デザートを頼もうか?
-ヒック 過去-
屋敷の火事から、3年の月日が流れた。
ロランは、執事長として若いメイド志願者達の教育や、屋敷の仕事に追われながらも、奴隷として、この屋敷に居た頃より充実した生活を送っていた。
しかしロランの心には、黒いモヤのような物が漂っている。
あの黒い髪の毛が、丸く円を描きながら同じところを漂っている様に。。。
それは日ごと、大きな円となってロランを覆って行く。
あれからロランは、髪が伸びなくなった。爪もだ。手入れする事はない。それに肌や体力にも衰えを感じない。3年程ではあまり変わらないのかもしれないが…。
今、ロランは21才。しかし18才のまま年数だけが過ぎ去っているという自覚が、何故かロランにはある。
前に1度、髪を短く切ってみたのだが、次の日には、元の長さに戻っていた事があった。
(あの日、あの女は俺に何をしたのか、、、
あれ以来、あの女は、俺の前に現れない。
そして、この首のペンダント…)
この日は、何故かそんな事を、ぼんやりと考えていた。
「ロラン!この書類に印を押してくれ!」
ノックも無しに、慌ただしく部屋へ入って来たのはジュードだ。。。
「ノック...」
ロランは、わざと嫌味な顔をしてジュードを見た。
「あ、悪りぃ...」
へへへっ。と、頭を掻きながら笑っているジュードも、今は奴隷ではなく、執事として働いている。
「てかコレだよ!この書類!見てくれ!!こんなに沢山あるのに誰も手伝ってくれねぇんだよ!!印を押すのはお前だから良いんだけど、サインと内容の確認は、ジュード様がしてくださいね。って下の奴らが言うもんだからよ!めっちゃくちゃ大変だったんだぜ!何も考えず与えられた仕事だけしてた奴隷時代が懐かしいぜ...あ、別に奴隷に戻りてぇわけじゃねぇけど、、、よ、、って!聞いてるか?!人の話?!」
ロランは正直、聞いていなかった。まぁいつもの事だ。
ロランは
「わかった」
と言いながら、書類に目を通して印を押す。。。
「ロラン、あの日からお前、、、」
ロランは、心臓が痙攣を起こすような気がした。まさか歳を取って無いことを、感ずかれたのではないか?。
だがすぐに、そんな訳は無い。と思う。
ジュードは続けた。
「変わらねぇよな。中身も、外見も。。。」
中身の事は分からないが「外見も」と、言われた事に狼狽してしまったロランは、手元が狂って、印を、机の横に落としてしまった。
「おっ!大丈夫か?俺が取ってやるよ」
ジュードが、机の横にしゃがんで、印を拾って手渡してくれた。
ジュードとヒックは、同じ年齢だ。
手が触れた瞬間、肌質の違いに気づく。
やってる仕事のせいもあるだろうが、ジュードの手はやはり少しザラついている。
それに意識をとられ、ロランは、ジュードの手を握りっぱなしになってしまった。それに何故、そんな事を突然言ったのか、不思議に思っていた。
「お、おい、、、ロ、ロラン…?」
ロランは、ジュードに話しかけられて我に返り、ジュードから手を離すと、何事も無かったかのように、仕事に戻る。
「ロラン、大丈夫か?今日なんだか変だぞ?」
ジュードの頬は、何故か少し赤らんでいた。
「あ、あぁ。少し気分が良くない。早めに休もうかな。」
そう言ってロランは、執事長の椅子の背にもたれ掛かる。
「書類は明日でもいいからよ」
そう言ってジュードは、手をさすりながら部屋を出て行く。
ロランは、そのまま窓から空を見た。青かった。快晴で、雲1つ無い。そして胸のペンダントに、手を当てて目を瞑る。
そのまま意識を失った。
夢だろうか。
あの白い空間にまたロランは、ただ1人存在する。
身体が、宙にフワフワと浮いている感覚があり、あの時とは少し違う様子だった。
ヒックは
(ああ…これは夢だろう)
と思い、呆けていたが、あの女の事を思い出して、少しバタバタと手足を動かしてみるも、浮いてる感覚の中、移動するのは困難だ。
しかしロランは、辺りを見回し、考え、落ち着く。
あの女は、何処にも居ない。これは夢だ。
そう思って、のんびりする事にした瞬間だった。
