ヒックと呼ばれて
ヒックは、ロッシーに話す事にした。
それも単刀直入に。嘘はつかずに。
(俺が探してたロッシーってのは、コイツに間違い無い。この1ヶ月慎重に慎重を重ねて…やっとここまで…)
「不老不死...って、あの死なないっていう?え?!ヒック…あなたって、頭おかしい系の人だったの?!こっわ?え、怖っ?こっわ!なんなの急に…私、帰るわ…」
ロッシーは、また急に立ち上がり、出口へ向かおうとする。
「まてまてまてまてぇいっ!俺は正気なんだ...」
ヒックは、ロッシーの上着の裾を引っ張り、真剣な眼差しでロッシーを見た。
「しょ、正気なのね。分かったわ。本気でヤバい系じゃない...」
ロッシーをゾワゾワする感覚が襲う。
小刻みに震え、蒼白な顔で後ずさりしている。
「ま、まぁ落ち着いて話を聞いてくれ頼む。こんなの毎日の様に本を読み漁ってるロッシーにしか話せないんだ。とりあえず座ろ?ね?お行儀悪いよ?ね?料理もまだ残ってるんじゃない?!あ!残ってるねぇ!食べよ?ね?だべでぐでよっ!」
ヒックは半泣きで、ロッシーに悲願する。ロッシーは、ヒックを引きずるのを止めて、顔だけ後ろを向いて質問する。
「なんで本を読み漁ってるような、私にしか話せないのよ…何か特別な理由でもあるって言うの?」
ヒックはすぐに答える。
「頭がファンタジーしてるだろ?もう既に…」
いつもの調子で言ってすぐ、後悔したが遅かった。
ロッシーは、怒りの形相でヒックの顔を蹴り、店から出て行く。
(本当はそんな理由では無いのだが...)
鼻血と涙を流しながら、ヒックはそう思いつつ、ロッシーをまた追いかける。
何とかロッシーを説得し、ヒックは話を聞いてもらう事に成功した。ヒックが持ってる本をロッシーに譲渡する。という契約で。
「俺が不老不死になったのは、ここより遥か遠くにある町ガンラに居た時だ」
「...」
ロッシーはただ黙って食事している。こちらを見ようともしない。話を聞いてくれているかは謎だったが、ヒックは諦めずに話を進める。
「俺はその時、朝から晩までこき使われている奴隷だった。朝は水を汲んだり、放牧や畑の世話、屋敷の掃除や洗濯、料理、なんだってやらされていた。宿舎に帰れば疲れきって目を閉じ眠り、すぐに朝が来た」
「ずっとこんな生活が続くのか、、、と絶望にも似た感情が、気持ちの変化すらも止めてしまってた。そんなある日、町の宿屋に長い黒髪の女が1人でやって来たんだ」
「この女は長期滞在していたが、あまり宿からは出て来なかった。たまに朝早く町の外に出かけては、夜になると大きな袋を抱えて帰って来る。そしてまた、しばらく宿に籠るんだ」
「しかし、ある日、その女の泊まる部屋から異臭がすると言うことで、宿の管理者がその女の部屋へ尋ねた。しかし、返事はない…」
「耳を澄ますと赤子の鳴き声のようなものが聞こえて来て、管理者は慌ててドアを壊し、中に入った。すると、どうだろう?」
ヒックは、ロッシーを見つめて話していた。
ロッシーは聞いているのか、いないのか良く分からないが、少しだけ表情が動いたのをヒックは見逃さなかった。
「中に入ると真っ白い布が、まるで花のように形作られ、その布の中心には赤ん坊が、そして宿に泊まっていた女の姿は無くなっていたらしい」
するとロッシーは、食べるのをやめてヒックを見つめて、口を開く。
「そ、その、、、赤ん坊が…あなただってんじゃないでしょうね?」
「は?んなワケねぇだろ」
ロッシーは、また立ち上がり帰ろうとした。
ヒックは、全身を床に付けて謝罪し、ロッシーをまた席に座らせる。
「ま、まぁ、続きを聞いてくれ。あ、聞いてください。お願いします」
