94話 「王妃の戦い」
「そろそろあたしも参戦しようかしらね」
艶のある笑みを浮かべて歩き出したカルチェレイナを見て、ヴィッタは驚いた顔で目をパチパチしている。
「カルチェレイナ様! ヴィッタに任せて下さればぁ、あんな奴らはまとめて倒してみせます。キャハッ!」
ヴィッタは地面から大型悪魔を生み出す。むくむくと湧くようにたくさんの悪魔が現れてくる。
全身が薄紫の皮膚に覆われていて、白目は血走っていて、ギョロッとした大きな瞳。唇はなく、鋭い歯が丸見えになっている。体からはねっとりとした粘液が垂れている。
何とも気味の悪い姿だ。
「あたしは王女を殺るわ。ヴィッタはあの二人組を止めておいてちょうだい」
カルチェレイナはツヴァイとレクシフを指差す。それを見てヴィッタがコクリと頷く。
それから彼女はこちらへ向かって歩いてくる。エリアスは長槍を構えて前に出た。
「戦える?」
少し下がり一応聞いてみる。
彼はさっきの赤い電撃によるダメージもある。雑魚なら倒せるかもしれないが、カルチェレイナを相手にするとなると厳しいかもしれない。
「もちろん。王女に手出しはさせません」
エリアスは落ち着いた様子で答えた。瑠璃色の瞳には鋭い光が宿っている。
カルチェレイナは余裕のある笑みを浮かべたまま片手を前に出す。すると水色に輝く蝶が大量に飛んでくる。
蝶の群れを長槍で消滅させていくエリアス。疲労はあるはずだが動きは衰えていない。まるで舞うように華麗な動きで蝶を薙ぎ払っていく。
「なかなかやるわね。貴方、さすがだわ」
だがカルチェレイナの表情は余裕に満ちている。負ける気は微塵もないのだろう。
彼女は王妃になるほどの悪魔だ、一筋縄にはいかないだろう。どんな技を持っているか分からないので油断はできない。
「あたしも頑張るわね」
水色に輝く蝶がカルチェレイナの体に集まっていき完全に包み込む。しばらくして蝶が散ると、彼女の姿は消えていた。
エリアスは困惑した顔をして辺りを見回す。私も見回してみるが、彼女の姿はない。
刹那、エリアスの背後にカルチェレイナが現れる。
「——くっ!」
カルチェレイナは蹴りを繰り出した。エリアスは反射的に両腕を交差させて防ぐも、かなりの威力だったらしく数メートル後ろへ飛ばされる。
エリアスですら防げないとは凄まじい威力。私は見ているだけで戦慄する。
あの蹴りを食らったのが私だったら……かなり危険だ。少なくとも怪我は免れない。
「悪魔は天使より強いのよ。生まれつきパワーが違うわ」
少しして立ち上がったエリアスに向かってカルチェレイナは針を飛ばす。この前私が受けたのと同じ技だ。
あれはかなり痛かった。あれを食らえばエリアスでもしばらくは動けない。
「止ま……」
私は力を発動して止めようとした。
——だが間に合わない!
しかし、針がエリアスに刺さることはなかった。彼は覚悟を決めて身構えていたが、針が刺さることはなく、キョトンとした顔になっている。
彼の前に紫のシールドができていた。
「お待たせー」
それはノアの声だった。
声がした方を向くと、ジェシカに支えられてノアが立っていた。支えられていても少々苦しそうだ。
「ノアさん! ジェシカさん!」
奇跡だと思った。こんなナイスタイミング、滅多にない。
「王女様、大丈夫っ!? 助けにきたよ!」
「お待たせー」
カルチェレイナは凄まじく冷ややかな瞳で二人を睨む。とても不愉快そうな顔だ。
「余計なことをしてくれるじゃない……」
エリアスを仕留め損ねたカルチェレイナは機嫌が悪くなっている。
「王女以外に用はないわ!」
ジェシカとノアに向けて針を飛ばす。ノアはシールドを張る。ジェシカは彼を抱えて私のところへ走ってくる。そしてノアを地面に座らせると、聖気を集めて剣を作り出す。
「あたしが相手になってあげる! カルチェレイナ!」
ジェシカはまだヴィッタにやられた傷が治りきっていない。一対一で戦ってもカルチェレイナには勝てないだろう。それは本人も分かっているはず。だが、そんなことで逃げる彼女ではない。
カルチェレイナは振り返りジェシカを嘲笑う。
「貴女、ヴィッタに拷問された娘ね。体の調子はどう?」
「黙れっ!」
ジェシカは剣を握り締めてカルチェレイナへ飛びかかる。対するカルチェレイナは水色に輝く蝶を大量に出して迎え撃つ。蝶たちはジェシカの剣にまとわりつきカルチェレイナを守る。
「……蝶?」
ジェシカは剣にまとわりつく蝶を怪訝な顔で見つめる。
直後、カルチェレイナが指をパチンと鳴らす。すると水色に輝く蝶たちが爆発した。
「うあっ!」
爆風に煽られしりもちをつくジェシカ。聖気で作られた剣は消滅してしまった。
にやりと笑ったカルチェレイナは水色の蝶を大量に飛ばしてくる。
「ちょ、何これ……」
ジェシカは群がる蝶を手で払い除けるが、努力も虚しく体中に止まられる。
「……あ。あぁっ!」
聖気を吸われ悲鳴を上げる。
捕まっていた時、私もやられた技だ。あれは失神しそうなぐらい本当に痛かった。
苦しみもがくジェシカの体からは桃色のもやが出ている。
「ジェシカさん!」
でもどうすれば助けてあげられるか分からない。術をどう解除するのか知らないので、心苦しいがどうしようもない。
私は隣に座っているノアに視線を移す。
「どうすれば……」
「うん、僕に任せてー」
この状況にあってもノアは穏やかな表情だ。さすが、レベルが違う。
ノアは口元に両手を添えて叫ぶ。
「ジェシカー! 終わったら桃缶食べようー!」
飛び出したのは予想外な発言で、ついつい首を傾げたくなった。