突然、身体が下へ落ちて行く感覚に襲われる。
ロランは、また慌てて手足を振りながら抵抗したが、手足がとても重い。
不思議に思ったロランは、自分の手足や身体を確認する。
両手、両足、そして胴体、首に、鎖が絡み付いていた。
何も無い真っ白い空間の見えない先まで、その鎖は続いており、ロランの全身へと纒わり付く。
ロランは、何故か、それをとても恐ろしく感じて恐怖した。
ロランは、手足を振って自由を確かめるが、鎖は巻き付く強さを増す。それはロランの首や胴体、手足を締め付け、自分が千切れそうになる感覚を覚える。
ロランは、息が出来ず、手足は猛烈に痛い。動く事も難しく苦しめられていたが。その時である。真っ白い空から、鎖と同じ太さくらいの、黒い槍の様なものが、無数に降って来る。ロランに絡む鎖を貫いて破壊する。
破壊された鎖は、針を刺された風船の様に弾け飛び消滅していく。しかし、その刹那、鎖の中から黒い液体が弾け飛び、ロランを黒く染める。
ロランは、鎖の苦しみから解放されたものの、今度はベタベタとする、謎の黒い液体の気持ち悪さに苦しめられていた。
そして鎖を破壊した、黒い槍の様なものは、空へと帰って行く。
ロランは、気持ち悪さと、宙に浮いている感覚の中、黒い槍が来た方向を見る。
そこには、あの黒髪の女が、笑みを浮かべていた。
「…良かったわ…ヒック…」
ロランは、息が止まりそうになる。そして女は、髪の毛の束を何本も、鋭い槍のような形に変えていたのを元に戻した。
「私の坊やに、手出しはさせない…」
女が、そう呟いたと思ったら、ロランは執事長室の椅子から転げ落ちて、目が覚めた。
「い、痛ぇ...ったく、なんなんだ...よ…」
(夢か…よ。驚かせやがって!…ふぅ…)
転げ落ちたが起きる元気は無く、ロランは、そのまま床に寝転び、窓から空を見た。日は沈み、夜空には、満月が輝いていた。
「綺麗だな…」
そう呟くロランの胸には、青い宝石のペンダントがあり。
それを月の光が、淡く光らせてる。
「どんな夢見てんだ俺は…」
とロランは、1人で笑った。
一息つくとロランは起き上がり、喉が渇いたので、水でも飲もうと窓辺の水瓶置き場の方へと近づいた…。
その時だ。
突然、部屋が月明かりも無くなるほどに、暗くなる。
咄嗟にロランは、窓の方を見た。
すると…赤い帽子、赤い服とミニスカート姿をした少女が、ロランの視界へと入る。
ロランの部屋の窓の外に、髪は金髪で、目は青く、年の頃はまだ14、5才ほどの、ツインテール美少女が、鉄で出来たような巨大なドラゴンの頭の上に立ち、大きな筒の様な物を担いで、それをロランへと向けていた。
そして、少女は叫ぶ。
「喰らいなさい!我が大魔砲!!パトリオットファイヤー!!!」
と。
次の瞬間、大きな爆発音と共に、一瞬、白い光が視界を覆う。
少女の持つ大きな筒から、赤い楕円形の発光物体が飛び出したかと思うと、凄まじい勢いで窓硝子を割って、部屋に入って来る。
床に着弾したそれは、ロランが驚く間もなく、白と赤い光が閃光し、視界一面を覆い、轟音と共に細かい光を放ちながら爆発する。
屋敷は一瞬、昼間の光を取り戻した。
― ユニリンク ―
(う、うぉ…お、俺の身体が…お、重い。目の前が良く見えな…い。何だか瞼も重い…前が…見え、無い。し、死んだのかな…俺…)
そう言いながらもロランは、重い瞼を開けてみる。
視界に入ったのは、燃えている屋敷。
(ま、また…屋敷が燃えてるじゃねぇか…立て替えてまだ3年なんだ…ぞ…。って…何で俺は、外に…爆発で外にまで吹き飛ばされたのか…?ジュードや、みんなは…)
しかし、その視点にロランは、疑問を持つ。
明らかに屋敷の外であり、空中に浮いた状態から見てる様な視点なのだ。その高さは三階建ての屋敷と、ほぼ同等。
首の角度も動かせないロランは、自分が死んだのだと思っていた。
(げっ?!お、俺、もしかして、やっぱりマジで死んでる?!今ので?!そもそもアイツは何なんだ!?あの美少女は!?てか死んだのか俺ぇ?!いきなり過ぎない?!)
