のパイプでもない限り、

一個人では、まず確実にアウト、逮捕御用となる。


 あなた様にお仕事があって、起訴されようものなら、

あなた様の人生は確実に転がり落ちてゆく事になる。

少しの判断力があれば、このハイリスクローリターンの仕組みで、

陽のあたる道へ引き返していただける事でしょう。

非常に残念ですが、ドラッグに魅了されてしまえば、

そのお耳には、何も聞こえなくなってしまうのでしょうが。


 そんなあなた様に心よりの忠告をさせていただけるのであれば、

「ドラッグをやる!」そう決断した時点で、

警察や麻取にマークされていると考えて動くべき、

逮捕に来られたら、言い訳や逃走は止めておいた方がいい。

大きな組織に所属しているのなら、この限りではないけれど、

罪を罪と受け入れて行い、また裁きも受け入れられる覚悟があるのならば、

日本国は、それ程悪い国ではない。


 ドラッグをやめられない人の根幹のひとつは、

このせかいに、何の生き甲斐も見出せない事が、ひとつあると思う。


 僕にしたって、政府管理下、人類の発展や貢献の名のもとに、

治験としてドラッグを合法的に行える環境があれば、

例えどれ程寿命が縮まろうとも、ドラッグに溺れていたい欲求はある。


 人間に全く克服する力が備わっていないとは思わないが、

薬物を使えば人間性や性格というものさえ捻じ曲げ、変質させる事さえ容易だ。


 人間にとって厄介な思考は、

「私は間違っていない」という自信と、

「私は何をやってもダメだ」そう思い込む事があると思う。

けれど、ドラッグをどれだけ使ってもいいという条件下であれば、

寿命は確実に縮まるだろうが、人間の意志や感情というものが、

どれだけ脆弱であり、

せかいは単なる己という一偏見の勘違い次第なのだと分かる。

かといえ、人間にはドラッグを凌駕し得る領域が存在している事も、

僕は信じてもいる。


 ドラッグは、国や宗教、価値観というものに疑問を持たせ、

個人が、自分で考えた人生を送れる様にする一面も持つ。

何事も表裏一体、


「あなたはあなたを正しいと思っているだろう?

だけど、僕から見れば、僕もまた正しいんだ」


 結局最後は数の暴力さ、

は、まだ……ね?


………………

…………

……


 両親と生活していた頃はまだ、

危険ドラッグは、合法ドラッグ、あるいは脱法ドラッグと呼ばれていたし、

僕自身も知識を蓄えようとしていなかったので、振り回されるばかりだった。


でもね? 「脱法」とは「合法」という意味なんだよ。


 少なくとも、

日本の国家権力や大企業や一部の宗教団体等々のニュースに触れると、

そう開き直っている様にしか、悲しいけれど見えない事がある。


 ドラッグをやっている事は、その頃両親にも伝えたが、

はっきりと「やめなさい」とは言われなかった。


しかし、確実に僕の生活は荒れてゆき、精神状態もますます悪くなっていった。


同時進行で両親も、それぞれに抱えた病気が進行してゆく。


今思えば、その頃は軽い地獄絵図だ。


 僕はドラッグの副作用で、

肉体的にも精神的にも確実に異常な疲弊をしていったし、


 父はがんやアルコール依存で、気付くとベッドから落ちて、

意識を失い、救急車を呼ぶ事が何度かあった。


 母は母で、深夜おトイレに間に合わず、

床一面に便が広がっている事もあった。


 文章にしてみれば数行だが、僕に掛かっていた重圧は、僕には大きかった。


「親の老後は、子供が見るもの」という、おそらく一般的・・・な考え方。


 ドラッグに溺れてはいたものの、それは現実逃避だと思ってはいた、

しかし僕は、きちんとした会社に勤めて、病気の両親の面倒も優しく行い、

いつも穏やかでいられる様な人物になる様に、

実態のない社会・・から一般論にして責められるという、

被害妄想を抱いて毎日を過ごす内に、




心が、本格的に壊れてしまった。




………………

………… 

……




 そして、僕は、僕の命の責任という所在を探し求めた。

けれど、そんな責任ものは、時代によって移り変わるものでしかないだろう。

それがもしも普遍性を持つとしたら、子供を持つ全ての親に問いたい。




 もしも、子供に、「じゃあ産むな」、そう宣告されたら、

あなた様はどの様なお言葉で、その子供に向き合える?

