51話 「ショッピングモール」
「ここが……ショッピングモール……!」
私は視界に入る世界に衝撃を受けた。巨大な建造物の中に様々な店舗が並び、物凄い数の人間が行き来している。エンジェリカの大通りだってここまでの賑わいではなかった。生まれてから今までに見た中で一番の賑わいかもしれない。
「お祭りをしているの?」
「ここはいつもこんな感じだよっ。賑わい、凄いでしょ」
ジェシカが楽しそうに笑いながら教えてくれる。
「いつもこうなの? 地上界って凄いのね……!」
まだ明るい昼間だというのにこうこうと輝くライト、勝手に動く階段エスカレーターに躊躇いなく乗っていく人間たち。まるで夢をみているような感覚。
「さて王女様、何食べる?」
どんな食べ物があるのかも知らない私に、ジェシカはいきなり質問してくる。
「ジェルキャンドルの材料、買いにいかないのー?」
ノアが少しだけ不満そうに言った。
「あ……う、うん……」
「じゃあ先に材料を買いにいこうよー」
そんな風に急かされ困っていると、ジェシカがノアを鋭く睨んだ。
「ノア、黙ってて」
静かだが凍りつきそうな冷ややかな声色だった。なかなかの恐ろしさである。
「ノアは放ってていいよ。さて王女様! どうするっ?」
ジェシカは私が今日こちらへ来たばかりということを忘れているのかもしれない、とそんな風に思ってくる。
「……ごめんなさい、分からないわ。この世界にどんな食べ物があるのか知らないし」
「あー、そっか。王女様は初めての地上界だもんね。うーん、じゃあどうしよっかな……」
そんな風になんだかんだ話しながら、結局私たち三人は近くにあったお店に入った。ジェシカによれば洋食のお店らしい。そのお店にはオムライスやスパゲッティ、カレーなんかもあって、エンジェリカの食生活に近い感じだった。
「えっ! ノアさん!?」
ようやく喧騒から離れ、席についてホッとした時、見知らぬ女性グループが声をかけてきた。
「ノアさんいる! 久しぶりですねーっ!」
「今日もかっこいいっ!」
「素敵ですね、ノアさん! ……誰よ、この女は」
脳内に大量の疑問符が浮かぶ。彼女らはノアのことを知っているようだ。それだけでなく、ノアに対して軽い恋愛感情を抱いているようにも見える。
「やぁ、久しぶりー。新しい家族が増えたから紹介するよー」
「「「……家族?」」」
……今、女性たちから物凄く鋭い視線を送られた気がする。ちょっと怖い。
「うん。この子だよー。王女様っていうんだー」
「いや待って! おかしい! 王女様は名前じゃないから!」
ジェシカが勢いよく突っ込みを入れる。
「そうだったっけー?」
「そうだよ! 名前はアンナじゃん!」
今一つ分かっていない反応のノアに呆れて頭を押さえるジェシカ。
「うん。じゃあもう一回紹介するよー。こちらアンナ、仲良くしてあげてねー」
ノアが改めて紹介すると女性グループは困惑した顔をする。
「「「呼び捨て……?」」」
またしても鋭い視線を送られる。三人の視線がまとまって私に突き刺さる。……そろそろ帰りたくなってきた。
「貴女、ちょっと可愛いくらいで勘違いしないでよね!」
一人の女性が突然私に向かって言ってくる。こんなくだらないことで嫌みを言えるなど平和な世界ではあるが、こんな言い方をされるとさすがに嫌な感じがする。
「おかしいって! 勘違いしてんのはそっちじゃん!」
先に言い放ったのはジェシカだった。
「王女様は何もしてないじゃん! そんなこと言わないでよ!」
「何言ってんの? そのアンナとかいう女、どう考えても勘違いしてるし」
さっき私に嫌みを言ってきた女性とジェシカが睨み合う。平和になるとこんなことが起こるのか。私は一つ学んだ。
「ちょっと貴女退きなさいよ。邪魔……」
女性グループの中の一人に腕を引っ張られそうになった瞬間、ノアが私の体をグッと引き寄せた。
「何でもいいけど、王女様に触れるなら許さないよー」
そう言ったのはノアだった。
「忙しいから帰ってもらえるー? さすがにしつこいよー」
少し怒っているようにも見える。
ノアに言われた女性たちは、不満そうな顔をして店から出ていった。
「何よあいつら!」
ジェシカは憤慨している。
「ノアさんがあんなに人気だなんて知らなかったわ」
「ホントそれ! 謎だよね、ノアのどこが好きなんだろ」
私はなんだか凄く疲れた。
食事を済ませた後、私とノアはジェルキャンドルの材料を買いに行き、ジェシカは食べ物を買いに行った。私はついでに便箋と封筒も買う。エリアスに送る用だ。そして、二時間後にショッピングモールの入り口で集合し、バスで家まで帰った。
「便箋? なになに? 誰かにラブレターでも送るの?」
私がテーブルに便箋を広げていると、ジェシカが興味津々で覗き込んでくる。
「エリアスに手紙を書くの。今日あったこととかね」
「へー! 面白そうじゃん」
「ジェシカさんも書く?」
すると彼女は首を横に振る。
「いいよ。王女様が書いた方がエリアス喜びそうだし」
「書きたくなったらいつでも言ってね」
「……ありがとう。王女様」
ジェシカは小さく笑みを浮かべてから冷蔵庫へ歩いていった。
さぁ、手紙を書こう! やる気に満ちてテーブルに向かったのはいいが、そういえば私は手紙を書いたことがあまりないということに気づく。幼い頃に母親とお手紙ごっこをしたことはあるが、実際に誰かに書いて送るのは経験がない。
「……何を書こう」
私はテーブルに突っ伏して、考え込んでしまう。手紙を書くなんて簡単だと思っていたが、いざとなると案外難しいことを知った。




