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01 ボンジョン

「ここってまさか……ダンジョン?」


 春もうららの昼下がり、俺はひとりダンジョンにいた。

 古めかしい石畳に苔も生えない殺風景な壁。

 どこまでも続く謎の技術で光る天井。

 どこにでもよくあるダンジョンだった。

 ってねえよ。


「こりゃぁボッチのダンジョン……略してボンジョンだな……ハハハハ」


 引きつった薄ら笑い声がダンジョンの通路に消えた。

 いやあ、それにしてもボンジョンに飛ばされたのが俺で良かったよ。

 ボッチの俺が現実から消えたところで誰ひとりとして気付かないだろう。

 そんなことよりなぜ俺がボンジョンにいるのかって?

 それは今年から校則が厳しくなったせいだ。

 この個人主義のご時世、部活が義務付けられたのだ。

 それは偉大な先代達が部活をサボりまくったせいだ。

 新入生であるこの俺もその例に漏れず、部活動という制度を強制されたのだ。

 なんという横暴。なんという専制君主制。

 しかも俺は泣く子も黙るコミュ障ボッチだ。

 まともに会話が出来ない俺が部活動なんて、何度転生しても不可能だろう。


 来たれ冒険者。

 君こそは選ばれし勇者だ。

 さあ、今こそこの退屈な平穏から抜け出し、我らと共に冒険の旅に出かけよう。

 栄光の人生はここからその第一歩が始まるのだ。

 詳しくはダンジョン部部室まで。

 追記 ソロ冒険者でも大歓迎だよ。お菓子もあるよ。ハートマーク。


 それはまさに青天の霹靂。

 俺は最後の一文に俺の細い目は釘付けとなった。

 ソロ、ソソッソソ、ソロ大歓迎だと?

 なんと、おひとり様が推奨されている。

 ボッチが許されているのだ。なんと寛容で寛大な部活なのだろうか。

 ダンジョン部。まさにボッチの俺の為に作られたような部活ではないか。

 ああ、ボッチの神はボッチの俺をお見捨てにならなかったのですね?

 俺は意気揚々とボッチステップでダンジョン部の部室に向かった。

 ダンジョン部の部室は文科系の部活が集まる旧校舎に奥にひっそりとあった。

 人の無い部室は遠い。この旧校舎にある時点で疑うべきだった。

 そして何の室名札もなかった。


 ノックするが返事はない。

 コミュ障ボッチの俺は、失礼しますとか、すいませんとか、そんな挨拶的な声をあげることなく、俺はボッチらしく無言で部室の中に入った。


 その瞬間、俺は激しい眩暈に襲われた。

 感じたことのない感覚に襲われた俺はダンジョンに飛ばされてたのだ。

 そりゃあ無言で部室に入った俺も悪いかもしれないけど、いきなり何の説明もなくダンジョンに転移させちゃうのは如何なものかと思うよ。遺憾の意で厳重抗議しちゃうよ。

 異世界に転移したのか?

 こんな極悪なトラップを部室に仕掛けるなんて性根がねじ曲がっている姉ちゃんレベルだぞ。

 さすがにこれは人畜無害の穏便な無口のガンジーボッチの俺でも、鬼キレボッチにモード移行しちゃうよ?