子供に、命を懸ける覚悟で、そう言われてしまったら、

日本国の理想教育においては、この言葉は、子供から親に対する全ての問題の、

ある意味ひとつの「王手」となりうる。


でも、子供の側だって分かってる、こんな手は「禁じ手」だって事は、

親子という関係にすらひびを入れるものだって事は、

親がどれ程、行動や言葉を尽くそうが、子供から、


「だったら、産んでくれなくて良かったよ」そう言われてしまったら、

僕の思う親というものの在り方が正しいのであれば、

もう、その親達には、子供に対して、何もしてやれる事が無い。


 僕はそんな凶器を、狂気の中、両親に向けて言い放った。


「じゃあ産むな、殺せ」と。


僕はご近所にも響き渡る声音で叫び続けた。


「殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!!」


父は、僕の言葉に反応し、台所から出刃包丁を持ち出した。僕は叫び続ける、


「殺せ!!!! 殺せ!!!! 殺せ!!!!」


父は、僕の腹に出刃包丁を当てた、僕ももう避ける気はなかった――、


家族の絆そのものを踏み躙ったのだから……、




しかし、




包丁は僕の腹部を貫かず、静かに引き戻された。


冷静だったのだ、父は。




僕がこれまで両親にしてもらった、

全てを否定されても、なお……。




………………

…………

……




 あと、今回の話で語っておきたいのは、

僕の一番の女友達である、ミユキさんのお話。




 実際、ミユキさんと遊んだり、お話したりしたのは、

おそらく指十本あれば足りる程度だけれど、

彼女がどれだけ、

「友だち」というものを大切に想っているかのエピソードを思い出したい。


 その頃まだミユキさんも僕も二十歳前後で、

車でドライヴをしていた。

会話が盛り上がってゆく中で、ミユキさんが、


「私達は、親友だからね」そう告げた。


 しかし、当時の僕は、「親友」という価値観を、

僕なりに重んじていて、実際にミドーに対してさえ、

親友と呼んだ事は一度もなかった。

だから、ミユキさんの発言にも、はっきりとは答えず、曖昧に濁した。

僕はこうも想っていたから、


「親友なんて言葉を、軽々しく使ってほしくない」と。


 多分それは小中時代、イジメを受けていると被害者ヅラしていた中で、

信頼と裏切りを、何度も繰り返してきた事から、そうなってしまったのだろう。


 それに、幼い頃、ミドーに、

「心也は親友と好きな女、どっちを選ぶ?」とまっすぐに尋ねられ、

ミドーははっきりと、「俺は友だちを選ぶ」と言い切られてしまい、

僕は、「俺は好きな女を選ぶ」と、

ミドーの様にはっきりとは言い返せなかった思い出が、

僕と「親友」という言葉を遠くした。

だから、僕には一番のダチはいても、「親友」はいない。


 ミユキさんは、出会ってから、他県にある僕の実家にまで遊びに来てくれたり、

僕もミユキさんの実家へお世話になったり、大きなイベントに一緒に行ったり、

遊びに行った回数自体は少ないものの、要所要所、僕を支えてくれていた。

それでも、僕はミユキさんを「親友」と呼ぶ事はなかった。

異性と純粋な友情が結べるものか、疑問にも思ってたし……。


 そして、二十五歳頃から、三十代前半まで、

ミユキさんとの連絡は、年賀状以外意識的に断っていたのだけれど、

ある一報が、僕の運命を大きく揺らした、




「心也くん、私結婚するんだ。結婚式でドラム演奏してくれないかな?」




 その言葉で、最初に覚えた感情は否定的なものだった。

もうすでに僕の日常はグチャグチャになっていて、

とてもミユキさんや大勢の人達の面前に出られる自信がなかったし、

ドラムだって、ミドーとマッツンと別れてから、ほぼ全く触っていない。

女性にとって、最も輝かしい舞台に出席するには、あまりに僕は落ちぶれていた。


 しかし……、


しかしだ――、


僕には、ミユキさんがあの深夜のドライヴで口にした、


「私達は、親友だからね」


その言葉の証拠を示そうとしてくれているという事に思い至り、


この想いに応えなければ、

もうミユキさんを友だちとさえ呼べなくなる気がしたから、

この誠実な女性に対して、できる限りは尽くそうと思った。


 結果的に僕は、ミユキさんの本当の信頼にまでは、応える事はできなかった。

しかし、彼女のウェディングドレスを拝見できた事は、

本当に良かったと思っている。


 フクさんと母親以外で、

僕が女神と崇める、三人目の女性がミユキさんだ。




 そして、ミユキさんの結婚式を終え、

僕と命のやりとりを終えて少ししてから、

僕の父…………、




早水はやみ みのるは、心不全で亡くなった。




 父が最後に、僕に振る舞ってくれた料理は「他人丼」で、

僕ら親子の縁は切れてしまったのかもしれないが、

父が僕にしてくれた、たくさんの事を想い集めれば、

「愛されていなかった」なんて、生まれ変わっても言えない。

きっと僕は、これから一生を懸けても、父の背中を追い続けるだけだけれど、


 この想いを経て、僕はもう極力、

身内にさえ関わるのをよそうと決めた。

警察は父の死に事件性を見出さなかったが、

僕自身は、


今でも僕が父を殺したと思っている。








これが、真夜中は殺人者である最大の理由。



とおくからだれかがぼくをよんでいる

「ひとりできて」と

でもごめんね ぼくはすべてなんです

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