32話 「とても幸せな日」
こうしてようやく始まった感じのした誕生日パーティー。
最初はラピスの歌。ラピスは瑠璃色のシンプルなドレスで現れ、見事な歌唱を披露してくれた。ホールでないので響きにくい環境だ。しかし、想像の遥か上をいく素晴らしい歌だった。それにしても彼女は瑠璃色がよく似合うな、と私は思った。さすがラピスという名前なだけある。……いや、関係ないか。
「歌手っていいなぁ」
ラピスの歌声に聞き惚れながら、ジェシカは独り言のように呟いている。そういえば彼女は本物の歌手を見たことがないと言っていた。初めてだから余計に感動するのだろう。
続いてはフロライトの出番。出し物内容は手品だ。彼のすぐ隣に皿を持ったラピスが立っている。
「……鳩を丸焼きにする」
そっか、凄い手品だなぁ……って、えっ!? ま、丸焼きっ!?
まずフロライトは何も乗っていない右手に布を被せる。そして三秒ほど待ち、その布を取ると、彼の右手には一匹の白い鳩が乗っかっていた。
「面白いですね、王女」
すぐ近くにいたエリアスが声をかけてきたので私は頷いた。
フロライトは慣れた手つきで鳩の脚を掴むと逆さ向ける。そして左手の指を一本伸ばして何やらブツブツと唱える。すると、その一本の指に火がついた。マッチのような小さな炎。その指を白い鳩に近づけた瞬間、ポンッと小さな爆発が起きる。曇り空のような灰色の煙が晴れると、彼の右手にはしっかり焼かれた調理済みの鶏肉が持たれていた。
「うわああぁ」
ジェシカが悲鳴に似た叫び声をあげる。
「美味しそうになったねー」
いやいや、どう見ても鳩じゃないでしょ。フロライトが持っているのはどこからどう見ても鶏肉だ。
フロライトは右手の調理済み鶏肉をラピスが持つ皿に乗せ、羽織っているマントの中から白い鳩を取り出す。
「……これで終わりだ」
最後にそう告げて手品は終わった。なんとも複雑な心境にさせられる手品である。
ラピスが鶏肉の乗った皿を運んできた。
「王女様、これいかがデスカー? 美味しいお肉デス!」
彼女は花が咲いたように華やかな笑顔で言ってくれるが、どうにも食べる気にはならない。
「あ、後でいただきます……」
眩しい笑顔を向けられるときっぱり断ることもできず、こう返すしかなかった。
それからもフロライトはいくつか珍妙な手品を披露してくれた。意外と興味深いものも多く楽しかった。
「では先にお部屋へ帰りますネー! 今日は楽しかッター!」
「……どうも」
もう夕方になっている。ラピスとフロライトは一足先に客室へと戻っていった。
「いやぁ、楽しかったねっ!」
二人がいなくなるなりジェシカは全力の背伸びをする。爽快な笑顔だ。
「王女、いかがでしたか?」
エリアスが少し心配そうに話しかけてくる。
「とても楽しかったわ。料理も美味しかったし」
それを聞き彼は安心した顔になった。
「それは何より。王女に楽しんでいただければ光栄です」
「うんうん。その通りー」
本当に楽しくて幸せな時間。そして本当にあっという間の時間だった。楽しい時間はすぐ過ぎるという説は事実だと身をもって感じた。
そして夜。
部屋には私と黙っているヴァネッサの二人だけ。ドアの向こう側には見張りのエリアスがいるだろうが、部屋の外なのであまり関係ない。
誕生日パーティーでみんなで騒いでいたのが嘘みたいだ。少し寂しい静寂に包まれながら、私は窓の外を眺めていた。
暗幕のように真っ黒な大空にチラチラと輝く星たち。だが、今晩は若干雲がある。そのせいで星の瞬きは時折遮られる。昨日の夜空の方が澄んで綺麗だった気がする。
ぼんやりと考えつつ、私は明日の建国記念祭で読む挨拶の原稿を取り出す。数日しか経っていないのだが、なぜかとても懐かしい気がして、理由もなく笑ってしまった。
こういう堅苦しい王女の仕事が嫌でよく投げ出したものだ。しかし今は嫌だとは思わなくなった。こんな簡単で安全な仕事にぶつくさ愚痴を漏らすことができる幸せに気づいたから。
「……アンナ王女、明日は建国記念祭です。恥ずかしくない挨拶を頼みますよ」
雑用をしていたヴァネッサが静かな声で言ってくる。
「復習しておくから大丈夫」
短く返してベッドの上に寝転がり、原稿用紙に目をやる。相変わらず堅苦しく難しい文章が並んでいる。読めない字はないが突っかかることはあるかもしれない。だから、なるべくスムーズに読めるように、脳内で何周か読んでみる。何周もしていると段々慣れてきて、次第にほぼ突っかからなくなった。あとは緊張さえしなければ大丈夫なはず。
「……今日のパーティーはいかがでしたか? 楽しんでいただけたでしょうか」
ヴァネッサがこんなことを尋ねてくるのは珍しいな、と思いつつ答える。
「えぇ、楽しかった。パーティーは華やかに大規模で行うのが良いって思っていたけど、少人数でも楽しくできるのね」
「色々考えましたから。結局あのような中途半端なものになってしまいましたが」
ヴァネッサは笑わない。でも今日は声から優しい感じが伝わってくる。
「アンナ王女が楽しかったのなら良かったです」
「そうそう。そういえば、料理の中にエンジェルコーンのクッキーがあったわ。あれはヴァネッサのクッキーでしょ」
「はい」
「あれがヴァネッサからのプレゼント?」
「……そうですね。まともなものでなくてすみません」
「ううん、いいの。私、ヴァネッサのクッキー大好きよ。とても美味しかった」




