2話 「胸膨らむ、素敵な街へ」
初めて王宮を出ることを許可された私は、エリアスと共に街へと向かった。楽しい気分だからかいつになく足取りが軽い。
「さて、どこをご覧になられますか? 王女」
エリアスは長いまつげを動かしながら訪ねてきた。
「エリアスはいつも街へ行ったりするの?」
彼は私の護衛隊長。いつもどこでも私のそばにいて、私の命を狙う者がいないか見ている。片時も私のそばを離れない。だから彼が外出しているところはあまり見たことがないが、王女の私と違って王宮の外に出たことがないことはないだろう。
「どこかオススメの場所はある? 私、街へ出るのは初めてだから、何があるか知らないの。だからエリアスのお気に入りの場所とかがあったら教えて」
すると彼は少し考えるように黙り、そして言う。
「そうですね。街へはたまに来ますが、大抵仕事なので、あまり観光に良い場所は分かりません。王女はどのような場所がご希望ですか? 私に分かるところなら紹介しましょう」
「そうね、えっと……。お買い物ができるお店とかある?可愛い小物のあるお店とか、どこか知っているかしら?」
折角街へ来たのだから、普段見ることのできないようなものが見てみたい。高級な食事や豪華な調度品、それにドレスなどなら、王宮の中にいくらでもある。そんなものを見ても見慣れているから面白くないだろう。あまり身近にないものの方が新鮮できっと楽しめる。
「小物……ですか。なかなか難しいですね。私は可愛い小物売っている店など行ったことがありません。ですからこれといった店舗を紹介するのは難しいですが、大通りへ行けばたくさんの店があります。そこになら王女がお望みの小物を売る店もあるでしょう。ではひとまず、大通りへ行ってみましょうか」
話がまとまり、私はエリアスに案内されて大通りへ向かうことにした。
大通りはたくさんの店が並んでいた。野菜や肉を販売する食料品のお店もあったが、多くはアクセサリーや服、そして雑貨を売っている。建国記念祭の準備をしているらしき者が多く行き交っている。けれどそれだけではなく、買い物をしたり普段通りの生活をしている者も思っていたよりたくさんいた。
風景を眺めているうちにふと思ったのは、街で暮らす天使たちは私やエリアスの様に大きな羽は持っていないということだった。面白い発見である。初めて街へ来るので一般の天使を見るのも初めてかもしれない。王宮を出てここまで歩いてきただけだが既に一つ学ぶことができた。やはり私の思った通り、外に出る事は何より勉強になる。自分の部屋で本を読んだり教師から教わるより、ずっと楽しいしずっと有意義だ。
「この通りは賑わっているわね。店もいろいろあって面白そう。見に行きましょ!」
「はい、どこへでも。常に貴女の傍に」
私は早速歩き出す。初めて見るものばかりの世界に心が弾む。私がずっと持っていた願いが今現実となっている。こんな幸せはない。
「ねぇエリアス、あそこのお店なんて面白そうじゃない?お客さん集まっているし人気なのかも。見に行ってみましょうよ」
彼は何も言わず頷き、どんどん進んでいく私の後について歩いた。
たくさんのお客さんが集まっているところへ入っていく。背が高い者が数人前にいるせいで、店先のテーブルに何が置かれているのかはっきりと見ることができない。
必死に背伸びをして隙間からみると、どうやらアクセサリーが置かれているということが分かった。安そうでおもちゃのようなものもあるがそれなりに価値のありそうな商品もある。赤に青に黄色に緑、とても色鮮やか。装飾も金や銀でされたような商品もあり興味深い。
「街でも宝石とか金とか銀とか使ったアクセサリーがあるのね。私、そういうのはないんだって思っていたわ。一般の天使もあんなアクセサリーするのね」
するとエリアスは返す。
「いえ、あれらは本物ではありません。ガラスや安い金属を使って本物のように見せているだけのものです。もしあれが本物の宝石や金銀を使用したアクセサリーなら、あの者たちは誰一人として買えないでしょう。ここにいる中で本物のアクセサリーを買えるようなお金のある方は王女ただ一人です」
「そんなに貧しいの?」
私は驚いた。皆生き生きしているし貧しそうには見えないから。
「彼女らが貧しいのではなく、宝石や金銀が高級なのです。だから買えないのですよ」
「ふぅん。そういうこと」
王宮の中でしか暮らしたことのない私にはよく分からなかった。私にとっては宝石もアクセサリーも特別なものではない。
「そこのお嬢さん!」
人混みに疲れ離れようと思った瞬間、背後から店員の女性が声をかけてきたので振り返る。
「もしかしてアンナ王女様……ですか?」
するとアクセサリーを見ていたお客さん達も一斉にこちらを向いた。少し恥ずかしい。
「えぇ、そうだけど」
すると店員の女性は私に手招きして言う。
「どうぞこちらへ。ぜひ見ていって下さい」
とても良い待遇である。私は商品のあるテーブルの方へ歩み寄った。後ろにはエリアスが淡々とついてきている。
店員の女性は私の胸元についているブローチに視線を注ぐ。ブリリアントカットの赤い宝石の周囲を翼のような形状の金で囲んだブローチだ。
「王女様、そのブローチ、とても素敵ですね。真っ赤な宝石がとても綺麗」
「ありがとう、これは母からもらったものなの。私も気に入っているわ」
これは母との思い出の品だ。このブローチを身に付けているとずっと母が近くにいてくれるような気がして心が安らぐ。孤独で寂しい時でも温かな気持ちになる。
「王女、そろそろ次へ参りましょう。可愛い雑貨屋へ行かれるのでしょう?」
珍しくエリアスが口を挟んでくる。
「そうだったわね。ついつい忘れちゃってた。次行こっか」
「はい。常に貴女の傍に」
エリアスはそう言って右手を胸に当てて軽くお辞儀した。
私はエリアスと共にアクセサリー店を離れ雑貨屋へと向かうのだった。