屋敷を見ているロランの、視線の先。
そして先程まで居た、自分の部屋の前に、屋敷と同じくらい大きいドラゴンのような物が、まだ空中で停止している。
「こっちよ!!バカ少女!!!」
突然、ロランの視界に、あの黒髪の女が現れ叫ぶ。
赤い服の少女は、咄嗟に振り返り、こちらを見る。
少女は、部屋の中と外を、交互に何度も繰り返し見ていた。
先程まで中に居たはずなのに、なんで?という顔だろうアレは。
しかし、直ぐに気を取り直し、力強く、こちらを指差しながら叫ぶ。
「ふふ、まぁイイわ!喰らいなさい!我が、大魔砲!!パトリオットファイヤー!!!を!」
すると、肩にまた、あの筒を抱え、そこから閃光と共に、赤い爆弾のような物が放たれる。
「だからアンタはバカ少女なのよ!!私のヒックに!そんな物が通用すると思って?!」
そう言うと、宙に浮いている黒髪の女は、右手を出して、何かを握り潰す動作をしている。
次の瞬間、黒髪の女の横を凄い勢いで、白い巨大な手のような物が通り抜け、あの赤い閃光弾を手の平で握りつぶした。
(う、うわっ!俺の右手が急に動いたぞ!?てか…なんか手の平が…あったか~い…あうん!)
「私のヒック、、、さぁ、あのバカ少女をぶっ潰すわよ!」
今、見えた巨大な白い手は、始まりに過ぎなかった。
黒髪の女が、手や顔を動かすと、その通りにロランの身体は、動いていると感じるのだ。
赤い美少女との戦闘で動いている内に、屋敷に近づいた時、屋敷の窓硝子に映る、自分の姿を目視する。
その姿は、白い鎧を纏った騎士のようであり、大きさは三階建ての屋敷と同じくらいの大きさに…
(なっ?!なってる?!って、うぇ?!俺?!これが?!
な、なんじゃこりゃああああああああああっ!!!)
ロランは、自分の意識で、身体を動かせない。
が、あの黒髪の女が視界に入ってから、意識はハッキリとし、視界も良好、五感もある。
痛みは感じにくくなっているのか、それほど強い衝撃ではないのか、あの少女が放つ赤い閃光弾は手でいくつも防いでいるが、豆を投げられているほどの痛みだ。少し温かさを感じる。
「んで!めっちゃ爆発してるのに、それが全然痛くなくてよ。豆を投げられてるくらいの痛さだったんだよ!笑えるだろ?ははははっ!あうん!」
ヒックは、嬉々揚々と、その時の事をロッシーに語っている。
黙って、真剣にヒックの話を聞いていたロッシーは、そこで突然立ち上がり、叫ぶ。
「笑えるかぁぁぁぁっ!やっぱり、あんた!頭おかしい系の人だったんじゃない!てかどんな作り話よ!最後まで夢か現実か…お、俺は一体…このままどうなってしまうんだミステリーっていう、リアルさを保ちなさいよね!?何で急に巨大化してんのよ!?リアリティよ!リアリティ!そんな青い宝石付いたペンダントまで仕込んで来てんだから!そのまま話を進めなさいよね!!」
ロッシーは、編集者の様に、ヒックの作り話を批判する。
そんな事は、どうでも良いという顔をしながら、ヒックは思う。
(確かにそうだろう。こんな話を信じる方が、どうかしている。
だがこれからもっと信じられないような話を、しなくてはならない)
ヒックが何故、ロランだったのかを。
そして何故、ロッシーと出会ったのかを。。。
(頼むから席を立たないで、そのままで居てくれロッシー。お前にとっても、重要な話なんだ、時間も無い…)
と内心思うヒックは、無理矢理にでもロッシーを席に置いておく最終手段を取ることにした。
「あー、メシ、、、食い終わってるね、ロッシーちゃん…」
「...」
「...」
2人はただ黙って無表情で、見つめ合っている。
そして机に頭をぶつけて、大きな音を立てるヒック。
「デザートも奢るから!...な?!お願い!もう少しだけ話を聞いてくれっ!!おねーさーん!!!デザート何でもいいから全種類!持って来てぇ~え!!」
遂に最終兵器を投入したヒックの運命は?!
ロッシーは、デザートで話を聞く気になったのか?!
そしてヒックの物語は
何処へ行こうと言うのか…。
(まだまだ、先は長そうだな。。。)
とヒックは思う。