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エンジェリカの王女  作者: 四季
〜 第二章 地上界への旅 〜

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82話 「新たな護衛」

 私の問いを最後に、長い沈黙が訪れた。

 張り詰めた冷たい空気が肌を刺すようだ。


 いつもなら大抵何でも答えるエリアスだが、今は唇を一文字に結んで黙り込んでしまっている。……少し悪いことを聞いてしまったかもしれない。


「エリアス、どうなの? 本当のことを教えて」


 もう一度尋ねてみる。

 答えを待つ時間はとても長く感じられた。数十秒にすぎなかっただろうに。

 私は彼の瑠璃色の瞳を直視した。


「……私は」


 エリアスは伏せ目気味にしながら小さく口を開く。


「私には……分かりません。そんなこと考えてみたことがなかったのです……」


 途切れ途切れ言葉を述べる。

 それが真実なのだろう。彼が嘘を言えるほど器用な天使でないことはよく分かっている。


 そこに見守っていたジェシカが口を挟む。


「あたしにはそう見えるよ」


 真剣な表情だった。


「気づいてないのかもしれないけど、エリアスは王女様のこと好きだと思う。ずっと見てたから分かるよ」


 私はうっかり彼女の存在を忘れていた。

 エリアスに恋心を抱いていた彼女の前でこんな話をするのはまずかったかな?


「……分かりません。私にはまだ分からない。だから、もう少し考えさせてはいただけないでしょうか」


 エリアスは言いながら深く頭を下げた。そこまでしなくても、と思いつつ返す。


「分かったわ。気にしないで」


 私は、少しでも彼を緊張させないように、笑顔を浮かべる。


「……ありがとうございます。ですが、私が貴女の護衛隊長でありたいということ。これだけは紛れもない事実です」


 そうよね、私もエリアスに護衛隊長でいてほしい。紛れもない事実よ。

 いきなり護衛が他の天使に変わるなんて、そんなのごめんだわ。いくら父の忠実な家来だとしてもエリアスの代わりにはならない。


 一緒に過ごしてきた時間に敵うものはない。


「私、もう一度父に話してみるわ。護衛隊長はエリアスがいいって。父はカッとなると物凄く頑固になるけど、冷静になったら理解してくれる。そういう性格だもの」


 横にいるジェシカはうんうんと頷く。

 それを聞いたエリアスは、初めて表情を緩めた。


「ありがとうございます、王女。とても嬉しいです」


 顔から憂いの色は消え、花が咲いたように明るい表情になっている。彼が少しでも元気を取り戻してくれて良かった。

 もちろんそう簡単にいくとは思えないが——何と言われても諦めない。私の意思はもう確定したのだから。


「これはもしや、『これにて解決!』というやつだね?」


 ライヴァンが急に口を挟んできて、ジェシカは渋いものを食べたような顔をする。


「アンタちょっと空気読みなよ……」


 呆れた調子で言い放つ。


「なっ! この麗しき僕の発言が邪魔だったというのか!?」


 ライヴァンは驚きを隠さず顕わにした。目は大きく開かれ、口も派手に歪む。

 今に始まったことではないが、彼の極めて派手な反応はいつも私を不思議な気持ちにさせる。これが素なのだろうか。だとしたら、かなり愉快な悪魔である。

 それに彼は天使にすっかり馴染んでいる。一緒にいても違和感がないし、むしろ愛嬌があって可愛く思えてくるぐらいだ。


「うん、邪魔。そもそもさ、その麗しき僕とか言うの止めてよ。キモいじゃん」

「なっ、なにぃ! 僕に対してキモいとは、もしや嫉妬か!?」

「アンタに嫉妬とかないわー。冗談きついよ、黙って」


 ジェシカとライヴァンはいつの間にか馴染んだらしく、そんなやり取りを続けている。テンションの差がかなり凄い。

 二人の様子を眺めていると何だかおかしくなってきて、私はつい笑みをこぼしてしまった。天使と悪魔がこんなに仲良く喧嘩しているんだもの。珍妙な光景だわ。



 突如、気配を感じ振り返る。

 ザッザッという複数の足音が聞こえ、向こうから歩いてくる姿が見てとれた。ディルク王にツヴァイとレクシフ。三人だ。


 話にだいぶ時間を使っていたせいで追いつかれてしまったらしい。

 でももう怯まない。心の準備は十分できた。


「アンナ、ここにいたか。逃げるとは驚いたぞ」


 それはまぁ私が考えたわけじゃないけれど。


「ごめんなさいお父様。少し話し合う時間がほしかったの」

「それは別に構わぬ」


 逃げたことに対してはそれほど怒っていないようだ。


「あのね、お父様。私やっぱりエリアスと離れたくないわ。彼は大切なの。信頼しているの。だからこれからもエリアスに護衛隊長であってほしい!」


 私は思いをすべて打ち明けた。伝わらないかもしれない。恐らく分かってもらえないでしょうね。でも、それでも言いたかったの。



 ——しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。



「よかろう」


 一瞬耳を疑った。

 だってあんな頑なに「エリアスを護衛隊長とは認められない」と言っていたのに、急にコロッと認めるなんて何だかおかしい気がする。


 さらにディルク王は続けた。


「だがアンナの護衛が戦力不足なのは事実。この二人も護衛に加えておくといい」


 ディルク王はツヴァイとレクシフを一歩前に出させる。


「アンナ王女、先ほどは失礼しました。これからよろしくお願いします」

「エリアスさんの恋愛運調べとくっすよ!」


 レクシフはともかく、ツヴァイは何を言っているのやら。そもそも挨拶ではないし話がだいぶずれている。

 ……気にしたら負けかな。


「地上界の話を聞かせてほしい。アンナ、速やかにエンジェリカに帰るぞ」


 私はエリアスを傍に寄せてから頷いた。


 そこでジェシカが口を開く。


「王様! あたしたちが住んでた家はどうすればいい?」


 うわぁ、ため口だ。彼女は王に対しても普通にため口で話す。ある意味新鮮だ。


「必要なものだけまとめよ」


 ディルク王も当たり前のように返す。口調とかを気にしないあたり少し変わっているわね。


「分かった! じゃあ早速片付けてくるよっ」

「では自分も同行します」


 名乗り出たのはレクシフ。


「ジェシカさん一人では荷物を運べないと思いますので自分も参ります。アンナ王女、構いませんか?」


 えっ。わ、私なの?


「どうして私に?」

「今後しばらくは貴女が主人ですので。行動には主人の許可が必要です」


 本当に真面目な天使だわ。


「もちろん構わないわ。ジェシカさんをよろしくね」


 私がそう答えると、レクシフは丁寧にお辞儀した。真面目な天使だ。

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