とあるおっさんが勇者パーティーを離脱したやむを得ない理由(風評被害)
短編ですが薬師ジェイムズの世界観(ただし別大陸の過去話)となります。
「おっさんにはチームから外れてもらうことにした」
仲間の青年がそんなことを言い出したのは、冒険の旅も終盤を迎えた頃だった。
世界の支配者であると嘯き魔王を名乗り、世界中に魔物を解き放った集団との戦い。故郷を焼かれ復讐から旅を始めた青年も、幾つもの出会いと別れを経て心身共に成長し、両親の仇をとった頃には勇者と呼ばれるようになっていた。
敵の本拠地は、すぐ目の前。火口湖の中央にある島に建てられた巨大な城塞である。
たとえ青年を含む勇者一行が戦いより降りたとしても、周辺国が敵を見逃すことはない。各国が勇者一行の支援に徹しているのは仇敵のもたらした被害の大きさと利害関係の調整が未だ完了していないという事情もあるが、勇者が討伐することによる意義を重んじてのことだ。
国が動けば戦争だが、勇者ならば征伐であり聖戦ともなり得る。
昨日までの敵国同士が一朝一夕で肩を組み轡を並べることなど容易ではない。
強引な手段──たとえば勇者の妾に各国の王女を差し出す──などすれば一時的な解決にはなるが、そうなってしまうと今度は勇者の資質次第で強大な帝国が誕生することになる。幸いにも青年は組織を壊滅させた後は表舞台より退くことを表明し準備を進めており、権謀術数飛び交う政治と社交の世界から距離を置く意思を固めている。
おっさんと呼ばれた三十路の男は、勇者である青年にとって最初の敵であり仲間であり師でもあった。
チンピラ上がりの元衛士で、青年が持つ魔法の剣を欲した貴族の使い走りとして送り込まれたのが出会いのきっかけだ。結果として雇い主を殴り飛ばす事で青年の仲間となったおっさんは、青年の復讐に手を貸し、酒場のリュート奏者の言葉を信じるならば聖戦士などというむず痒くなるような二つ名を与えられていた。
その聖戦士に、勇者は戦力外通知を宣告した。
「ぎっくり腰が慢性化した。回復魔法を使っても、素振り一発で再発するんだわ」
「……というおっさんを連れて行って、万が一にも腰痛持ちの三十路男に倒されたくないと魔王から泣きが入った」
大型コルセットで腰を固定しつつも前かがみ気味に立っているおっさんが真顔で答え、勇者はこの上なく情けない貌でおっさんの説明を補足した。
説明を聞いていた聖女、女騎士、女賢者の三名は宿敵に心底同情した。
おっさんが聖剣を持てば、魔王直属の四天王(笑)でも一刀両断できてしまうからだ。ちなみに勇者は四天王二名を一刀でまとめて撃破した。女子組(平均年齢三百六十歳)は残る一名を袋叩きにしている。
勇者相手に敗れるのであれば、本望。
麗しい聖女達の力で滅びるのであれば、それもまたよし。
だが腰痛持ちで痛風予備軍で加齢臭のきっついおっさんは駄目らしい。
魔王の使いを名乗る者からの手紙には、おそらくは魔王直筆と思われる要求が書き連ねてあった。
懇願といってもいい。
要求の第一項としてマイクロビキニの鎧を着用した女騎士との一対一あるいはシースルーのド助平ランジェリー姿の聖女を相手としたぬるぬるローション相撲の開催。
先ずこの条件を呑まない限り勇者とも戦う気はないと魔王は述べている。
第二の要求として、聖戦士の排除。
視界にも入れたくないようで「できれば屈強な裸の男たちに囲まれて余生を過ごすような悲惨な最期を迎えてほしい」というコメントさえ添えてあった。
なお第三要求に女賢者へのメッセージとして「無理してミニスカローブ姿とか年齢考えろBBA」という一文があったのだが、勇者とおっさんは沈黙を貫いた。旅の途中で希少魔物を討伐し若返りの霊薬を完成させた女賢者だが、もともと半妖精だったので老化や寿命の概念が人間と異なる基準だったからだ。化粧品に費やす金額が激減して霊薬調合の諸費用をあっという間に回収できてしまった事をおっさんは知っていたが、毎朝四時間かけた乙女の嗜みが三十分程度に短縮されたのだから、おっさんとしては歓迎すべき事ではあった。
怪鳥のような声を上げて魔王の書状を燃やす女賢者を放置し、勇者は相談を続ける。
