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02 スラッシュ

 今、俺の目の前にいるのは誰もが知っているあの最弱の国民的モンスターのスライムだった。

 だがその姿は洋物ダンジョンのように本格的な姿をしていた。

 床に落ちた生卵のような半透明な存在であった。

 細胞核のような目玉のようなものをキョロキョロと動かしている。

 これはあれだ、魔物だ。

 現実にはこんな不定形な生物は存在しない。


 やはりここは異世界のダンジョンだったのだ。

 だが俺は異世界の魔物に遭遇したというのに不思議と恐怖はなかった。


「かわええ」


 身体の中に付箋を詰め込んだその姿はハムスターがドングリを無理矢理詰めようとしているみたいに愛くるしいものだった。

 付箋がこいつの腹の中ということは、全部お前のせいか。

 やはり俺の第六感。ボッチセブンセンシズは正しかったようだ。


 おう。俺はどうやら同じ場所をぐるぐるボチボチ回っていたようだ。

 まさかスライムが捕食していようとは、このトリックに気付かなかったら彷徨えるボッチとして死んだ後もこの通路を徘徊していただろう。


 だがそれに気付いた俺はなんと幸運だろうか?

 これも日頃のボッチ信仰の賜物だ。

 ボッチの神様は俺を見ていらっしゃるのだ。

 これからもボッチ道を信仰します。

 ボッチの神に感謝を。


 俺がボッチの神様に感謝しているとスライムは必死に付箋を取り込んでいる。

 それにしても付箋なんて旨いのか?

 そもそもスライムって普段は何を食べているんだろうか?

 このダンジョンには草一本も生えておらず、塵一つも落ちていないクリーンダンジョン。


「はっ!」


 もしかしてお前、腹が減っていたのか?

 だから付箋を貪っているのか?


 他に仲間はいないのか?

 お前もこのダンジョンに一人ボッチか?

 可哀そうに。まるで俺みたいな奴だな。

 いや別に俺は可哀想じゃないよ。

 ボッチだけど寂しくもないし、哀れでも悲惨でもないよ。

 だって俺は他人とつるまなくとも一人で生きられる次世代型ボッチなのだから。

 人が群れで生きる時代は終わったのだ。

 これからは総ソロの時代。俺はその先駆者。


 とにかく俺はこのスライムに物凄く親近感を覚えた。

 たった一匹でも孤独にめげないで一生懸命生きているその姿に感動した。

 感動に酔いしれた俺は、いつの間にか隠れていた曲がり角から飛び出しスライムに近付いていた。


「おーしおしおし」


 俺に気付いたスライムはビクッと身体を警戒させた。

 その拒否行動にちょっとだけボッチショックを覚えた。

 仲間だと思って近づいたら思いっきり拒否られるこの感覚。

 慣れてるけど。


「俺は敵じゃないよ。ほらほら、おいで」


 俺はめげずにスライムに近寄った。

 だがスライムは疑心暗鬼の細胞核を俺に向けた。

 ボッチの同志よ握手の初手を譲ろう。

 どうぞどうぞ。カモンコミュニケーション。

 さあ、この奇跡の出会いに感謝し、ボッチ同士で仲良くしようではないか。

 先に動いたのはボッチのスライムだった。


「え?」


 スライムは身体の表面を突起状に細く伸ばし、触手のようなものを形成して俺に放った。

 俺は勝手に仲間だと思って勝手に裏切られ、勝手にショックを受けた。

 昔からそうだった。

 友達だと思っていたのは俺だけだった苦い経験が蘇る。

 今回も勝手に仲間だと思っていたのは俺だけだったのだ。

 くっそおお。俺は何度同じことを繰り返すつもりなのだ?


「攻撃しやがったな?」


 だがその攻撃は俺には効かない。

 圧倒的にリーチが足りないのだ。

 そう悲しいかな。このスライムは物凄く小さいのだ。

 大きさはカレー皿ぐらいだろうか?

 小さな身体で必死に俺に立ち向かうその姿に俺は、爺ちゃんが拾ってきた雑種のアッシュのようだった。

 アッシュは小さな身体で大型犬に立ち向かう薄汚れたワンコの勇者だった。

 このスライムはどこかそのアッシュに似ているのだ。

 あれ? もしかしてこのスライムってアッシュの転生体かもしれないぞ。

 このダンジョンはあの世と繋がっているかもしれない。

 アッシュ。生まれ変わったんだね?

