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エンジェリカの王女  作者: 四季
〜 第三章 天魔の因縁 〜

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95話 「最善の選択肢」

 傷の治りきらない体で術を受け、聖気を吸い取られ、苦痛に震えているジェシカは、ノアの叫びを聞いて顔を上げる。


「……桃缶……!」


 ジェシカは水色の蝶に止まられて聖気を吸われ続けながらも気合いで立ち上がる。


 そんなに桃缶好きなのね。


 その様子を見てカルチェレイナはわざとらしく驚いたような顔をする。長い爪が目立つ手を、開けた口の前に添える。


「あら、驚いた。あれを食らってまだ立てるのね」


 見下したような笑みを浮かべるカルチェレイナ。

 それに対してジェシカは強気に言い返す。


「なめないでよね……!」


 これが桃缶への執着か。なかなか凄いものがある。


 彼女は再び剣を作るべく聖気を集めようとするが、蝶に吸収されているせいであまり形にならない。いつもよりかなり遅い。


 カルチェレイナは突如振り返り、かなりたくさんの水色に輝く蝶を飛ばしてくる。


 ……多すぎて気持ち悪っ。


 だがノアのシールドがしっかり防いでいた。蝶たちはびっしりシールドに張り付く。

 うわ、気持ち悪いって。

 カルチェレイナは指をパチンと鳴らす。ジェシカの剣の時と同じく蝶たちは一斉に爆発した。しかしこれぐらいでノアのシールドは破られない。


「ヴァネッサさんー、王女様を任せてもいいかなー?」


 硬直しているヴァネッサにノアが頼む。彼女はその声で意識を取り戻した。


「え、えぇ。分かりました」


 ヴァネッサは私の前に出る。しかし彼女の顔面はいつになくひきつっている。彼女は悪魔が怖いのね。家族を悪魔に殺されたと聞いたし、母のこともあるもの。仕方ないわ。


 ノアはシールドを張り続けている。致命傷に至るかもしれないような傷を負ってからまだ数日しか経っておらず、一人ではまともに立つこともできない状態だ。それなのにシールドはとても強固である。


「ヴァネッサさん違うよー。王女様を連れて逃げてー」


 ノアが言いたかったのはそういうことだったのね。


 そこへエリアスがやって来た。カルチェレイナがジェシカやノアに構っている隙に、ここまで来たらしい。


「王女! 一旦退きましょう」


 私は納得して頷いたが、ヴァネッサは心ここにあらずといった感じだ。今のヴァネッサは役に立たないことに気づいたのだろうか、彼は速やかに言う。


「ヴァネッサさん、貴女もです。ここは一度退き、体勢を立て直します。貴女も同行して下さい」

「ヴァネッサ、行こう」


 彼に続けて私も声をかけてみる。しかしヴァネッサは相変わらず心ここにあらずといった感じで、カルチェレイナたちの方を見つめ続けている。


 その姿を目にしたエリアスは半ば呆れたように「無理そうですね」と呟いている。

 これは嫌みではない。確かに、私から見てもヴァネッサは動けそうにない。魂を抜き取られかけてでもいるのか、と思うほどだ。


「どうするの?」


 尋ねてみると、彼は苦々しい笑みを浮かべつつ答える。


「仕方ありませんね。私が運びます」

「大丈夫?」

「はい。女性二人くらいなら問題ありません。では王女、少し失礼します」


 エリアスは片腕で私をひょいと抱き上げた。まるで軽い荷物を持ち上げるかのように。

 それから固まっているヴァネッサを無理矢理背中に乗せる。


「王女、掴まっていて下さいね。今から少し飛びますので」


 そう告げてから、彼は羽を少し広げて低空飛行した。ヴァネッサを背負っているからか若干羽を動かしにくそうだ。それでも速い。

 激しい風を受け髪が乱れる。髪が顔に触れて不快だが、我慢して懸命に彼の体を掴む。離して万が一落ちてしまったら大惨事である。



 エリアスはそのまましばらく飛ぶ。木々に囲まれた森に入ると、私とヴァネッサを下ろした。


「二人はさすがに重いですね」


 彼は苦笑しながら、冗談めかして言う。私からしてみれば冗談を言う余裕があるだけ凄い。

 ヴァネッサはというと、すっかり脱力して座り込んでしまっていた。地面は湿った土だというのに。服の裾が汚れるのを気にする余裕もないようだ。


「ねぇ、エリアス」


 言いながら何げなく腕に触れた瞬間、エリアスは急に顔をしかめた。何事かと驚き、慌てて手を離す。

 何か悪いことしちゃったかな?

 彼の瑠璃色の瞳と目が合う。気まずくなりとても話し出しにくい。


「王女?」


 エリアスは私の態度に違和感を感じたのか、戸惑ったような顔をしている。


「えっと……手、痛いの? もしかして怪我した?」

「怪我というほどではありません。咄嗟に防いだ衝撃が少々残っているだけです」

「それを怪我と言うのよ。ちょっと見せて」


 エリアスの服の袖を捲ってみる。肘と手首の間辺りが、赤みを帯びて腫れていた。

 これは痛いはずだわ。


「腫れているわ。私がこんな状況を作っておいてなんだけど、これ以上無理しちゃ駄目よ」

「心配して下さりありがとうございます。けれど、このくらいでくたばるようでは王女の護衛隊長とは言えません」


 エリアスはそう言って微笑むけれど、私には彼がとても儚いものに見えた。幻影のように、揺らいで消えてしまうような——今日はそんな気がしてならない。


 できればもう戦ってほしくない。彼をこれ以上私の運命に巻き込むのは嫌だ。

 エリアスを護衛隊長に選んだ頃の私は、こんな未来が待っているなど微塵も想像しなかった。遊びの域を出ない、そんな甘く愚かな考えだったわけで。過酷な未来を想像しなかったからこそ、特に親しくもない彼に護衛隊長になってほしいと頼めたのだ。

 あの頃の私がこんな未来を知っていたなら、エリアスを巻き込まずに済んだのに。


「……エリアス。私……もう戦ってほしくない……」


 私へ向けられた憎しみの牙によって彼が傷つく必要はない。私への憎しみなら、私へ向かうのが正しい。

 それなのに、彼はいつも自ら巻き込まれて傷つく。


「私が貴女に相応しくなれないからですか?」


 エリアスは不安げに尋ねてくる。本気でそう思っているような表情だ。


「違うわ、逆よ。私が貴方の主人に相応しくないの」

「そんなことは……!」


 私はずっと自由になりたかった。鳥のように、どこかへ飛んでいってしまいたかった。自由というものに夢をみて、意味もなくやみくもに憧れてきた。


「だからね」


 だからこそ分かる。私はエリアスを縛る鎖でしかないのだと。

 私は彼を縛るものでありたくない。


 ——そのためには、これしか思いつかなかった。



「今この時を以て、貴方を護衛隊長から解任するわ」



 ごめんね。でもこれが今の私に思いつける最善の選択肢なの。

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