31話 「愉快な誕生日」
ドアが開け放たれ、最初に現れたのはジェシカ。料理がたくさん乗せられた駒つきテーブルを慣れない手つきで押して運んでくる。ひっくり返さないかこちらが不安になる感じだ。それからヴァネッサとエリアス、そしてノアも部屋へ入ってきた。お馴染みのメンバーだ。
「さてさて。じゃあ、王女様の誕生日パーティー始まりっ!」
開始の合図を告げるのもジェシカ。随分重要な役を任されたものだ。
「じゃあまずプレゼントを渡すコーナーからだねー。では早速僕からはー……」
ジェシカに続けてノアが言う。安定ののんびりとした口調に心が少し癒される。
「あたしからはこれっ」
ノアを押し退けジェシカが一番に私の前に立つ。彼女は屈託のない笑みを浮かべていた。
「お誕生日おめでとっ! 地上界で買ったものだよ」
その手には濃いピンクの小箱が乗っている。白いリボンがかけられていてコントラストが可愛らしい。言うなればジェシカをギュッと縮めたような箱。
「ありがとう、ジェシカさん。……うぅっ」
「えぇっ。王女様っ!?」
彼女の顔を直視した途端、なぜか急に涙腺が緩んで泣き出してしまった。自分でも意味が分からない。嬉しいはずなのになぜか涙が止まらないのだ。
「ジェシカ、王女様を泣かせちゃったねー」
「そういうのいいから!」
何やらやり取りしているのが聞こえるが、視界は涙で滲んでほとんど何も見えない。
「ちょ、ごめん。王女様、何か嫌なこと言っちゃった?」
私は首を横に振る。涙が止まらないせいで、言葉で「違う」とは言えなかった。
嬉しいのだと伝えたいがそれすら不可能な状態だ。
ジェシカは私の心情を汲んでくれたらしく、何も言わず頭を優しく撫でてくれる。とても温かい手。
「……ごめん、なさい……。私……嬉しくて……うぅっ」
徐々に落ち着いてきたので、まともには話せないが、必死に言葉を紡ぐ。ジェシカならきっと分かってくれる。私を変だと思ったりしないだろう。
「これ以上……泣かないから。平気、もう大丈夫」
ようやく涙が治まってくる。腕で目を擦り涙を拭うと視界が晴れた。
「もーっ! 王女様急に泣き出すからびっくりしたじゃん!」
ジェシカはほっとしたように明るい笑顔を咲かせる。
「あまりお化粧していない日で良かったですね、アンナ王女」
様子を眺めていたヴァネッサが彼女なりの冗談を言った。彼女は多少普通の人と感覚がずれているので、彼女的には笑いどころなのだろう。もっとも、真剣な顔で言うものだから笑えるわけもないが。
「じゃあやっと次、僕の番が来たねー」
そうだった。すっかり忘れていたが、最初はノアが渡そうとしてくれていたのだった。
「どうぞー」
彼が手渡してくれたのは銀のシンプルなデザインのネックレス。確かに高価そうだが、デザイン的に男ものと思われる。
「これも地上界のものなの?」
ノアはニコニコと穏やかな笑顔で「そうだよー」と答えつつ頷く。
「人間の女の子からのプレゼントだったんだけど、どうにも僕にはこのチェーンはとめられなくてねー。だから王女様にあげようと思ったんだー」
「も、貰い物?」
「うん。似合うと思うよー」
その時、無言で歩み寄ってきたエリアスが、私の手からネックレスをつまみ上げた。
「貰い物をプレゼントするのは良くない」
静かにノアに忠告し、エリアスはネックレスを没収した。
「隊長、没収は勘弁してよー。僕は他のプレゼント何も持ってきてないんだー」
何だろう、この会は。なぜプレゼントを渡すだけでこんなに時間がかかるのか。まぁ一部私のせいもあるわけだが……そこには触れないで。
「ありがとう、ノアさん。私は気持ちだけで嬉しいわ」
「うーん、でもなー……」
納得いかない顔をしている。
「あ!」
何か閃いたようだ。
「それじゃあ、僕をあげるよ。これから僕はずっと王女様のものになるねー」
ノアが言い終わると同時に凄まじい殺気を感じる。それは隣にいるエリアスから発されているものだった。直接向けられていない私すら生命の危機を感じる。なんて恐ろしいの。
「よろしくー」
しかし当のノアは気がついていない様子。呑気に笑っている。気の感度は良くても殺気には疎いのだろうか? 聖気や魔気より殺気の方が怖いと思うのだが……。
「ノア、何と言った」
「プレゼントがないので僕をプレゼントにすることにしましたー。隊長、それがどうかしましたかー?」
ノアがいつもの調子で言った瞬間、エリアスは目にもとまらぬ素早さでノアの襟を掴み、一気に引き寄せる。そして顔を近づけて非常に鋭い目つきで睨む。
「王女には私がいる」
そこまで言われてノアはようやく気がついたらしい。
「そ、そーでした。ごめんなさいー……」
ノアが素直に謝ったのでエリアスはすぐに手を離した。ヴァネッサとジェシカはその様子を呆れ顔で見ていた。
「はいはーい、おしまいっ。そろそろ出し物の時間だから!」
「そうでした。アンナ王女、ここからは料理もどうぞ」
駒つきテーブルの上には色とりどりの軽食が並んでいる。どれも美味しそうだが、私一人で食べきるには量が多い。
「早速、歌手のラピスに歌ってもらいましょーっ」
またまたジェシカが芯を取って仕切る。自然と楽しい気持ちになってくる。恐らくみんなが明るくて面白いからだろう。
それにしても不思議だ。あれほどずっと、いつか出ていきたいと思っていたのに、今は王宮の中が楽しい。大好きなみんなとこんな風にすごせることが、とても幸せに思える。