 ああ、だがいくらここでネチネチと心の中で恨みつらみを言っていても、意味がない。

 この信じられない現実を受け入れるしかない。

 通常時ならば俺は一人でなんでもできるボッチ界の新星だが、非常時の今だけは他人に頼るべきだろう。


「んっんっんっ。コホン」


 喉の調子は問題ないようだ。


「あー。あー」


 よし。声帯も問題ないようだ。


「コホン、コホン」


 ――喋るぞ。コミュ障ボッチの俺が喋るぞ。

 声帯の筋肉を動かして声帯を振動させて声を出すぞ。

 普段から無口で寡黙な俺の喉は人より退化している。

 入念な準備運動は必須。

 喉の筋肉を、つったり、挫いてしまわないようにしっかり準備運動を済ませる。


「……ガッ。は、ああ、の、だ、がはっ誰か……いませへんかあ、カホケホ」


 俺は助けを呼んだ。

 自分でも何を言っているのか分からないが上出来だ。

 だが俺が思っていたよりも数倍上手く喋れたようだ。


「……」


 だが俺の勇気ある声はダンジョンの静寂に吸収され消滅した。


「……」


 ――返事はない。


「……」


 ――いくら待っても返事はない。


「……あのお」


 だがやはり返事はない。

 ボッチ免許皆伝の俺は沈黙に慣れているが、ほんの少しだけダメージを負った。

 ボッチの俺でこのダメージだ。

 仲間と一緒じゃないと寂しくて死んじゃうリア充ならば即死不可避。

 改めてボッチの俺で助かったね――って助かってないから。

 セルフツッコミで心を落ち着かせる。


 沈黙が俺の耳を打つ。

 街の喧騒も、自然の音もない。車の音も、鳥も、犬も、リア充も、風の音もない。

 ここにあるのはポッチャリボッチの身体が出す雑音と、パッシブで行っている酸素摂取と二酸化炭素排出の華麗な不協和音だけだ。

 まさにアンビバレントでパーフェクツサイレントスペース。

 これはボッチの神からボッチの俺への祝福か?

 それとも俺以外の人間なんて死んでしまえと呪っていた俺への天罰なのだろうか?


「……」


 それに答える声はない。

 ひょっとするとこれはピンチなのでは?

 ボッチのピンチ――ボッピンチなのでは?

 確かに俺は人間が嫌いだ。死んでしまえといつも呪っている。


「誰か? いいいませんんかあぁぁぁ?」


 俺の噛み噛みボイスが寂しく響いた。


「どどど、どうしよう」


 このままだと死ぬ?

 餓死? 衰弱死?

 俺のガラスのピュアハートが和太鼓のように激しく乱れ打つ。

 物凄く怖い。ガチギレした姉ちゃんぐらい怖い。

 いや、あれに比べたら全然マシだ。

 なあんだ。そう考えるとちっとも怖くないや。

 姉ちゃんがいないこの場所はむしろ天国ではないか。

 もしかして誰もいないダンジョンって最高の場所なのでは?

 ボッチこそ至高にて最高なのだ。

 俺は誰の助けも借りない。自分のことは自分で助ける。

 これまで助けてくれる友達も知り合いも彼女もいなかった。

 だが案ずるな。俺には強力な助っ人がいる。

 人類が編み出した英知の結晶であるスマホをしたり顔で取り出した。

 これでいつも職質してくる国家権力の犬を呼び出せば――。


「フッフッフッ、え? あれ?」


 スマホの画面には泣きそうな顔が写っていた。


「ふええ?」


 電池切れ? いやいやこの春買って貰ったばかり新品だぞ。

 なんで電波どころか、電源すら入っていねえんだよ。


「マジか」


 スマホが使えないなんて想定外。

 腕時計を見るも何も表示されていなかった。


「まさかデジタル機器が使えない?」


 やはりここは現実とは違う物理法則の支配する夢と魔法の千葉の異世界なのだろうか?

 魔物とかいるよね?

 どうすんの俺。

 武器も防具も魔法もない。回復薬もないチート能力もない。

 友達も彼女の、尊敬する人も――ああそれは、いつものことだった。

 ないない。なんにもない俺は、この後どうなってしまうのか?


「くっそおおお」


『お前のボッチはそんなものボッチか?』


 そんな時、俺の心に声が響いた。


 ボッチ君!