「マイクロビキニ鎧なんて破廉恥な装備、高潔な女騎士が持っているわけがないだろう」
「そ、そそそそそその通りだ勇者殿」
「聖女がシースルーのド助平ランジェリーという要求については論外だと思う」
「あああああああああ当り前ですわ勇者サマ」
あくまで一般論を口にした勇者に、女騎士と聖女が露骨に視線を逸らしながら返答する。
勇者が「二人は身分や性別を超えた親友」とか「二人が想いを寄せる相手と無事結ばれた時は披露宴で友人代表としてスピーチする原稿を既に準備しているんだ」と誇らしげに言ってるのを、おっさんは何度も見ている。ちなみに女賢者は基本的に玉の輿狙いであり、魔王討伐後に隠棲を予定している勇者は「人間としては尊敬できるが伴侶としては物足りない(人間語訳:貧乏人に用はない)」という評価だった。
「事情は分かりましたが、魔王の要求を呑む形で聖戦士ゲイルを追放するなど納得できるものではありませんわ」
反論の声を最初にあげたのは聖女だった。
尊い血筋ではあるが表立っては認知されず、成人の儀を迎える前に両親とされる男女と一度だけ面会した身の上である。回復魔法の使い手としては大陸有数で神殿より聖女の称号を授かりはしたが、神を妄信することもなく神殿への帰属意識も低い。魔王軍への怒りはあるが、それは宗教的な動機ではなく、魔物の氾濫により家族を失った孤児達の仇討という側面が大きい。
「いちおう従軍紙芝居師との打ち合わせで、聖戦士ゲイルは魔王四天王が一、詭弁将『心はいつも十三歳』と相打ちになりつつも魔王城への道を切り開いて力尽きたという設定で話を進めようと思っている」
「聞いた事ありませんわ、そんな他人を馬鹿にしたような魔王の部下なんて!」
聖女の反論に、女騎士が続いて手を挙げた。
「勇者よ、そもそも四天王とはつい先日に我らが討伐した連中だろう。詭弁将などという名前をどのようにして知ったのだ?」
「紙芝居の脚本家が公募で決めたらしいよ」
吟遊詩人が歌詞と旋律で物語を構築するように、紙芝居は視覚情報と弁士の熱演で物語を生み出す。
元々は巡回牧師達が布教の一環として始めた紙芝居だが、現在では情報伝達の媒体を兼ねた娯楽文化として国営の印刷局が運営されている。平時には公衆衛を呼びかけるものであったり、やんごとなき身分の方々の冠婚葬祭を伝える程度だが、戦時や災害時には英雄たちの勇ましい活躍を方々に伝えて民衆や兵士たちの士気を高揚するなどの役目も担っている。
今回の魔王軍との戦いは紙芝居作家たちにとっても正念場だ。
傑作を書き上げれば、その物語は十年百年と語り継がれるだろう。己が描いた物語が幾千幾万の弁士によってその数十倍数百倍もの人々に届くのは、作者にとっては大変な名誉になるだろう。そのためか時々こうして先走って展開を勝手にでっちあげてしまう脚本家がいるし、ひどい時には事実そのものを捻じ曲げたものを「こちらの方が面白いから」と紙芝居に仕上げてしまう者もいる。
おっさんと勇者は、その脚本家たちの勇み足を利用すると語った。
「魔王のもとへ勇者を送り込むべく、四天王を食い止めるため一人またひとり離脱していく勇者の仲間達。そして仲間達の想いを託された勇者は魔王と刺し違える形で討伐を果たす──という感じの筋書が用意されてて」
「なるほど勇者殿が政治の表舞台に出て来れないようにする仕掛けだな」
勇者の読み上げた筋書に軽く憤慨しつつも、貴族社会の面倒な部分を多少なりとも理解している女騎士は紙芝居作家たちの苦悩も察した。おそらく勇者が何らかの権力欲を匂わせたら、この筋書ほどではないにせよ「魔王と相討ち」という構図で始末しようと考えている勢力がいるのだろう。
過去に実にくだらない理由で勇者を排除しようとした貴族の一派がいた。おっさんが裏でいろいろ動いた結果、彼らと当時の魔王軍精鋭部隊が正面衝突して両軍は全滅した。
双方、素っ裸で。
武装はバナナとラズベリーだった。
生命こそ失われなかったが、それ以外の権威とか権力とか威厳とか尊厳とか諸々の大切なものを木端微塵にされてしまった貴族一派は別大陸に亡命して現在は穏やかに暮らしているという。とばっちりを喰らった魔王軍精鋭部隊も、やはり職務を放棄して別大陸に移住した。
