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エンジェリカの王女  作者: 四季
〜 第三章 天魔の因縁 〜

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96話 「別れた道を歩みゆく」

 ——言ってしまった。


 何もかもがこれで終わってしまう。築いてきた関係も、共にすごした記憶も、すべてが崩れさってゆく。


 でも、これでいい。

 これで彼が自由になれるのなら。彼が傷つかずに済むのなら。私は悲しくても辛くても……我慢する。



「なぜです。私には何が不足しているのですか」


 永遠に等しいとも思われるような長い沈黙の後、エリアスは静かに口を開いた。伏せた目元の長い睫が悲しそうな雰囲気を際立たせている。


「私はもう貴方に護られたくないの」


 エリアスが傷つき苦しむところを何度も目にするのは辛い。だから私の精神のためも含めて、この関係は解消した方が良いと判断した。


 動揺しているようで瑠璃色の瞳が揺れている。こんなことを言えば彼を傷つけるかもしれない。でも彼の身が滅ぶ結果に至るよりはいい。


「貴方はもう戦わなくていいわ。どこか遠いところへでも行って、自由に、好きなように生きて。他者の人生に巻き込まれることはないわ」


 他の者のために自分を犠牲にするなんて、そんな無意味で愚かなことはない。


「王女、どうしてそのようなことを仰るのですか?」


 触れようと伸ばした手を私は強く払い除けた。その温かな手に触れられたら——決意が揺るいでしまうような気がするから。だから触れてほしくない。

 今優しくされたら、私はきっとその優しさに甘えてしまう。同じことを繰り返してしまう。それだけは避けなくては。


「……触れないで」


 私はその場から立ち去ることにした。すべてに決着をつけるため、私はもう一度カルチェレイナに会わなくてはならない。


 すると背後から彼が叫んだ。


「どこへ行かれるのです!」

「カルチェレイナのところへ」

「なりません! それは絶対になりません!」


 エリアスは駆け寄ってきて、私の腕を強く掴む。痛いぐらいの力だ。今まで彼が私に対してこんな強い力を加えたことがあっただろうか……。


「貴女を危険に曝すわけにはいきません!」


 彼に純粋な力比べで勝つのは無理だ。彼の手から逃れるには力を使うしかない。


「ごめん。離れろっ!」


 エリアスは数メートル後ろへ吹き飛んだ。しかし上手く着地する。それにしても、彼に対してこの力を使う日が来るなんて思わなかったわ。


 彼はゆっくり立ち上がると、こちらを向いて言う。


「……分かりました。それが王女のお気持ちなのですね」


 彼の中の何かが切り替わったようだった。表情がついさっきまでと大きく変わっている。凛々しい引き締まった表情、彼が戦う時と同じ顔だ。


「私がカルチェレイナを倒します。そして必ず、もう一度貴女を笑顔にする」


 そう言い残してエリアスは去っていった。白い衣装を風に揺らしながら。


 まだぼんやり座り込んでいるヴァネッサに「行ってくるわ」とだけ告げ、私はカルチェレイナのところへ向かった。

 ジェシカとノアは、ツヴァイやレクシフは、大丈夫だろうか。無事だといいけど……。

 なるべくエリアスのことは考えないようにした。



 カルチェレイナのところまで戻るのにはかなりの時間がかかってしまった。でも無事たどり着いた。

 しかし既に遅かった。


「あら王女、帰ってきたのね。ちょうど良かったわ。みんな弱すぎて手応えがなかったもの」


 カルチェレイナの前に立っている者はもういなかった。

 ツヴァイは血を流して倒れ、レクシフはそんな彼を必死に揺さぶっている。ジェシカもノアもかなりボロボロだ。


「さて、二人だけで戦いましょう。エンジェリカの王女」


 カルチェレイナはそう言って怪しい笑みを浮かべる。それを見て寒気がした。


「王女様……何で……」


 身体中傷だらけで地面にへたり込んでいるジェシカが、目をパチパチしながらこっちを向く。愛らしい顔にはいくつもの痛そうな切り傷が刻まれている。


「カルチェレイナ! 決着をつけましょう」


 私はカルチェレイナを倒すと決意したのだ。

 それが彼女を苦しみから解放することにも繋がるのだから。


「ふっ……そうね。貴女が乗り気になってくれて良かったわ。こちらとしても好都合よ」


 カルチェレイナはやる気満々だ。私が彼女に勝てる保証はない。

 けれど私には力がある。言葉を発するだけでそれを現実にする、という便利すぎる力。この力を使えばきっとどうにかなるはず。

 私の願いを叶えるために、私はこの力を使おう。エリアスはもう失ってしまったけれど——。


「……エンジェリカの王女。手加減しないわよ」


 カルチェレイナは片手を掲げる。そこに水色の蝶が集まってくる。

 これだけの敵を蹴散らして、まだこんなに魔気が残っているなんて。さすがは王妃、並の悪魔とはレベルが違う。

 カルチェレイナの姿が消える。エリアスに蹴りを入れた時と同じパターンだ。


 ——後ろ!


 姿を現した彼女が蹴りを繰り出す前にその場を離れる。

 あんな攻撃を受けると一溜まりもない。絶対に避けないと。


 ——次は何をする?


 なんせ私は戦いなんてしたことがない。当たり前だが、そういうことには縁がなかった。だから何をどうすればいいのかが分からない。


 次の瞬間。カルチェレイナは勢いよく地面を蹴り襲いかかってくる。真っ直ぐ、私に目がけて飛んできた。


「……止まれっ!」


 咄嗟に叫んだが間に合わなかった。彼女の回し蹴りが腹に突き刺さる。一瞬の激痛に悲鳴をあげる暇もなく、そのままだいぶ飛ばされて地面に叩きつけられた。

 生まれて初めて体験する激しい痛みに立ち上がれなくなる。それどころか体が動かせず、あまりの辛さに涙が溢れてくる。

 このまま死ぬのではないだろうか。いや、このまま消えてしまった方が楽なのではないだろうか。そんな風に思えてくる。


「王女様っ……!」


 ジェシカの震えた声が耳に入る。カルチェレイナはまた移動し、ジェシカを蹴り上げる。彼女の軽い体はいとも簡単に宙へ浮く。

 地面に倒れたジェシカの背中をカルチェレイナが踏みにじる。特に羽を重点的に。


「見せしめに……殺るつもり? ふん……無理だよ。あたし……生命力には……自信あるんだから……」


 ジェシカは途切れ途切れだが強気な言葉を紡ぐ。その態度を見て私は「カルチェレイナを倒す」と決意したことを思い出す。


 ……そうよ。まだ諦めちゃ駄目だわ。


 大丈夫。まだ終わっていない。

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