ロッシーは、口にスプーンを咥えたまま、腕組みをしながら、椅子の背もたれにふんぞり返りながら、顎だけを前に突き出した。
進めて良い。のサインだろう。
ヒックは続けた。
「部屋には、鍋や瓶、生き物の死骸や植物などが散乱している事から、何らかの作業をしていた様子だった。でも何をしてたのかは、誰にも分からなかった。あの女がいつ、どこへ消えたのかも謎だった。そして、1番の問題は、その赤子をどうするかだったらしい。そんな奇妙な赤子の引き取り手なんて無く、困っていた時、俺が奴隷として働くお屋敷に、引き取られる事となるんだ…」
ヒックが奴隷として働かされているお屋敷は、町で1、2を争う大きさで裕福だった。
そして屋敷の主人は、そこまで人が悪くない。
ヒックも働かされては居るが、罵声をあびせられたり、体罰があるわけでもない。ただ働かされているのだ、奴隷という身分として。
そんな屋敷の主人には、妻も子も居ない。
ご婦人方は数名、ご主人の周りの世話などをしている。
その他にメイド達も居た。そして奴隷の者たちだ。
屋敷の主人様は、町で困っている声を聞き、身元が分かるまで、その赤ん坊を預かろうと申し出たのだと言う。ヒックはその時、よくそんな奇妙な赤ん坊を引き取る気になったもんだ。と思っていた。
- 過去 ヒックの住む町 -
「おい、ロラン」
ヒックの事を、ロランと呼ぶ、この男は、奴隷仲間のジュード。長い髪を後頭部で結び、馬の尻尾のように垂らしている。
(そうだ、この頃、俺の名前はヒックでは無く、ロランだった)
「なんだよジュード」
支給された、昼食のパンとスープを食べているロランは、いつもの世間話かと思い、特に気に留めることなく答えていた。
「こないだの宿屋の赤ん坊ウチに来るらしいぜ?!」
ジュードが面白い話をする時の目をしている。
「え?マジかよ!?その赤ん坊、上が面倒見てくれるんだよな?赤ん坊に罪はねぇかもしんねぇけど、おっそろしいーよな!?メイドの姉ちゃん達、頼むぜぇ~…」
ロランは、これ以上に仕事が増えるのが嫌なのと、赤ん坊なんて育て方も分からないので困ると思い、とりあえず、そうでは無いことを天に祈った。
「だよな、これ以上仕事増やされちゃ!たまったもんじゃねーもんな!」
ロランとジュードが、こんな会話をしたはのは、昼の休み。
赤ん坊が来たのは、その夜の事だった。
おぎゃおぎゃと、屋敷の中に響き渡る、赤子の声。
メイドたちが、慌ただしくしているのが、屋敷から少し離れた宿舎からでも分かった。やはり男2人の奴隷達に、赤ん坊の世話をさせる訳にもいかず、世間体も考え、赤ん坊は屋敷で預かる事となる。
「でも、あんな怪しい赤ん坊をよく世話する気になったよな。ウチのご主人様」
離れのベッドで、横になっていたロランは、ジュードに話しかける。
「まぁ他に行く場所が無い、俺らみたいな奴隷も置いてくれてる訳だし、優しいんじゃないの?ご主人様は...」
ジュードが返事をした、その時だった。
屋敷の方から、突然の爆破音。
「ロラン!!!見ろ!!!!」
ジュードが叫んだ。
ロランは慌てて、屋敷の方へと振り返る。
窓から屋敷が燃えているのが見えた。
燃えてると言うような表現では足りない。
業火の炎に包まれているのだ。屋敷の全てが。
ほんの数分前まで何事もなかった建物が、一瞬にあれほど炎に包まれるのだろうか?という疑問をロランに残し、ジュードと共に屋敷の方へと駆けた。
「ご主人様ぁ!メイドのみなさんっ!」
「誰かぁ!返事をしてくれえぇ!」
ロランとジュードは、屋敷の前で大声を張り上げる。
屋敷の敷地は広く、近隣の家は無い。
これだけ燃えていたとしても、気づかれるまでには時間がかかるだろう。