それ以来、各国の王侯貴族は勇者──正確には聖戦士ゲイルの庇護下にあるすべて──に対して高圧的な干渉を止め、現在の連合国という仕組みを構築した。
「おっさんはここで離脱。俺も魔王を倒したら相討ちってことで姿を消す予定。戦いの顛末は女賢者が報告する手筈になってる」
「まーかせて」
魔王からの書状を燃やしてすっきりした表情の女賢者がサムズアップして答える。
古今の魔法に長けた偉大なる魔法使いにして魔王軍の策謀を幾度も打ち破った大賢者という触れ込みだが、実はおっさんが大枚はたいて雇い入れた傭兵である。交渉時に積み上げた金額があと百枚足りなかったら、今頃は魔王軍参謀長として勇者に真っ二つにされていただろう。
「聖女と女騎士は、どうする?」
「途中で四天王の一人と刺し違える筋書で。祖国と呼べる場所は私にはもうありませんので」
「同じく。某は口裏を合わせるのを不得手としているから、女賢者殿の証言に疑問を抱く者が現れるかもしれない」
ならばとっとと舞台を降りるに限る。
聖女も女騎士も名を偽ってきた。前者は面倒臭い血筋のため、後者は万が一の際に祖国に迷惑が及ばないために。勇者は最初から名乗らず、女賢者は魔法使いの常として真名を隠し、おっさんは本名で活動していたが大して人気がないので聖戦士と呼ばれることが多かった。
そもそも勇者だの聖戦士だの、周囲が勝手な期待と一緒に押し付けてきた称号だ。本名を呼ばずに識別できるから使用している程度の認識である。
勇者である青年は「俺、ただの復讐者」とぶれないし、おっさんは「威力偵察の特殊部隊」とやはりぶれない。道中で女神だの聖霊だのと芝居受けしそうな題材に遭遇することもあったが、大半は女賢者の研究対象に化けた。結果として預言とか祝福とか加護とか、英雄譚に出てくる諸々のあれそれが勇者に届くことは一度としてなかった。
魔王が嘆願書を送り付けるわけである。
「そういう訳で、おっさんは一足先に姿を消すことになった」
「なお自分が消えた直後に某国公爵家当主の姉君が消息を訊ねてくる可能性があるが、自分は骨の一片も残さずに消えたと伝えてほしい」
そっちが本音ですわね。
そちらが本音か。
そっちが本音だよね。
聖女と女騎士と女賢者の心が一つになった。美人ではあるが家の格と気位が大陸トップクラスに高いために婚期を軒並み踏み潰してきた美魔女が、チンピラ上がりのおっさんに目をつけていたのを彼女たちは知っている。聖戦士という称号を押し付け、貴族に準ずる身分にまつり上げた美魔女がナニを狙っているのか、その生々しい野望は魔王軍をしておっさんに同情する程だった。
「それにしても聖戦士ゲイルよ、骨も残らない死に方など滅多にないのだが」
「それについて秘策がある」
痛む腰をなんとか伸ばし、おっさんは私物をまとめたバックパックより小さな箱を取り出した。
最低限の装飾が施されたそれは指輪のケースにも似ているが、大角羊の頭部と二つの剣が交叉する紋章が箱の表面に刻まれていた。紋章を見た女賢者は「げっ」と青ざめた顔となり、おっさんから数歩退く。それと反対に聖女と女騎士は箱を詳しく見るべく近付いた。
「こいつは海の向こう側、魔女の首飾と呼ばれる環状列島で入手した人工遺物の複製品だ。遠隔操作で爆弾を起動させる装置らしい。爆弾の種類は問わず、設置した爆弾を自動的に識別して爆発させてしまうそうだ」
おっさんがチンピラ時代、冒険者として一山当てようと外洋船に乗って訪ねた土地で購入したものらしい。
使用方法について丁寧に説明を受け、実際に幾度か爆弾を遠隔操作で発動させてきた実績もあるようだ。
「半径九百メートルの範囲内に爆発物が設置されていると、この箱の起爆ボタンが赤く点滅するんだよ」
言いながらおっさんが箱の上蓋を開けると、中央にある起爆ボタンが赤く点滅していた。
「──女騎士、魔王の本拠地までの距離は」
「七百五十メートルであります、勇者殿」
点滅するボタンを凝視しながら、勇者と女騎士が確認する。火口湖の城塞に乗り込むための手段を幾つも構築していたのだから、距離や地形については把握済みだ。