 そう、それは俺の心の中に住むイマジナリーフレンドのゆるキャラのボッチ君の声だった。

 ああ、笑え。俺のボッチはこんなものだ。

 つかそんなものとは何だ? 失礼だろボッチ君。


『他人に助けなんか求めるなボッチ。他人に期待するなら自分に期待するボッチ』


 そんなこと言われなくともこれまでの人生で嫌というほど経験している。

 俺は他人に何も求めない。

 初めから求めなければガッカリすることも期待を裏切られることもない。


『他人なんか自分のことしか考えてない偽善者のごみ屑ボッチよ』


 そんなこと十二分に分かっている。

 他人なんて、その辺に転がっている石ころ同然。

 小指に当たって痛みをもたらす害悪でしかしない。


『だから自分だけを信用するボッチ』


 そうだな。自分が自分を信じなくて誰が俺なんかを信じてくれるのだ。

 ゆるキャラのボッチ君は今良いこと言った。


『そうだその意気だボッチよ。楽しそうな他人なんて皆殺しボッチよ』

「……」


 何がボッチ君だ。バカか俺は。

 パニクって心の中で会話してんじゃねえよ。

 だが正直助かった。

 俺は自分で自分を慰めることができるクローズドなエコシステムを保有している。

 ありがとうボッチ君。冷静さを失うところだった。


『ふん。別にお前の為に言ったんじゃないんだからボッチよ』


 ボッチ君が昔のツンデレのように頬を膨らませた。

 ああ、くそ。ムカつく。だんだんイライラしてきた。

 なんで俺がこんな目に遭うんだよ。

 目立たず真面目にこっそり地味に静かにひっそりと影のように過ごしてきたはずなのに何で俺だけがこんな目に遭うんだ?

 やはり罰が当たったのだろうか?

 街を歩く楽しそうな集団に呪詛を放ち、電車でいちゃつく大学生を瞬きせずに睨み続け、ハンバーガーをトレーに入れて仲良く階段を上がる男女にわざとぶつかったりした罰が当たったのだろうか?

 だがそんなことで? そんな小さなことで人畜無害の俺をダンジョンなんかに飛ばしたのか?

 誰の仕業だ? 神か悪魔か? ダンジョン部のウェーイなリア充か?

 目を開けていても眠そうだねとか、寝るなとか、起きろとか、コンタクト無理でしょとか言われるエッジの効いたボッチアイを少しだけ大きく見開いてダンジョンを睨んだ。

 絶対に復讐してやる。俺の恨みはマリアナ海溝ぐらい深いぞ。


「……」


 だがいくら睨みつけても意味がない。ここには俺しかいないのだ。

 だから自分の足で進むしかないのだ。

 俺を助けてくれる人はいない。

 ボッチ君の言う通り、他人に頼るな。

 そもそも人はひとりなのだ。誰かと線で繋がっているわけではない。

 絆とか出会いに感謝とか言ってる奴も、所詮は自分のために飯を食っている偽善者なのだ。


「やってやる」


 俺は今までも、これからも自分の力で進むのだ。

 うずくまって泣いていても白馬の王子様も巨乳の女神も降臨しない。

 ここにいるのは俺だけなのだ。

 それに俺にはボッチという類い稀なユニークスキルがある。

 孤独をものともしないタフマインド。

 俺はボッチの遺伝子を受け継いだ血統書付きのボッチであり、敬遠なボッチ教の信者であり、ボッチ村の模範的な住人。

 しかもボッチ免許皆伝のボッチ道のエリートキャリアボッチのはずだ。

 こんなことで俺のボッチ魂が折れるはずがない。

 こんな孤独ごときで俺の図太いボッチ信仰心は折れない。


「やってやるボッチ」


 俺はリュックからペンと方眼ノートを取り出し、マップを描きながら歩き始めた。

 ダンジョンはマッピングが命と俺はゲームで学んだ。

 そしてチートと課金した奴が最強だと。

 金もチートもない俺ができることはただ一つ。

 この足とこの手を使うだけだ。

 ああ、ボッチの神様。見ていてください、俺は生れて初めて本気を出します。

 惰性と慣性でゆるりと生きてきた俺が初めて自分の足でボチボチと歩き始めるのだ。

 ボッチの一歩は小さいが大きな一歩だった。


 俺は意気揚々とダンジョンを進む。

 だが直ぐに息が上がる。


「ぜー、ぜー」


 足が重い、手が怠い。

 よく頑張った俺。

 ありがとう俺。

 ここでちょっと休憩しよう。俺はダンジョンの壁にもたれ掛かった。

 一体どれぐらい進んだのだろうか?

