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エンジェリカの王女  作者: 四季
〜 最終章 未来へゆく 〜

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117話 「幸福な戯れ」

 しばらくのんびりと話していたら、いつの間にかお昼時になっていたらしく、看護師がエリアスに昼食を運んできた。もう二、三時間も経っていたのか、と言葉には出さず驚く。一時間も経っていないような感覚だったのだ。楽しい時間は早く過ぎるものだと言うが、その通りだと思った。


 運ばれてきた昼食は少なかった。具が何も入っておらず真っ白であっさりしていそうなお粥と、小さなカップに入った少量のヨーグルト。お盆も器も白なものだから、白ばかりの昼食になっている。


 ある意味エリアスに似合っているとも言えるが……それにしても見た目が地味だ。


 看護師はエリアスの近くにいた私にも昼食をくれた。まさかのエリアスと同じメニューだ。

 お粥といえば、風邪を引いた時、ヴァネッサによく作ってもらった記憶がある。彼女の作るお粥は色々な工夫が施されていて美味しかったが、今出されたこの真っ白なお粥はあまり美味しそうとは思えない。


 しかし、何でも決めつけてはいけないと思い、スプーンでお粥をすくう。そして口に入れた瞬間、思わず言葉を失った。

 米粒は芯があって固く、しかもパサついていて、喉をスムーズに通っていかない。味はほとんどしないと言っても過言でないくらい薄く、微かな塩味すら感じられない。お湯に固い米粒を入れただけのような状態だ。傷病者向けに作られたものだとはいえ、かなり美味しくない。


「……これ、味薄くない?」


 こんな薄味で辛くないのだろうかと思い、お粥を黙々と食べているエリアスに尋ねてみる。


「はい、確かにそうですね。王女はお気に召しませんでしたか?」

「アンナと呼んでちょうだいね」

「あ。失礼しました。つい、いつもの癖で……」


 数時間の間でこのやり取りをするのは既に五回目くらいだ。エリアスは名前呼びにまだ慣れていないらしい。

 彼なりに努力はしているようだが。まぁ、数年間ずっと王女と呼んできたのだから、急に変えられないのも仕方ないわね。慣れるのを気長に待つとしましょうか。


「では……アンナ。このお粥、お気に召しませんでしたか?」


 そうだ、そんな話をしていたわね。話が逸れてうっかり忘れてしまっていた。


「これはちょっと味が薄すぎると思うわ」

「えぇ、私もそう思います」


 エリアスはとても幸せそうに、ふふっと頬を緩める。

 柔らかな笑みが浮かぶ整った顔はこの世のものとは思えない。まるで天使のようだ。……いや、実際に天使なのだが。


「食べ終わり次第私は王の間へ行って参ります。おう……あ、アンナは……どちらへ?」


 アンナと発した後にいちいち恥ずかしそうな表情をするのが面白い。そんなに恥ずかしがることもないと思うのだが、彼には彼の気持ちがあるのだろう。それに、初々しい感じは嫌いじゃない。


「私はノアさんのお見舞いにでも行ってこようかなと思っているわ」

「なるほど。そうでしたか」


 私は軽く頷き、それから少し真剣な表情を作る。


「エリアス……何とかお願いね。任せっきりみたいになって悪いけど」


 自分にできることは一応すべてしてきたつもりだ。だがそれだけではいけない。

 ディルク王に結婚を認めてもらうためには、彼がエリアスを信頼する必要がある。そのためには、エリアスに任せるしかない部分も大きい。心苦しいが仕方ないことだ。


「任せっきりだなんて。頼っていただけるのはとても光栄なことです」


 彼はなにかんだ笑みを浮かべつつ、優しい声でそんなことを言った。

 聖気はまともに回復しておらず、一人で歩けるかどうかも怪しいような状態なのに、彼は嫌がるような素振りは見せない。


「そういえばエリアス、一人で立ったり歩いたりできる?」


 彼は暫し考えてから、いいえと言うように首を左右に動かす。視線が少し下向いている。

 エリアスのことだ。情けない、とでも思っているのだろう。彼は私にはとても優しいが、それと同じぐらい自分には厳しい。だからちょっとのことですぐに自分を責めるのだ。


「そんな顔しないで。私が送っていくわ。それと、お父様と話してる途中でも、もししんどくなったら言うのよ」


 いくらエリアスとはいえ無理するのは良くない。我慢しそうなだけに心配だ。


「……はい。ありがとうございます」



 エリアスを王の間まで連れていった後、私は一人で救護所へ向かった。近くに誰もいない状態で歩くというのはかなり珍しい。吸い込む空気さえ新鮮に感じられる。目が覚めるような感覚、弾む足取り。とにかく楽しい気分だ。

 エリアスは大丈夫かな——などと心配になるかと思ったが、案外平気だった。私は彼を信頼している。だから不安ではないのかもしれない。


「こんにちは! ジェシカさん、いる?」


 ノアが寝ているらしいベッドのところまで行くと、カーテンを開ける前に声をかけてみる。いきなり入ったら驚かせてしまうだろう。

 するとカーテンがシャッと開いて、ジェシカが首を出した。彼女は私を見ると、驚いたように目をパチパチさせる。


「えっ。王女様?」


 いきなり訪ねてしまい悪かったかと思ったが、彼女は快くカーテンの中へ入れてくれた。


 中にあるベッドには、スヤスヤと穏やかな寝息を立てながらノアが寝ている。体には薄手の布がかけられているが、少々寒そうだ。

 ノアの様子を尋ねると、ジェシカは明るい調子で「ずっとこんな感じで寝てる!」と教えてくれた。

 パイプ椅子に腰かけて両足をパタパタ上下させながら話すジェシカは、普段通りの、向日葵のような華やかな笑みを浮かべている。表情を見る限り、ノアを心配しているとは思えない。


「意識が戻らないの?」

「うん。でも大丈夫だよっ。多分、聖気が足りてないだけだと思うから!」


 リラックスした様子でニッコリ笑うジェシカ。無理して明るく振る舞っているという感じはしない。純粋に落ち着いた心理状態なのだろう。

 看病で疲れているのでは、と思っていただけに、彼女の元気な様子は意外だった。まさかここまで活気に満ちているとは。


「王女様せっかく来てくれたし、ちょっと起こしてみよっか?」


 ジェシカが提案してくれる。


「そんなのいいわ。せっかく気持ちよく寝ているんだし……」


 こんな小さなことで眠りを妨げるのは申し訳ない気がする。一度目覚めてしまうと次眠れなくなることもある。今のノアは気持ちよさそうに寝ている。私としては、なるべく良い眠りの邪魔をしたくない。


 しかしそんな私の意見をジェシカが聞くはずもなく。


「ノア! 起きてっ。王女様来てるから、起きてってば!」


 彼女はベッドに横たわるノアの体を、叩いたり揺さぶったり。かなり激しく動かす。


 そんなにしなくても……と内心思うのであった。

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