「御味方は後方十五キロメートル……火口湖の麓に陣地を構えておりますわ」
聖女が情報を補足する。
「あたしー、爆弾とかは持ってないよ。材料あるけど」
女賢者がダメ押しをした。
「おっさん」
「……押すなよ、魔王の本拠地の要塞だぞ。爆弾つーても不法侵入者除けの地雷原とかそういう感じかもしれないだろ」
「それなら今のうちに爆破しといた方がいいんじゃね?」
「む」
「隙あり」
もっともらしい言葉におっさんが詰まった直後、勇者は悪戯小僧のような表情で点滅するボタンを押した。
◇◇◇
「──という出来事が、二十年ほど前に海の向こうの大陸でありまして」
「勇者なんて物語の世界とばかり思っていました」
「はい。魔王の住まう城塞、それを火口湖の底ごと打ち抜いて煮えたぎる溶岩へと叩き落したという凄まじい業績を遺された、実在する勇者たちの話です」
高級回復薬を仕入れに来た行商人が、一通り語り終えて満足したのか温くなった薬草茶を口に含む。
大陸間の高速海流網を読み切って外洋航海を成功させた新興の商会は、陸路と沿岸航海を組み合わせた従来の大陸間移動に要する時間を一気に短縮させた。霊木の樹精の加護を受けた素材、そして従来品よりも高い性能を持つ回復薬や解毒薬は今や大南帝国のみならず別大陸にも熱心な顧客が生まれつつある。
今回こうしてブリストンの街を訪ねて来た行商人も、別大陸の国々より非公式ながら要請を受けて薬品類を買い求めに来たという。
「それで、その勇者たちは?」
「一説によると魔王に敗れ、最期の力を振り絞って全てを溶岩に沈める事で相打ちに持ち込んだとか」
高級回復薬を含め希少な薬品を仕入れる関係で、取引はブリストンの薬師ギルドで行われていた。
ギルド所属の鑑定人と行商人が連れて来た鑑定人が双方で品質を確認した上で薬品を商人が受け取り、ギルドは大陸では入手が難しい素材を代金として受け取る。陸路に比べて素材品質は遥かに高く、取扱量も倍増している。それでいて提示される価格は陸路の半分以下ということで、薬師の少年は満足していた。
そういえば兄弟子が腰痛持ちだったのを思い出したが、彼は現在三十路くらいなので似た名前の別人であろうと考え、その日の夜には薬師の少年は別大陸の英雄の話を忘れてしまった。
■非常にどうでもいい人物紹介など
『勇者』
別に勇気がある若者ではない。故郷を魔物に滅ぼされたため、その復讐を完遂した孝行息子。世界平和はそのついで。空気は読めないが海流は読める。
『聖女』
神殿経営の孤児院出身なので聖女扱いされただけ。実家(貴族)とは笑顔で絶縁。実家が陸路で別大陸との交易を行って財を蓄えていたので、それを打倒する事に余生を費やすことにした。
『女騎士』
どっかの老貴族の後添えにされそうになった(内定通知済み)ので出奔。海だからマイクロビキニの鎧でも沈まないんだよと勇者を説得した。
『女賢者』
ハーフエルフ。老衰寸前だったが執念で若返りに成功。主だった成人病は全て経験済みの為、医学薬学に通じている。現在は人間年齢に換算すると二十歳前後を維持しており、彼女を知る関係者たちを軒並み震え上がらせている。
『魔王』
その正体は秘密結社ユニオンプロジェクトの幹部。適当に世界を破滅寸前に追い込んだ後、自分達の元いた世界の神々とその使徒に世界を救わせる予定だった。サルモネラ菌に汚染されたマヨネーズと生焼けの唐揚げ、梅毒、天然痘、ペスト菌に汚染した蚤、毒性の高い金属を内張した手押しポンプなどを大陸に普及させる寸前だった。
『おっさん』
聖戦士。ぎっくり腰は事実。作中で既に三十路。裏取引で若返りの薬を服用。表に出来ない人脈と薬物知識を保有し、経歴を抹消した後に別大陸にて第二の人生を謳歌しているらしい。ハハッ
『他爆スイッチ』
伝説の遺跡探索者が持つ特異技能を再現した人工遺物。遺跡や戦場に仕掛けられたあらゆる爆破物について、遠隔操作で爆破できる。受信装置のない火薬袋のようなものでも例外ではない。同系列の人工遺物にあらゆる罠を遠隔作動させる『天井からの紐』がある。