 見た目が変わらないから距離感が分からない。

 俺の一歩が見栄を張って八十センチだとしよう。


「……」


 つか何歩歩いたか数えてねえよ。マップに記載しよう。

 そして印をつけよう。

 俺は油性ペンを取り出し、壁に印を書こうとするも書けなかった。インクがないのだろうかと掌に書いてみると手には書ける。ノートにも書ける。

 だがダンジョンの壁や床にはインクが乗らない。

 どういう物理法則なのだろうか?


「うーん」


 これは困った。目印がなければ通った通路の判断ができない。

 百歩数えるごとにマップに書き込み、付箋を一枚めくって番号と歩数を書いて目印代わりに床の隅に貼った。

 こうしておけば、もし同じ場所を通った時に分かるはずだ。

 我ながらクレバー過ぎて怖い。




「……」


 一体何時間歩いただろうか?

 何日歩いたのだろうか?

 安物の腕時計は沈黙したままだ。時間感覚狂い始めていた。

 歩数を計算しようとしてスマホが使えないから計算するのを辞めた。

 一キロは歩いているはずだ。

 こんな大規模ダンジョンを誰が造ったのだろうか?

 奴隷のダンジョン職人が駆り出されたのだろうか?

 この不思議な壁の素材は玄武岩だろうか?

 じゃなければ朱雀岩か? 白虎岩か?

 いやいやそんな四天王的な石のことなんてどうでもいいんだよ。

 俺は頭を振って歩く。




 違和感に覚えた。

 この通路は初めて来たはずなのだが何度も通ったような気がするのだ。

 ボッチの俺のセブンセンシズのソウルな第六感が囁きかける。


『ここはさっき通ったボッチ』


 ボッチ君も同意見か? 俺も通った気がするのだ。

 さっきから同じ所をぐるぐる回っているような気がするのだ。

 だが俺が置いた証拠の付箋がない。

 俺は改めてダンジョン内を見渡した。


「?」


 おかしい。

 俺はもう一つ違和感を覚えた。

 綺麗なのだ。

 古そうに見えるがゴミ一つ、苔も草も埃もない綺麗なダンジョンなのだ。

 毎日小人さんが掃除でもしているのだろうか?

 それともゴミや付箋はダンジョンに吸収されてしまったのだろうか?


「ハハハそんな馬鹿な」


 だが試してみる価値はある。

 実験こそ人類の進歩の歴史。

 疑問に思ったらやってみるべし。

 俺は付箋を床に貼って曲がり角の向こうに身を隠した。

 ボッチ三世であり、中身が子供の俺の推理が正しければ、付箋は間もなくダンジョンの床に沈んでいくか、小人さんが片付けに来るはずだ。


「……」


 俺は息を殺して待った。


「ふえ?」


 だが俺の予想はどちらも外れた。


「……えっ? スライム?」


 そこには大量の付箋を体内に取り込んだスライムがいた。

 付箋はダンジョンに吸収されたのでも、小人さんに片付けられたのでもなかった。


「お前が食ったのかよ」


 そうスライムが俺の付箋をたっぷり捕食していたのだ。

 パンくずを小鳥に食べられたヘンゼルの気持ちが分かったよ。

 どうするの俺? たたかう。逃げる?

 これまでの人生で何一つ決められなかった優柔不断の俺にそんな即座に決めれるはずがない。


『やっておしまいだボッチよ』


 ボッチ君が血気盛んに囁いた。

 やるもなにも、俺には武器がない。どうやって戦うんだよ。


『武器なんていらないボッチよ』


 え? いるだろ? 馬鹿かよ。


『男は黙って拳で語るんだボッチよ』


 黙ってるのか語るのかどっちなんだよ?


『……』


 何とか言えよ。

 どうする俺?

 その時、スライムがゆっくりと動き始めた。


お読みいただきありがとうございました。


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