「ジュード!町に知らせに行ってくれ!俺は中を調べる!」
ロランは、屋敷の中へと駆け込もうとした。
「やめておけ、ロラン!こんなに燃えているんだ!中には入れない!」
ジュードが、俺の手を引いて止めようとする。
俺はその手を振り払った。
「赤ん坊もいるんだぞっ、今日来たばかりの...!」
(それにあの爆発音が妙に頭から離れない。あんな音がする原因なんて、このお屋敷にあっただろうか。それに来たばかりの赤ん坊が可哀想過ぎる)
そんな事を考えながらロランは、ジュードが抑えるのも聞かず、屋敷の中に1人飛び込む。
ジュードの声が、ロランの耳から遠ざかる。
確か非常に危険な状態だろう。だがロランは、何故か自分を止められなかった。
まずは玄関近くにある調理室へ寄り、バケツの水を頭から被る。そして火傷をしないよう、濡らした大きめの布で頭と身体を覆って、屋敷内へと走った。
中へ入って気付く。
誰一人の声すらしない。
少し違和感を覚えながらも、火の手が強くなっている3階へと向かう。そしてまた、違和感を感じる。
(やっぱりだ。火が進行していない。これは火?炎?なのか?俺は夢を見てるのか?屋敷の外が、これだけ燃え盛っているというのに、火が中に入って来ていない。それどころか煙も出ていなければ息苦しさも、暑さも感じない。いつものお屋敷と変わらない…)
「なんなんだ、、、これは、、、」
ロランは、口に出すほど、不思議に思ってしまっていた。
悩みながらもロランは、屋敷の主人の部屋へと到着する。
ロランは驚く。屋敷の主人の部屋のドアは、黒く焼かれ、人が2人は通れる程の穴が空いているのだ…そこから部屋の中を見ると。
(ご主人様は…なっ?!窓が燃えてる?!ここで爆発したのか?!何が?!それに、この辺りだけ焦げ臭いな…)
そう思いながらもロランは、部屋の中を目だけで探る。
すると部屋の右隅の柱に、屋敷の主人が隠れていた。
その左側に、例の赤ん坊が居た。
ロランは、息が出なくなる程に驚いた。
その赤ん坊は、白く発光しながら、床から2メートルほどの高さで、宙に浮いていた。
そして赤ん坊の下には、黒い繭のような物体が、幾つも転がっている。
(あの黒いのはなんだ?)
目を凝らして見ると、少し中身が見えるものがあった。
(あの黒いのって、、、髪の毛?のような…中は…ッ!!)
ロランは、思わず声が出そうになるのを、自身の手で口を抑え耐えた。
黒い髪の毛の繭から顔を出していたのは、メイド長だったからだ。
そして宙に浮いてる赤ん坊の頭から、うねうねとした黒い髪の毛が、大量に生え、意思を持っているかのように動いている。
その髪の毛は、先程の繭に囚われたメイド長の口へと侵入し、少し淡い光を放つとメイド長は、あっという間に干からびてしまい、ミイラとなり白骨化する。
ロランは、頭の整理が追いつかず、濡れた布を被り、隠れながら、混乱し震えて見ている事しか出来なかった。
(なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ…)
赤ん坊の黒髪は、生え続け、大量の黒い髪が、部屋の床を埋め尽くす。それは部屋の入口まで来て、ロランを震え上がらせた。
(き、気持ち悪りぃ…怖ぇ…)
その時、赤ん坊が強く青白く光る。
その光の中から突如、白く、妖艶な、衣服を纏わない黒髪の女が現れる。赤ん坊が急成長したと思われる。その身体には、大量の黒い髪が巻き付きロングドレスの様になっていた。
そして
突如、現れた黒髪の女は
屋敷の主人に、こう言った。
「私のヒックを、返しなさい」
と。
(ヒックって、誰だよ…)
恐怖の中のロランだったが、その名前に、疑問を抱かずにはいられなかった。