38話 「特別な力」
それから私はしばらくの間、医務室でみんなと話した。
「どうして悪魔はエンジェリカの秘宝を狙うのかな。それに、なぜ私が狙われるんだろう。どんな願いも叶うような秘宝なら、王女が持っているわけない。普通なら金庫とかにしまってあるはずなのに……」
私の中ではそれがずっと疑問だった。それもみんな揃って、このブローチをエンジェリカの秘宝と勘違いするなんて。これはただのブローチなのに。
「それは王女様がか弱いからじゃないかなー」
ノアが一番に答えた。
迷いなく、サラッと。
「バカッ! 何言ってんの!」
ジェシカはノアを厳しくしばいてから私をフォローしてくれる。そんなのいいのに。
「ノアの発言とか気にすることないから! それに、王女様は王女様でいいとこあるし! ホントノアは空気読めないやつなんだから。戦いだけが天使の偉さじゃないじゃん!」
ジェシカに気を遣わせてしまって申し訳ない気分になる。
ノアの言ったこともある意味事実だ。弱い者がいれば弱い者から狙われる。それもおかしな話ではない。
「ジェシカ、怒らないでよー。僕だって王女様を悪く言おうとしているわけじゃないよー。ただ、王女様はまだ目覚める前っていうかー……」
ノアは言い訳のように慌てた口調で話す。
「どういう意味だ?」
エリアスが真剣な顔で口を挟んだ。彼の瑠璃色の瞳が、ノアをじっと見つめていた。まったく、エリアスは私の話題になるとすぐ参加してくるんだから。
真剣に聞かれたノアは、少しの間迷ったように言葉を止めたが、やがて答える。
「王女様からは結構凄い聖気を感じるんだよねー。まだ発現には時間がかかりそうだけどー」
ノアの言葉を聞いても意味がよく分からなかったらしいエリアスは、怪訝な顔をして首を捻る。私も同じ気持ちだ。ノアは一体何の話をしているのか。
「隠された力、ってわけ?」
話を聞いていたジェシカが尋ねるとノアは頷く。
「うん。そんな感じだねー」
「では悪魔たちは、それを狙っているのか?」
「それはないかなー。だって、ずっと一緒にいた隊長すら気がつかなかったんだよねー?」
ノアはいつものことながら右サイドの髪を指で触りながらきっぱり言う。それを聞きエリアスは悔しそうに顔をしかめる。
「……確かにその通りだな。私には気づけなかった」
ノアは気に対する感度が人一倍良いから、まだ発現していない微量の聖気でも感じることができるのだろう。それは理解できる。だが、私にまだ隠されている力があるというのは、簡単には納得できなかった。もし私にノアが言うような聖気があるなら、少しくらいは自覚することが可能なはず。自身のことなのだから。
その時ふと思い出した。
『アンナ。お前は選ばれた。それゆえにお前は、このエンジェリカを終わらせる天使となる』
前に夢の中で、黒い女の声が私にそう告げていたことを。
……まさかね。
そんなことあり得るはずがない。
私は今までずっと護られるばかりで弱かった。ついこの前まで、王宮の外へ出たことすらなかった。そんな私に力なんて、あるわけがない。
あるわけないのに。
どうしてだろう、いやに引っ掛かる。
「ノアさん、冗談は止めて。私が護ってもらうばかりの弱虫なのは事実だし、それに……気にしてないから。本当のことだもの、気にしてないわ!」
私が唐突に言ったものだから、ノアは指の動きも止まりキョトンとした顔になる。
「冗談? 冗談じゃないよー。王女様は確かに特別だよー」
特別。
その言葉がいやに胸を苦しくする。聞きたくない。私は普通の天使で、ただ王家に生まれた王女なだけ。
「特別なんかじゃないわ。私は無力な王女なの」
私は心の不安を拭うように言った。
「うん。今はそうだねー。だけど、将来的には僕らを越えるかもしれないよー」
「まさか。それは本当か? 私を越えるのか?」
エリアスはノアの話に興味津々のようだ。
「隊長はかなりレベル高いけど、もしかしたら越えるかもだねー。だって王女様はエンジェリカに選ばれたわけで——」
「もう止めてっ!!」
私は無意識に叫んでいた。
周囲にいたみんなの視線が集まる。ジェシカもノアも、エリアスもラピスも、驚いた顔をしてこちらを見ていた。冷たく静かな空気が流れる。
「あ……あの、……ごめんなさい。つい……」
とても言いにくかったが、取り敢えず謝る。
「よっし! この話はもう終わりにしよっ。ノア、アンタはホント余計なことばっかり言うんだから!」
沈黙を破り明るく言ったのはジェシカだった。ジェシカは一発ノアにビンタを食らわせると、大きく背伸びをする。それから口を私の耳元に当てて小声で言う。
「……何かあるの?」
すべてを見透かすような言い方だった。ジェシカには他者の心を読む能力はない。つまり、私の言動がそれほど分かりやすかった、ということか。
私は彼女の耳元に唇が触れるくらい接近し問いを返す。
「どうして?」
すると彼女はまた私の耳元に口を寄せて答える。
「さっきから、ちょっと様子がおかしかったから」
本当によく見ているな、と思う。もしかしたら彼女はこの中で最も護衛向きの性格かもしれない。一見すると明るく気ままな少女だが、実際は鋭い観察眼を持った人物なのだと分かった。
「この後、少し二人になれる? できれば二人きりで話したいのだけど……」
そう返すと、彼女は親指をグッと立て、小さく頷く。私の気持ちを汲んで、他に気づかれないようにしてくれているのだろう。
「エリアス、ちょっと王女様を借りてもいい?」
ジェシカは何事もなかったかのように明るく尋ねる。
「突然どうした」
「あたし、王女様に用があるんだ! だから少しだけ二人にさせてくれる?」
エリアスは少し考える。
「……分かった。だがどこへ行くかだけ言っておいてくれ。悪魔が来たらすぐに行く」
「隣のカウンセリング室! あそこなら窓もないし、まだ安全じゃん?」
そしてジェシカは私に手を差し出す。
「さっ、王女様。行こっ!」
私はその手をとり、医務室の外へ出た。




