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エンジェリカの王女  作者: 四季
〜 最終章 未来へゆく 〜

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119話 「彼女の強さ」

 深海のような沈黙——。


 月の光もない暗い夜のような、静かで冷たい空気。

 緊張で呼吸が浅く速くなるのを感じる。背中をひんやりした汗がツウッと伝う。ジェシカの顔色を窺おうと彼女を一瞥すると、彼女は瞳を揺らしながら硬直していた。


「……結婚? エリアスと?」


 その声は震えていた。視線は宙をさまよい、落ち着かないように足を動かしたりキョロキョロしたりしている。ついには、動揺を隠すようにぎこちなく笑う。

 肌を撫でる風が一気に冷えた気がした。


「えぇ。今エリアスが、お父様を説得しに行っているところなの」


 相応しい言葉を探してみるも見つけられず、そんなことしか言えなかった。もっと言うべきことがあるはずなのに。


 ジェシカはどんな顔をするだろう——と恐る恐る彼女に視線を向ける。すると彼女はニコッと明るい笑みを浮かべた。


「へぇー、そっか! そうなんだ! びっくりしたーっ」


 頭を掻くような動作をしながら大きな声を出す。だが顔がひきつっていて、無理しているのが丸出しだ。


「おめでたいおめでたい! 王女様とエリアスなら、きっとエンジェリカを良い国にできるよっ」

「ジェシカ、無理しないでー」


 横たわったままノアが口を挟む。それに対しジェシカはビクッと身を震わせる。


「は? ノア何言ってんの?」

「隊長より僕の方が良い男だよー。モテモテだしねー」

「ちょ、何それ。意味分かんない」

「ジェシカは隊長の結婚なんて気にしなくていいってことだよー。可愛いジェシカは僕のものだからねー」

「キモッ! 止めて!」


 ノアはジェシカを励まそうとしているのだと思う。本当はまだエリアスへの思いが微かに残っているのに、無理して祝おうとするジェシカのことを、彼は多分心配しているのだ。だがジェシカはそれを察していないように見える。


「……幸せになってね」


 ジェシカは私の手をそっと握り、少し寂しそうな笑みを浮かべた。

 そんな風に言えるの彼女は強い。私が彼女の立場だったら、「幸せになってね」なんて、きっと言えないと思う。たまに、私は彼女に対してとても残酷なことをしているのではないか、と感じることがある。


「ちょ、王女様ったら。そんな顔しないでよっ」


 手を握ったまま私の顔を覗き込んだジェシカが、焦った表情で言いながら笑う。晴れやかな笑みが私の心まで明るくする。まるで氷を溶かす日差しのような、温かくて穏やかな笑顔だ。


 それにしても、私はどんな顔をしてしまっていたのだろう……。

 無意識とはいえ、暗い顔をしてしまっていたとすれば何だか申し訳ない。辛いはずのジェシカが頑張って明るく振る舞っているのに、幸せな私が暗い顔をするなんて、ちょっとずるいと思う。

 だから私は笑顔を作るよう努めることにした。


「ありがとう、ジェシカさん。絶対に幸せになるわ」


 ジェシカにはノアがいる。彼はジェシカをきっと幸せにするはず。だから彼女も不幸にはならないはずだ。

 ジェシカは「初めて笑ってくれたね」と冗談混じりに言う。とても嬉しそうな表情で。


「あたしこれから護衛隊長目指そっかな! 王女様とエリアスには楽しく暮らしてほしいし!」


 彼女は握った拳を上に突き上げ、目を輝かせながら言う。


「女王様になった王女様を護るなら、親衛隊じゃないのー?」


 そこへいきなりノアが口を挟む。思いの外、正しいことを言っている。


 それにしても、彼が会話に参加してくるのは何だか久々な気がする。実際にはそれほど久々ではなく——本当にそんな気がするだけだが。


「……あ、そっか。じゃあ親衛隊長目指すよっ!」


 なかなかレベルの高い目標を掲げたものだ。


 親衛隊長になるには、王国中から集められた強者たちの中で最も強くならなければならない。親衛隊長というのは、エリアスがずっと親衛隊員を続けていたらなっていたかもしれない、というくらいのレベルである。

 並大抵の天使が就ける地位ではない。王を護る親衛隊のトップに立つわけだから当然とも言えるが、周囲に圧倒的な力の差を見せつけるくらいでなくてはならないのだろう。


 だが、もちろん私にはまったく想像のつかない世界だ。


「結婚したらエリアスは家事しなくちゃだもんねっ。えーと、……花嫁修行?」

「どちらかというと花婿修行だねー」


 エリアスは男だもの、花嫁ではない。まぁ本当なら家事とかは私がしなくちゃならないのだけど……今の私にはまだ家事なんてできそうにないものね。


 その時になってふと気づく。とても静かに感じられた周囲に音が戻ってきていることに。天使が行き交う音や話し声。普段はそれほど好きでない騒々しさも、今は心を癒やしてくれる。


「だから護衛はあたしに任せてよねっ」


 張り切った様子のジェシカは親指を立てた握り拳をこちらへ向ける。やる気満々だ。


「えー、僕らの結婚はー?」


 ベッドに横たわったまま言い放つノア。それに対してジェシカは、彼に目もくれず、素っ気ない声色で「それは別」と返す。


 その様子を見ていると、前にノアがジェシカにプロポーズらしきことを言っていたことを思い出した。あれは確か、ジェシカが堕ちそうになった時だった。

 幼い頃からずっと一緒にいた二人だ。凄く強い絆で結ばれていることだろう。だからジェシカは、エリアスよりノアと結ばれる方が良いような気がする。

 ノアとの方が似合っているような気がするの。もちろん良い意味で。


「王女様、これからもあたしを傍に置いてくれる?」

「えぇ! それはもちろんよ!」

「ありがとっ。これからはバトル好きをもっと活かせるようにするからね!」


 ジェシカは弾けている。体が軽そうだ。


「ねー、僕らの結婚はー?」

「しつこいっ! それはまだずっと先!」

「僕はずっとなんて我慢できないよー」

「じゃあ無しにする!?」

「……ごめんなさいー」


 ジェシカとノアがこんな風に呑気なやり取りをしているところを見るのは久しぶりだ。二人と出会ってまもない頃を思い出し、懐かしい気分になる。旧友に会ったような感覚である。


 平和になったのだな。改めてそう思った。


 これからも乗り越えていかなくてはならない試練がたくさんあるだろう。けれども、私は前よりずっと強くなったはず。それに大切な仲間も増えた。


 だからきっと乗り越えていける。


 今はそう信じて疑わない。

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