 俺のスライムへの親近感は最高潮に到達し、気分はもうマックスハイテンションだった。


「よーし。よしよしよし」


 俺はキモイ笑顔を浮かべながらスライムに更に近寄った。

 だがスライムは警戒して一歩下がる。

 ぬぬ。諦めないぞ。

 もう一歩近付いた。

 スライムが下がる。

 それでもスライムは触手で掴んだ付箋を手放さない。

 なんという意思の強いスライムなのだろうか?


 どうやって手懐ける? そうだ。野生動物と仲良くするにはあれだ。

 あれしかない。餌だ。餌付けだ。

 イルカショーでもそうだろう。飼育員がこっそり魚をあげているのだ。

 野生動物は現金なのだ。


「そんな付箋よりもっと旨いものがあるぞ」


 俺はリュックからカロリーバーを取り出して、一口だけかじって食べ物であることを見せる。

 そしてゆっくりとカロリーバー床に置いた。


「スラッシュ食えっ。こっちのが旨いぞ」


 今日からお前はスライムのアッシュ、スラッシュだ。

 スラッシュはカロリーバーを触手でツンツンする。

 おおっ。少し興味を持ったようだぞ。

 そうだ。それは食い物だ。旨いぞ。

 このカロリーバーは俺のポッチャリボディを維持する高カロリー補給物資なのだ。


 スラッシュはカロリーバーに危険がないと判断したのか触手で器用に掴み取り、引き寄せた。

 そうだ。食え。

 よし食った。食ったぞ。

 カロリーバーはスライムの表面で少し抵抗してから、ゆっくりと体内に入っていった。


「おおっ」


 口がないから捕食するのは身体のどこでもいいのか?

 肯定するようにスラッシュは身体をブルッと震わせた。

 姉ちゃんが高級プリンを食べた時の仕草にそっくりだ。


「スラッシュ。旨いか?」


 スラッシュは俺の言葉が分かったのか分かっていないのか、可愛らしく触手を振った。


「そうかそうか旨いか。良かったなあ」


 スラッシュが触手を俺に向けてから自分に向けて振った。


「ん?」


 もっとカロリーバーをくれといっているのか?


「もっと欲しいのか?」


 残念なお知らせがあります。


「……もうカロリーバーないんだなこれが」


 スラッシュの触手がシュンと下がった。


「俺の言葉が分かるのか?」


 身体全体が、ペタッと元気なく液体のように平たく潰れた。

 うわあ。なにこの可愛い生き物。もうペットして持って帰りたい。


「今度沢山カロリーバー持ってくるから今日のところは許してくれ。ちなみに違う味もあるぞ」


 スラッシュは俺の言葉を聞いて楽しそうに膨らんだ。

 嬉しそうに細胞核をクルクル回している。

 やっぱりこいつ、俺の言っていることが分かるようだ。

 脳も耳も目もないのに賢い奴だ。

 スラッシュはノロノロと壁際に這って行き、触手を振った。


「え? 帰っちゃうのか? ま、またな」


 そしてプルンと震えて壁の中に消えていった。

 どういった原理なのだろうか? 隙間もない壁に消えてしまった。


「今度腹一杯食わせてやんからな」


 その瞬間、何処か遠くで、ズルズルと石が擦れる音の後にガコンと大きな音がした。

 まるでどこかで石の扉が開いたような音だった。


「まさか?」


 俺は期待で胸を膨らませながら音がした方に向かった。


「……おふ」


 息を切らせてたどり着いたそこは出発地点近くだった。

 俺は疲労と徒労でその場に崩れ落ちた。

 こんなところに隠し通路があったなんて。

 今までのダンジョン探索が全て無駄。無意味だった。

 だがなぜ、今になって隠し扉が開いた?

 スラッシュに餌をあげたら、隠し通路が現れた。

 それが要因だとしたらこれはフラグ?

 ここってゲームの世界だったのか?

