52話 「手紙」
物凄く悩んだ。あれも言いたいしこれも伝えたい。驚いたことや楽しかったこと……。
しかし便箋に書ける文字数には限りがある。
便箋が多すぎたら読み手がしんどいだろうし。
そんなことで手紙を書き終えた時には夜遅い時間になってしまっていた。そこで、明日の朝天界郵便へ出しにいくようジェシカに任せた。本当は私が持っていくべきなのだが、彼女が持っていくと言ってくれたのだ。
三日後。私も地上界での暮らしにだいぶ慣れてきた頃。
朝早くに家を訪ねてきた者がいた。私が出ると、女性の天使が立っていた。
「おはようございます! 天界郵便のキャリーと申します。郵便物をお届けに参りました」
薄い緑の髪を一つにまとめてすっきりした印象の天使で、眼鏡がよく目立つ。ずば抜けた美女ではないものの、爽やかな雰囲気が好印象だ。
「あ、はい……」
「エリアスさんからですよ!」
綺麗な空みたいな青色をした封筒だった。
「地上界にはもう慣れられましたか? 頑張って下さいね!」
彼女は爽やかな声で励ましてくれた。
「はい……。ありがとうございました」
「それでは、また!」
キャリーと別れると、私は弾むような足取りでテーブルへ向かう。ウキウキする。
椅子に腰かけると早速封筒を開けてみる。
『アンナ王女へ お手紙ありがとうございます。地上界の生活は充実しているようで安心しました』
エリアスの字はとても整っていて読みやすい。
『ショッピングモールなるところへ行かれたのですね。店がたくさんあるとは興味深いです。いつか私も行ってみたいと思います』
便箋は二枚だけで綺麗な字なのもあってか、ほんの数分で読み終わってしまった。会話と違って手紙は書ける量がかなり限られている。少し寂しい気もするが、だからこそやり取りが楽しいのかもしれない。
「返事が来たの?」
ジェシカが話しかけてくる。
「えぇ! エリアスの字、とっても上手なの!」
「ホント!? 見せて見せてっ」
便箋を彼女に渡す。すると彼女は食い入るように便箋を見つめる。
「すごっ! エリアス、字上手すぎじゃん!」
ジェシカは興奮気味だ。
「ねぇ、やっぱりジェシカさんもお手紙書かない?」
「えっ!? そんなの、いいよ!」
「ほら、折角だから……」
「書けないの!」
私は首を傾げる。どうして書けないのか。
「……ほら、あたしもノアも良いとこの出身じゃないからさ……まともな字書けないんだよね……」
「えっ? 字が書けないの?」
信じられない。そんなの聞いたことがない。
「いや、少しは書けるけど……ちゃんとは書けないんだ。だからさ……ごめんね」
ジェシカが申し訳なさそうな顔をするから、なんだか悪いことをした気分になった。
「そういえばジェシカさんたちの昔の話は聞いたことなかったわね。聞いてもいい?」
すると彼女は迷っているようだったが、少ししてから口を開く。
「いいよ。あまりいい話じゃないかもだけど。……あたしは一般家庭に生まれたんだけど、戦い好きすぎて捨てられたの」
「戦い好きすぎて捨てられた? どういうこと?」
そんな理由で捨てられることがあるのかな……。
「女でそれも天使なのに戦いが好きだったから、小さい頃から気味悪いって言われてたの。それで親と森に行った時にね、突然親がいなくなって……なんとか家に戻ったら、『うちに子どもはいない』って言われてさ。家にも入れてもらえなかった。どうしようもないから、それからあたしは一人旅に出たんだ」
それを聞き、私はますます悪いことをした気分になった。
「なんというか……聞いちゃってごめんなさい」
「え? いやいや! そんなことないよっ。こちらこそごめんっ」
彼女は明るく両手を合わせて謝る。だが、過去の悲しい話を聞いた後だと、その明るささえも悲しいように思えてくる。
ちょうどそこにノアがやって来た。
「おはよー、ん? ジェシカが早起きなんて珍しいねー」
「うるさい!」
「あー、怖い怖いー」
ノアはちゃっかり空いていた椅子に座る。
「で、何の話してたのー?」
「ジェシカさんの昔のことを聞いていたところなの。もしよかったらノアさんの過去についても教えてほしいのだけど……」
ノアは少し目を開いたが、すぐにいつもの微笑みへ戻る。
「過去ー? 何それー」
「嫌だったらいいの。ただ、少し気になったのよ。もしよかったら教えてもらえる?」
「……うん。いいよー」
それから彼は話し出す。
「でもあまりちゃんとした記憶がないんだよねー。僕は赤ん坊の時に売りに出されたから、気がついたらもう売られてたかなー」
「売られ!? な、何それ……天使屋さん……とか?」
「うん。そういう感じー。多分、労働力にしたり羽を切って売ったりするんじゃないかなー」
ノアが恐ろしいことを随分普通のように語るものだから、私は困惑した。
「でも僕はこんな性格だからさー、売れなかったんだよねー。主人からは嫌われてたなー。あの主人はすぐ怒るし乱暴だから嫌いだったよー」
「確か脱走したんだっけ」
ジェシカが口を挟むとノアは頷いた。
「うん。脱走して追われてた時に偶然ジェシカと出会ってさー、助けてくれたよねー」
「じゃあ二人はそれからずっと一緒にいるの?」
「そうだよー。天使屋の主人を殺した時も一緒だったねー。あれは痛快だったなー」
純粋な笑みが余計に怖さを増している。
「……ノア。あまり殺したとか言わない方がいいよ。王女様がびっくりするから」
「そうかなー。分かったー。それじゃあ僕はそろそろ買い物にでも行ってくるよー」
そう言って椅子から立つと、ノアはあっという間に家から出ていった。
「びっくりさせてごめんね、王女様。本当ならあたしたちは、王女様に仕えられるような身分じゃない」
「いいえ! そんなことない、生まれた環境のせいよ。生まれた場所が悪かったんだわ」
二人ともそんなに悪いとは思えない。
「……ノアはさ、家族を知らない。それで家族に憧れてるの。だからすぐに家族だって言うけど、あまり気にしないで」
ジェシカは苦笑いする。
「間違いではないわ。もう家族みたいなものよ。少なくとも私はそう思っている」
当たり前よ。私たちに身分なんて関係ないわ。
「……ありがとう、王女様」




