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エンジェリカの王女  作者: 四季
〜 第三章 天魔の因縁 〜

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109話 「誰もが秘める弱さ」

 そういえばヴァネッサは悪魔に家族を殺されたんだっけ。前にラピスから聞いたことだ。彼女の表情が曇っているのはそれと関係があるのかもしれない。


 彼女はいつも淡々としていて表情が薄いため心ないように見えるが、実は私をとても心配してくれているし、面倒に思うほどお節介なところもある。やたらと干渉するのは止めてほしいけど、彼女が本当は優しいことを私はよく知っている。

 そんな彼女が家族を守れなかったとしたら……きっと自身の無力を悔やむだろう。


「ヴァネッサ! もしかして、家族のこと考えテタ!?」


 ラピスが急に大声で言った。なかなか鋭いな、と思う。しかしこのタイミングでそれを言うとは、かなり遠慮がない。私だったら気づいても絶対に言えない。


「……止めて」


 ヴァネッサは怒らず静かな声で返した。やはり元気がない。いつもの彼女なら、こういうタイミングの悪い発言に対しては、厳しく対応するはずだ。止めての一言だけで終わるなんてありえない。

 ラピスに目をやると、不思議なものを見たような顔をしていた。どうやら彼女も違和感を感じているらしい。やはり、こんな反応は不自然なのだ。


 そんな曇った表情のヴァネッサに対して、ベッドに座っているエリアスが口を開く。


「ヴァネッサさん、そんなに無理しなくても良いのですよ。誰にだって辛い過去はあるものです」


 ヴァネッサの暗い気持ちが伝播したのか、エリアスの表情もどこか暗かった。


 ——ルッツのことを考えているのだろうか。


 あの森で、エリアスはルッツについて何も話さなかった。だが、カルチェレイナの発言を聞いた私は、エリアスがルッツを倒したのだろうと推測している。あの白い大爆発は二人の戦いの終わりだったのだろう。

 あれから彼は何もなかったかのように振る舞っている。いつも通り優しいし、一見引きずっている感じもしない。しかし、もし本当にエリアスがルッツを倒したのだとしたら、その心の中にはルッツへの複雑な思いが溢れていることだろう。


 私がカルチェレイナ——麗奈と友達に戻りたかったのと同じように、エリアスはルッツと和解することを望んでいた。それが叶わなかったのだから、傷が残っていないはずがないのだ。


 多少方向性は違えど、ヴァネッサも同じなのかもしれない。大切な家族を守れなかったこと。その後悔が、古傷のように痛むのだろうか。

 今まで私はヴァネッサを強い天使だと思っていた。常に冷静で弱みなど一切見せなかったから。けれど……本当はそうではないのかもしれない。不意にそう考えた。

 弱みを見せまいと隠しているとしたら? 今までずっと一人で背負ってきたのだとしたら? それはどれほどの重荷だっただろう。


「……ごめんなさい、ヴァネッサ」


 考えているうちに悲しくなってきて自然に謝っていた。


「いきなり何です?」

「私ね、今まで貴女のこと、お節介で面倒臭いって思っていたわ」

「そうでしょうね」


 あれ? バレていたみたい。私、そんな顔をしていたのかな。


「王女らしくって厳しいし、王宮の外へは行かせてくれないし。ヴァネッサのことは正直好きじゃなかった時もあったわ」

「そうでしょうね」


 おぉ、やはりこれもバレている。さすがだ。すべて把握されている。怖い怖い。


「でも気づいたの。私のことを心配してくれていたのね。だから、ありがとう」


 幼い私はやみくもに王宮の外へ憧れていた。外へ行くことに伴う危険には目もくれず、ただひたすらに。

 けれども色々あって私は知った。外の世界は王宮にはない素晴らしい魅力を多く持っているけれど、それと同時に危険もたくさんあるのだと。

 そして、それに気がついた時、ヴァネッサが外に出るなと言っていた訳が分かったの。危険に的確な対処をできない者が考えなしに出歩くのは、リスクが高すぎるのだということが。


「随分急ですね」


 ヴァネッサは大人びた顔にうっすらと笑みを浮かべた。その笑みはどこかぎこちなくて、少し照れているようにも見える。


「ありがとう。今はヴァネッサのこと好きよ」

「止めて下さい。アンナ王女がそんなことを仰ると、天変地異が起こります」

「私そんなにお礼言ってなかったかしら……」


 私のありがとうを天変地異の前触れみたいに言うなんて。失礼しちゃうわ。

 そんなことを言うのは、きっと照れ隠しね。素直にお礼を言われるのが恥ずかしいんだわ。ヴァネッサも可愛らしいところがあるじゃない。


「だからこれからは何でも話して。ヴァネッサは侍女だけど、私の母親代わりでもあるの」

「何でも? それはできません」

「ならそれでいいわ。でも、辛い時には誰かに頼ってもいいのよ」


 この先いつか辛い何かがあった時、彼女に一人で背負い込んでほしくない。だから私はそう言ったのだ。


 それからエリアスへ視線を移す。彼の瑠璃色の瞳は宝石のように美しい。


「エリアスは横になっていなくていいの?」


 折角ベッドを貸してもらえているのだから横になればいいのにと思いつつ言う。するとエリアスは、ふふっと柔らかく微笑んで、穏やかな調子で答える。


「はい、問題ありません。横になっていると何か起きた時に反応が遅れますので」


 ……反応の問題ではないと思うが。


 反応が遅れる遅れない以前に今の彼の体では色々と制限がかかるはずだ。それなのに有事に備えているとは、もはや職業病の域といえる。ある意味凄い、としか言い様がない。


「分かったわ。でもエリアス、横になりたい時は横になっていいのよ」


 エリアスは話が分からないとでも言うように首を傾げる。


「痛い時は痛いって言っていいし、自分の心に素直になってね」


 意識してなるべく笑顔で、語りかけるように言った。これならさすがのエリアスも分かるだろう。

 すると彼は一度静かに目を閉じて、数秒経過してから再び目を開ける。


「ありがとうございます、承知しました。無理は禁物ということですね」

「そうそう」


 何とか伝わったようだ。良かった良かった。

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