 だがここが異世界だろうがゲームの世界だろうと、どうでもいい。 

 進むしかない。

 スラッシュのお陰で先に進めるのだ。

 俺はスラッシュに感謝しながら、ボッチらしく無言で隠し通路の中に入った。


 そこは広い空間だった。


「これは?」


 突き当りの壁には大きな扉があった。

 豪華な意匠が施されておりボス部屋の風格が漂っていた。


「ボス部屋?」


 俺が触れようとした瞬間、扉が自動的にゆっくりと開いた。


 どういう原理だこれ? モーターもなにのに動いた?

 まあ。映画やゲームではよくある奴だからそんなに驚きはない。

 中から冷えた空気が溢れ出た。

 おずおずと中を覗くと大広間になっているようだ。

 広さは結婚式会場か体育館ぐらいだろうか?

 今のところボスらしき姿はない。

 例えここがボス部屋だったとしても進むしかないのだ。

 ここで突っ立っていても仕方がないのだ。


 お独り様ご案内。俺は自分で自分を案内しながらボス部屋の中に入った。

 こういう扉が自動的に閉まると相場が決まっている。


 ボスを倒すまで出られないって段取りだろうが、そうはボッチの三次問屋が卸さねえぞ。

 俺は江戸っ子口調でリュックの中から真新しい教科書を何冊か取り出し、扉と床の隙間に挟み込んだ。


「ふふふっ」


 ドアストッパーだ。

 クレバー過ぎて自分が怖い。

 これで自動的に扉が閉まっても教科書がくい止めてくれるはずだ。


『密室殺人事件にはさせないボッチ』


 ボッツ君がうなった。え? 俺死ぬ予定なの?

 俺は何度も振り返りながら部屋の中央に向かって歩き出すと閉まろうとする扉を教科書が引っ掛かり止まった。作戦通りだ。


 お前達。退路は任せたぞ。

 俺はこの先のボスを倒してくる。


 ん? 倒すってどうやって?

 チョ待てよ。俺は自分の脳内セリフにセルフツッコミをした。

 倒すも何も俺は手ぶらだ。

 勉強用具の入ったリュックと電源が入らないスマホしか持っていない。


「なにか武器はないのかボッチ君?」

『だから拳が二つもあるボッチよ』


 俺の心の代弁者のゆるキャラのボッチ君が言い放った。

 拳以外に何か武器になるようなものはないのか?

 最新のカーボン素材を使用した軽量の折り畳み傘ソードは?

 いや、壊したら母親に撲殺ボッチされちゃいます。


「どどどど、どうしよう」


『待て待て、まだ慌てるような時間じゃないボッチよ』


 ここで慌てなければいつ慌てるんだよ。


『いつからここがボス部屋だと勘違いしていたボッチ?』


 え?


