47話 「またね」
翌朝。
簡易救護所ですっかり眠ってしまっていた私は、気がつくと朝になっていた。穏やかな朝日が降り注いでいる。
「おはよっ」
ジェシカが目覚めたばかりの私に声をかけてくるが、私はまだ寝ぼけていて目がはっきりと見えない。寝ぼけ眼を擦りながら小さな声で「おはよう」と返す。
「おはようございます、王女」
既に起きていたらしいエリアスも優しく微笑んで挨拶してくれた。表情は昨夜より元気そうになっていて安心した。まだ包帯に巻かれているままだが、悪化はしていないようだ。
「王女様、服これでいい? 一応似合いそうなの持ってきたんだけど」
ジェシカの手には見慣れない形の服が乗っている。上半身用と下半身用が別れていて、ドレスとは全然違う。色や飾りもドレスのような鮮やかで華やかなものではなく、比較的シンプルなものだ。
「これが地上界の服?」
地上界の服なんて今まで一度も見たことがなかった。
「そうだよっ。さ、早速着せてあげるよ!」
ジェシカに急かされ、私は彼女と二人で近くの更衣用個室に入る。自力で服を着るということに慣れていないので着られるか不安だったが、ジェシカの丁寧な説明のおかげでわりと簡単に自力で着替えることができた。ドレスとはまったく異なる雰囲気に戸惑いつつも、地上界の服を着た自分が鏡に映っているのを眺めると、そんなに悪い気はしなかった。
「じゃーん! どうっ?」
ジェシカはノリノリだ。私は地上界の服でエリアスの前に立つ。なぜか少し恥ずかしい。
「……なるほど。そういう服装は新鮮です。しかし、よくお似合いですね、王女」
「おかしくない?」
「もちろん。いつもと同じように素敵です」
恐らくエリアスは私が何を着ても素敵だと言うだろう。なので彼の意見はあまり役には立たないが、褒められたことは嬉しかった。
「それにしても王女、本当に地上界へ行かれるのですね。事情は聞きましたが、少し寂しくなります」
「えぇ。私も寂しくなるわ。でも毎日手紙を書くから」
「……手紙、ですか?」
私は大きく頷く。
「そうよ。天界郵便を使えばその日のうちに届くはずだわ。毎日手紙のやり取りをすれば、ちょっとは寂しくないでしょ?」
天界と地上界を繋ぐ天界郵便を利用する日が来るとは夢にも思わなかったが。
するとエリアスはふっと笑みをこぼす。
「そうですね。ありがとうございます。体が治れば、私も地上界へ行きますから」
なんだか少し寂しくなった。
「無理しないでね」
私は最後にエリアスをギュッと抱き締める。ずっとこうしていれたら……なんて少し思ったりもした。でもそんなことを願うのは贅沢だ。生きているだけで十分。
「エリアス、またね。必ず書くから、手紙待ってて」
私は簡易救護所を後にし、ジェシカと共にノアが待っているという場所まで向かった。王宮から大通りを南に下る。
ある雑貨屋の前で私は足を止めた。ショーウインドウにピンクとブルーのくまのストラップが飾られている。
「王女様?」
ジェシカは首を傾げながら足を止める。
「……ここ、前に来た」
くまのストラップのことなんてすっかり忘れていた。多分私はなくしてしまっている。
「このくまのストラップ、前にエリアスと来た時に買ったの。……っ」
今までこらえていた涙が一気に流れた。死ぬわけじゃないから、また会えるから。最後に泣いていたらまたエリアスを心配させてしまうから。
「王女様、それ買う?」
「……いらない。見たら思い出してしまうから。それに、一人じゃ意味がないわ」
ジェシカは静かに提案する。
「一応買っといてさ、後で手紙と一緒に送ったらどう?」
涙を拭いながら、私はこくりと小さく頷く。その発想はなかった。
私はくまのストラップを買った後、大通りを南に下り、ノアと合流した。「随分遅かったねー」などと冗談混じりに言われつつ、地上界行き列車が待つ駅へと向かう。
初めて目にする地上界行きの列車は、真っ白に金色の柄で、とても綺麗な外観をしていた。乗り込むと中には、ワイン色の席が片側には三つもう片側には二つ、それぞれ並んでいた。高級感の漂う車内で、私はあっという間に夢中になる。さっきまで泣いていたことなんてすっかり忘れていた。
私たちは三つ並んでいるところの席だった。切符の番号の席を見つけると、足元の棚に大きな荷物を入れる。
「王女様、窓側に座ったら? 外の風景が見れるよっ」
ジェシカの勧めで私は一番窓側の席に座った。大きな窓で、よく風景が見えそうだ。
『天界列車、地上界行き。まもなく出発致します』
車内アナウンスがあった。
「意外とすぐ着くからねー」
ノアがいつも通りののんびり口調で言う。
列車が走り出す。不安もないことはないが、今はそれ以上の期待があるのでもう辛くはない。
こうして私は、ジェシカとノアの二人と一緒に、地上界へ向かうのだった。