『本当にボスなんかいるのかボッチ?』


 確かにそうかも。


『ボスではなくボックン達をこの世界に召喚した女神かもしれないボッチよ?』


 そうだ。傾国の美少女の第三王女かもしれない。

 勇者召還でボッチの俺を召喚するとは運がいいぞ。

 そう。ボッチ君の言う通りだ。出てくるのが敵とは限らない。

 召喚した俺に説明するのを忘れちゃったドジっ娘巨乳女神かもしれないのだ。

 俺はボッチ君との会話で自信を取り戻した。


 もし女神が降臨するとすれば天から。つまり天井からだ。

 それに女神は白いミニワンピース姿の巨乳美少女と相場が決まっている。

 だとすれば、床に寝そべっていれば俺は人生初のラッキースケベに遭遇できるかもしれないぞ。

 だが勇者とあろう俺が床に寝転がっていてはかなり怪しい。

 女神に警戒され、ドン引きされて元の世界に帰れなくなるのはマズイ。


『だったら寝たふりすればいいのでは?』


 そうだ。寝たふりして床に寝転がって女神の太ももとおパンツを拝見するのだ。

 幸いにも俺の目は糸目だ。開けていても閉じているように見える程の糸目だ。

 ガン見してもバレないはずだ。

 ああ、この糸目で良かったと思う日が来ようとは夢には思わなかった。

 俺は現実逃避モードから妄想モードに突入した。


 俺は期待に胸を膨らませながら大の字で寝転がった。

 未知のダンジョンにいるというのに俺は随分と自分の置かれた状況を気楽に考えていた。

 ――その姿を見るまでは。


「え?」


 突然、巨大な塊が目の前に落下してきた。

 俺は慌てて飛び退いた。

 その落下の衝撃が空気を揺らし、土埃が俺の視界を覆った。


「あっぶっね」


 ドジっ娘の巨乳女神のおパンツを目当てで寝そべっていたら完全に潰されていたところだったじゃねえか。


 俺はボッチ君を睨んだ。

 まさかこんな塊が天井から落ちてくるなんて夢にも思わなかったぞ。ボッチ死するところだったじゃねえか。

 パンチラ目当てで、死んだら天国で爺ちゃんになんて報告すればいいんだよ。


『ワシの孫じゃと褒めてくれるに違いないボッチよ』


 そうだな。パンチラ死も男の死に様としてはありだな。

 そんなことを考えていると視界を覆っていた土埃が徐々に薄れていく。

 どういう原理だろうか?

 ダンジョン内に換気システムでもあるのだろうか?


『来るボッチよ」


 それは大木のようであった。

 その濡れそぼった表面は不気味に蠢き、光を反射していた。

 その半透明の体の中に見知った球体があった。

 これってひょっとして?


「スライムなのか」


 そうそれは巨大なスライムだった。

 スライムなのに大木のように天に向かってそそり立っている。

 威風堂々と王のような威厳とカリスマを放つそれは巨大な漆黒のスライム。

 その細胞核は暗黒に染まり、異様なオーラを放っていた。

 大きさは砲丸投げの玉ぐらいだろうか?

 もう、明らかに強そう。

 スライムが最弱と誰が決めた? このスライムは間違いなく最強クラスの雰囲気を放っていた。

 間違いないこの黒スライムがこのダンジョンのボスだ。

 俺の架空のアホ毛のボッチレーダーがそう判断した。


 完全にダンジョンを舐めていた。

 何が巨乳ドジっ娘女神だ。何が傾国の美少女第三王女だ。

 黒スライムのコア核が俺の目線あたりまで下降してギョロリと睨んだ。


「なななな、なんだよ。や、やんのかよ」


 動揺した俺はチンピラの三下のようなセリフを吐いた。

 くっ。ボッチは他人の視線に耐性があるんだよ。

 そ、そんなのまるで効かないぜ。


「ひっ」


 俺の膝が勝手に震えていた。

 俺のボッチ本能が怯えてた。

 まるで蛇に睨まれた蛙の気持ちをリアルで体験している気分だった。

 これが普通のリア充ならば失禁お漏らしコース間違いなしだ。


「くう」


 俺はその重圧の中、一ミリたりとも身体を動かせなかった。

 俺の額から一筋の汗が流れる。

 それを合図にしたのか黒スライムが動いた。

 黒スライムは触手を形成し天高く伸ばし振り上げた。

 それはスラッシュの何倍も太い、ゴツゴツとした巨大な触手だった。


「えっ?」


 激しい衝突音と共に俺の目の前の石畳が弾け飛んだ。

 破片が俺の左右を抜ける。

 目の前の石畳には綺麗な円形の穴が開いていた。

 なんという威力、なんというスピード。なんという破壊力?

 目にも止まらぬ速度で触手を振り下ろし、床に穴を穿ったのだ。


「はっ?」


 そのあまりのインパクトに俺の心が思考停止状態に陥った。

 今の一撃は脅し? 殺そうと思えば殺せたはずだ。


「なななな、なんだよ。俺が何かしたのかよ」


 俺はもうパニック寸前だった。

 これまでの人生でこんな巨大な敵に遭遇したことなどない。

 こんなにビビったのはキレた姉ちゃんに追いかけられた時ぐらいだ。

 あるいは爺ちゃんに包丁で追いかけられた時ぐらいだ。

 あれに比べたらどうということはない。

 落ち着け。

 だがビビるなっていうのかおかしい。

 熊よりも魔物に睨まれているんだぞ。

 漏らして失神しないだけでも誉めて欲しいぐらいだ。

 俺のボッチ深呼吸の口が塞がらないうちに黒スライムが、触手を振りかぶった。


 今度こそ死ぬ。

 俺は生れて初めて死を覚悟した。

 いや、姉ちゃんと爺ちゃんに追いかけられたことを合わせれば三回目だが。

 とにかく俺は死を覚悟した。


お読みいただきありがとうございました。


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